◆第六話『再戦』
開戦の合図は赤の60階の主――ヴァロルナイトが虚空を力強く殴りつけた音だった。放たれた3つの火球がゆっくりとこちらに向かってくる。相変わらずの大きさだ。まともに食らえば黒コゲどころではすまないだろう。
「クララ!」
「任せてっ!」
クララが突き出した右手。その先で出現した魔法陣から青白い光球が撃ちだされた。6等級の魔法、《フロストバースト》だ。そのあとを追ってアッシュは叫ぶ。
「一気に沈めるぞ!」
敵が放った3つの火球。
そのうちの正面から向かってきていたものと《フロストバースト》が試練の間中央で衝突。混ざり合った赤と青の光が激しく明滅し、辺りを襲う。
相殺しあったかと思いきや、《フロストバースト》の威力がかすかに勝ったようだった。視界は白い霧で満たされている。まるで猛吹雪の中を駆けているかのようだ。そんな中、黒く巨大な影が映り込む。
ほぼ同時、白の霧が晴れた。
眼前には体を横回転させ、ハンマーを振り回す敵の姿。
おそらく火球を放とうとしているのだ。
アッシュは地面を強く蹴って一気に肉迫した。自身のハンマーを相手のハンマーに力の限りぶつける。鈍い音とともに全身に衝撃が襲ってきた。まるで脳を揺さぶられるような感覚だ。
以前、打ち合ったときとは違う。
完全な体勢でぶつけることができた。
アッシュは荒々しく猛りながら振り切った。
弾かれたハンマーに釣られ、敵がたたらを踏む。
「ははっ、今度は俺の勝ちだ!」
敵が体勢を立てなおそうとするが、その足にルナの矢が命中した。鎧を傷つけることはなかったが、接触した箇所から周囲へと氷がぱりぱりと広がっていき、ついにはその足を床に縫いつける。
「アッシュ、くるよ!」
ルナの忠告から間もなく、そばを青白い光球――《フロストバースト》が勢いよくとおり過ぎる。敵が慌てて回避しようとするが、いましがた足を氷で縫いつけられたばかりとあって手間取っていた。
その鎧が纏う炎によって足の氷がじわりと溶け、なんとか剥がすことには成功していたが、もう遅い。《フロストバースト》が命中した。光が爆ぜ、敵を中心に氷と雪が荒れ狂いはじめる。
霧が晴れるよりも前にアッシュは敵のもとへと向かった。しゅぅぅ、と音をたてながら敵は棒立ちになっている。《フロストバースト》の直撃を受けた影響か、その身を包む炎はない。
敵がこちらを見つけるなり、ハンマーを振り回してくる。アッシュはもぐりこむように回避したのち、敵の左脇腹にハンマーを叩きつけた。ごん、と重く鈍い音とともにピシッとかすかな音が聞こえてくる。見れば、敵の鎧にたしかな亀裂が入っていた。
間違いなく青の属性石7ハメの効果だ。
だが、簡単には破壊できそうにはない。
「だったら何度でも撃ち込んでやるよ!」
敵が離れろとばかりにハンマーを振り回してくるが、それらを躱し、執拗に同じ箇所に攻撃を加えていく。その間にルナも敵の右胸を集中的に狙っていた。彼女の弓もオーバーエンチャントをした甲斐あってか、敵の鎧に亀裂を走らせている。
敵がいらついたように地面へとハンマーを叩きつけ、炎柱を噴きあがらせた。アッシュは自らも地面に得物を叩きつけ、足下から氷の刃を噴出させる。強化したおかげか、王冠型のそれは以前にも増して大きく、炎柱の脅威から完全に身を守ってくれた。
炎柱が収まるとともにアッシュは敵に接近。これまで執拗に攻撃しつづけてきた左脇腹に渾身の一撃を見舞った。これまでと違って鈍い音はなく、めり込む感触。敵の鎧がついに砕けた。
アッシュは素早く柄を回転させ、刃側で斬りつける。肉を裂いたたしかな感触を覚えると同時、敵が初めて苦しむように声をあげた。さらにその声は強まる。やや遅れてルナも鎧を破壊、その先の肉へと矢を刺したのだ。
敵がよろめくように後ろへと下がる。
見るからに弱っている。
――ここでたたみかけるぞ。
そう叫ぼうとしたとき、敵の纏う炎が強くなった。
これまではうっすらと揺らめいていたが、はっきりと認識できるほどまで勢いを増している。
アッシュはあまりの熱に後退を余儀なくされた。
「ついに本気になりやがったかっ」
いったいどんな攻撃をしてくるのか。
