◆第五話『オーバーエンチャント』
赤の塔60階の攻略に失敗してから3日後の朝。
中央広場の噴水広場にて、アッシュはルナと揃って苦笑し、クララにいたっては汚物を見るような目をしていた。
もちろん理由もなしにこんな顔をしているわけではない。
すべては目の前ではしゃいでいる人物が原因だ。
「ああ、なんて最高の気分なんだ……みんなが僕を見てる! いや、僕が気になってしかたないって感じだね!」
あははは、と満面の笑みで両手を広げてくるくると回るレオ。いま、彼は金色の防具に身を包んでいた。模様もなく、本当に余すことなく金色に染まった防具だ。
以前にレア種から入手した《アウレア》シリーズの胴を彼に売却したのがつい先ほどのこと。それですべての部位が揃ったらしい彼は「ぜひきみたちにも見てもらいたいんだ!」と言いだし、いまに至るというわけである。
おかげで挑戦者が近くをとおるたびに同類として奇異の目を向けられていた。
「まあ、そんだけ金ピカなら誰だって気になるだろ」
「どうだい、アッシュくんも着てみるかい!?」
「いや、遠慮しておく。それはレオにしか着こなせない装備だからな」
「まったく嬉しいこと言ってくれるね……!」
褒めたわけではないが、本人が喜んでいるならいいだろう。
「でも、本当によかったのか? あんなにもらっちまって」
アッシュは手掴みしたガマルを見せつける。
売却額51万ジュリーを3人で割って1人17万ジュリー。
それほどの大金を一気に食べたからか。
ガマルはご満悦といった様子で「グェップ」と鳴いた。
「いいに決まってるよ。っていうかこっちこそいいのかい? もっと高く売れる可能性だってあったのに」
「まあ、それに関しては考えたけどな」
アッシュはクララ、ルナに視線を向ける。
「レオさんにはいつもお世話になってるから」
「ボクはアッシュの友人ってだけで問題ないよ」
「ってことだから気にする必要はない」
そう伝えると、レオが感極まったように目尻に涙をためた。
「ああ、きみたちは本当に最高の友達だよ。うん、やっぱりあの程度のジュリーじゃ足りない気がしてきたね……そうだ、よかったら僕の尻を――」
「いいです」
「それは無理かな」
言い切る前にクララ、ルナが無表情で即答。
レオはよほどショックを受けたようで「そ、そうかい……」と肩を落としていた。
「レオには大した額じゃないかもしれないが、俺たちにとっちゃ充分大金だ。本当に気にしないでくれ」
「アッシュくんがそう言うのならいいんだけど……」
「それに、これで余裕をもって強化できるしな」
「でも、アッシュくんの武器と防具ってどっちも全部埋まってるよね……ってまさか、ついにやるのかい!?」
「ああっ」
アッシュは背負っていたハンマーアックスを手に取り、見せつけるように掲げた。
「オーバーエンチャントだ……!」
◆◆◆◆◆
「6等級だから基本600ジュリーだけど、オーバーエンチャントで倍額だね」
「了解だ」
アッシュはあらかじめ用意していたジュリーとともに青の属性石を1個渡した。額を確認したのち、ミルマは早速作業に取りかかりはじめる。
指輪のようなリングを置いた上に属性石を乗せて固定。青色の粉をたっぷりまぶして、オーバーエンチャント専用の大きな窯へと投入した。窯上部から伸びた管から大量の煙がもれはじめる。あとは普段と同じく待つだけだが――。
「なんだか緊張するな」
「アッシュくん、豪運持ちだからさくっと成功しちゃいそう」
「だったらいいんだけどな」
それからしばらく待っていると、窯からもれていた蒸気が弱まった。ミルマがレバーを引き上げ、窯の戸を開ける。中から取りだした武器を手に、ミルマがくるりと振り返って言う。
「成功だよ」
「っし」
思わず喜びの声がもれてしまった。
運任せなこともあるからだろうか。
魔物を倒すのとはまた違った嬉しさだ。
「やった!」
「おめでとう、アッシュ」
クララは自分のことのように喜び、ルナは笑顔で祝福してくれた。アッシュはハンマーアックスを受け取り、その柄に装着された属性石を見つめる。初めてのオーバーエンチャントだったが、上手くいって本当によかった。
「それじゃボクもいこうかな」
「アッシュくんの勢いに乗って、だね! がんばって!」