警戒を強めた直後、敵がハンマーを地面に思い切り叩きつけた。地鳴りのような音とともに敵周辺の床が広く円形に赤く染まる。これまでと同様に炎柱が噴出してくるのだろう。
そう思っていたが、今回は斑点のように離れたところの床も赤く染まっていた。こちらの足下も赤く染まっている。アッシュは慌てて足下にハンマーを叩きつけ、氷の王冠を生成する。
これまでよりも威力が増しているようだ。
氷はとろりと溶けている。
が、炎柱が収まるまではなんとか耐えてくれた。
威力が強まって危険度は増したが、防げないわけではない。幸い炎柱は隙間なく噴出しているわけではないので回避する選択もとれる。
これならなんとかやり過ごせるか。
そう思ったとき――。
「アッシュ、全域だ!」
後方からルナの叫び声が聞こえてくる。
振り返ると、あちこちで収まりかけの炎柱が映り込んだ。視界の端では、クララとルナが間一髪といった様子で炎柱が噴出していない箇所まで逃げ延びている。
敵の一定範囲内にだけ及ぶ攻撃かと勝手に思い込んでいたが、どうやらルナの言うとおり試練の間全域に渡った攻撃だったらしい。
「冗談だろ……っ!」
この威力でこの規模。
敵は近づかせまいとしてか、続けて何度もハンマーを地面に打ちつけ、炎柱を噴出させる。しかも打ちつけるたびに噴出する箇所が変わるようだ。おかげでクララとルナがあちこちを走りまわされている。
近づいて敵に牽制しようにも、その周囲には常に炎柱が噴き上がっている。接近すれば最後。足から頭まで綺麗に焼かれてしまうだろう。
――だったら!
アッシュは炎柱を躱しつつ、刃側を振って青の斬撃を放つ。が、敵の周囲を取り囲む炎柱によってあっけなく消滅させられてしまう。どうやらこの程度の威力では突破できないようだ。
突然、敵は恐ろしく速い動きで体を2度横回転。
3つの火球を放ってきた。
「それまで撃ってくんのかよっ!」
とはいえ、最初に放ってきたものより小さいため、火球の間に立つことでやり過ごせそうだ。そうしてこちらが活路を見出すやいなや、敵が間髪容れずに炎柱を噴出させんと床にハンマーを叩きつけた。
あちこちに赤の斑点が描かれる。凄まじく限定された安全地帯を急いで見つけ、アッシュはまろぶようにして飛び込んだ。火球と炎柱が入り乱れる中、いやな汗が背中を流れていく。
「アッシュ、このままだとジリ貧だ!」
ルナの切羽詰った声が後方から飛んでくる。
撤退するかどうかの判断を迫っているのだ。
自分ひとりだけなら日が暮れるまで敵の攻撃を躱しつづけられるが、後衛組のほうはそうはいかない。そもそも避けるだけでは敵は倒せない。
遠距離攻撃なら後衛組のほうが威力は断然高い。
中でもクララの《フロストバースト》なら間違いなく敵の炎柱による障壁を突破。その動きをも止められるだろう。
ならば後衛組の安全を確保し、そのうえで攻撃する余裕まで作る必要がある。そのためにはどうするか――。
火球のほうは頻度が低いので考える必要はない。
問題はほぼ常に噴出している炎柱だ。
それさえ防げれば長く自由な時間ができる。
アッシュは一瞬のうちにそこまで考えたのち、ある光景を思いだした。以前、青の塔でクララが見せたウォール系のべつの使い道だ。
噴出する炎柱を避けながら後方まで届くように叫ぶ。
「クララ、壁から《フロストウォール》を出してピラーを防げるか試してみてくれ! もし1枚で無理なら増やすんだ!」
早速とばかりに試していたようだ。
そう待たずに結果が後方から飛んでくる。
「1枚だとすぐに溶けちゃうけど、3枚ならなんとか大丈夫っぽい!」
「よし、ならルナと一緒にその上に乗って攻撃してくれ! 《フロストバースト》だ!」
指示どおりに動いてくれたようだ。
幾度目かの炎柱が噴き上がったとき、《フロストバースト》が炎柱による障壁に衝突。弾けた氷と雪の乱舞が敵を包み込んだ。
アッシュは敵のほうへと駆けながら声を張り上げる。
「俺が奴の動きを止める! ルナは鎧が破損したところを狙ってくれ!」
「止めるっていったいどうやって!?」
「決まってるだろ――」
敵にハンマーを自由に振り回さなければ炎柱も火球も繰り出されることはない。ならば答えはひとつ。
「正面からの打ち合いだッ!」
互いのハンマーがぶつかり合い、轟音が鳴り響く。
敵の力は増していたようだが、なんとか互角までもっていけた。だが、脳を直接殴られたような衝撃音に見舞われ、アッシュは思わず顔を歪めてしまう。
「アッシュくんっ!」
悲鳴にも似たクララの声が聞こえてくる。
おかげで意識を固定することができた。
歯を食いしばり、今一度得物を振るう。
「くそっ、負けるかよッ!」
再び衝突。
1度目よりも互いに体勢が整っていないこともあってか、体に襲いくる衝撃はわずかに弱い。だが、敵のハンマーに纏わりついた風が熱を伴って顔面に叩きつけ、再び苦悶に顔を歪めてしまう。
顔だけではない。
敵が纏う熱が強まったこともあって全身が熱い。
防具に属性石を2個装着していなければまともに接近できていなかっただろう。
3度目の衝突。
さらに4度目と休む間はほぼない。
その間にもルナの矢は敵の鎧の破損箇所――右胸に刺さっていた。1本、2本と次々に刺さっていく。だが、それだけでは敵が倒れるには至らないようだ。
ただ、気が遠くなるような気がして途中から数えるのをやめた。ただただ敵と激しくハンマーをぶつけ合う。打ち合うたびに全身の骨が軋み、次第に自分の体ではないような感覚に襲われはじめる。
幾度打ち合っただろうか。そんな思考が過ぎったとき、視界の中に捉えていたハンマーが不自然に下がった。意表を突かれたのかと一瞬焦ったが、違った。
ついに敵が膝から崩れ落ちたのだ。
その右胸には、実に20本近くの矢が敵の右胸に刺さっている。
「アッシュッ!」
「ぉおおおおおおおおおお――――ッ!」
ルナの声に背中を押されてか。
半ば無意識に踏み込んでいた。
腰をひねり、全身の力を余すことなくハンマーへと伝える。幾本も刺さった矢もろとも敵の右胸へと打ちつけ、振り抜いた。
抵抗はほぼ感じなかった。
視界の中、敵の巨体が勢いよく吹き飛んでいく。
ごろんごろんと床を転がり、やがて不恰好に倒れる。
倒したのだろうか。その疑問は敵の鎧が纏っていた炎が消えたことで解決した。鎧もろとも敵の体が蜃気楼のように薄れ、ついには音もなく静かに消滅する。
変わりに現れた大量のジュリーが床に転がる中、アッシュは手からハンマーアックスをこぼし、その場に仰向けになって倒れ込んだ。
「はは……手がしびれてやがる……」
あまりに激しく動きすぎたか、それともほとんど呼吸していなかったからか。なかなか息が整わなかった。
「アッシュくん!」
「アッシュ!」
駆け寄ってきたクララとルナが顔を覗き込んできた。
アッシュは力なく笑みながら問いかける。
「おう……2人とも無事か?」
「こっちは大丈夫。っていうか、アッシュは自分の心配したほうがいいよ」
「すぐにヒールかけるねっ」
直撃は食らっていないので大した傷はない。
ただ、あちこちにやけどができているようだった。
温かな光に包まれ、疼痛が収まっていく。
半身を起こしてみるが、全身が軋んだままだった。ヒールで癒せるのは外傷程度。疲労までは取り除けない。少なくともクララのヒールでは全回復というわけにはいかなかった。
「……これじゃ今日は61階を覗けそうにないな」
「まだ昇る気でいたのっ!? さすがに今日は休もうよっ」
「今回ばかりはボクもクララに賛成だ」
もとより諦めはついていたが、いずれにせよ2人の反対にあって無理だったらしい。
それにしても手ごわい敵だった。
しかもこれでまだ60階。
この先にもっと強い敵が待っているというのだから驚きだ。
だが、絶望はない。
むしろ楽しみな気持ちが湧いてしかたなかった。
地鳴りのような音を鳴らして開く出口。
そこから射し込む陽光を見つめながら言う。
「ついに……だな」
「うん、ボクたちもついに、だね」
「なんだかあんまり実感ないけど……」
ルナもクララも控えめな言葉とは裏腹に嬉しくてしかたないらしい。あふれでる喜びを隠し切れずに目は輝き、口元は緩んでいた。そんな彼女たちと顔を見合わせながら、アッシュは頷きつつその事実を口にする。
「ああ、俺たちも7等級入りだ……!」