クララに応援される中、ルナもまた青の属性石6個ハメの弓を手渡した。ジュリーと属性石を受け取ったミルマが先ほどと同様の作業を開始する。
「見てるのとじゃえらく違うね」
ルナは笑みを浮かべたままだが、その声はひどく強張っていた。
普段は泰然としている彼女でも、さすがにオーバーエンチャントは緊張するらしい。両手に拳を作りながらじっと待ちつづけている。
やがて窯から煙が止んだ。
ミルマが戸が開け、武器を手にする。
いったい結果はどうなったのか。
張りつめた空気の中、ミルマがゆっくりと振り返る。
「……失敗だ」
その言葉が発せられた瞬間、しんと静まり返った。
ミルマによって静かに武器が返される。
それを受け取ったルナが振り返って痛々しい笑みを向けてくる。
「あはは……失敗しちゃった」
「ルナさん、えと……あのっ」
クララがなんとか励まそうとしていたが、言葉が見つからないようだった。気遣わせたことに対してだろうか、ルナが申し訳なさそうな顔をする。さらに空気が重くなった。
失敗する可能性は常にあるが、いざ失敗したとなると対応に困る。てっとり早くこの空気をどうにかするには、ひとつしか手はない。
「クララ、属性石幾つかあまってただろ」
「う、うん。あるよ。ちょうど7個」
「それ使ってもっかい挑戦しようぜ、ルナ」
こちらの提案にルナがきょとんとしていた。
2度、目をぱちくりとしたあとに困惑しはじめる。
「いや、それは……チームでとったものだし悪いよ」
「あたしなんてただでさえ高価な魔石をたくさんもらってるのに……それぐらいもらってくれないとあたしの肩身が狭くて消えてなくなっちゃうよっ」
「俺もレリックとかもらっちまってるしな。むしろそれじゃ足りないぐらいだ」
ルナには毒の強化石を4個譲った程度だ。
まったくといっていいほど吊り合っていない。
「それを言われちゃうと受け取るしかないね。じゃあ……甘えちゃおうかな」
クララがポーチから取りだした属性石をルナが受け取った。
そんなやり取りを見ていたミルマが急かすように言ってくる。
「どうする? やるの?」
「じゃあ、もう一度お願いできるかな」
「はいよっ。失敗しても恨まないでくれよ」
そんな不吉な発言とともに弓と属性石を受け取ったミルマが再び作業に戻った。まずは通常の窯で6個を一気に装着。その後、オーバーエンチャント用の大きな窯に移行する。
連続して窯を稼動させているからか。
換気口があるにも関わらず室内の熱気は増していた。ただ、そんな中にあってもルナは身じろぎすることなく、大きな窯のほうをじっと見ていた。
「大丈夫だ、次はきっと成功する」
「……アッシュ。うん」
気休めにはなったか、少しだけルナの緊張がほぐれたような気がした。
しばらくして強化の作業は終わった。
ミルマがレバーを力強く引き上げ、戸を開ける。
1度失敗したこともあってか。
先ほどよりも空気が張りつめていた。
ミルマが武器を手に取り、振り返る。
そして見せつけるように弓を前に出すと、にこっと笑った。
「今度は成功だ!」
「おめでとう、ルナさん!」
「やったな、ルナ」
アッシュはクララと揃って祝福する。
当のルナは放心したように硬直していた。
「……うん、ありがとう。2人が挑戦させてくれたおかげだ。でもこれ、ほんと心臓に悪いね……」
失敗直後とあって余計に緊張したのだろう。
ルナは心底ほっとしたように息を吐いていた。
「よ~っし、それじゃあたしもやっちゃおうかな!」
クララが杖を掲げながら勇んで歩みだそうとする。
なんとなくこの流れは予想していた。
アッシュは彼女の肩をがしっと掴んで一言。
「やめとけ」
「えー、なんで!?」
「ボクもやめたほうがいいと思うな」
「ルナさんまで!?」
クララが頬をふくらませながら抗議をしてくる。
相変わらず怒ったところで迫力のない顔だ。
「いや、なんつーか……クララは失敗しそうな気がしてならないんだよな」
「わかる。すごいへこんでるところしか想像できないんだよね……」
「ひ、ひどいよふたりともぉ!」
涙目のクララをルナが苦笑しながらなだめる。
「ま、まあクララの場合、火力不足ってわけでもなかったし。60階を突破したあと7等級の武器で安全に7ハメまで強化ってほうがいいと思うな」
「それはそうかもだけど……」
納得していないようでクララは口を尖らせていた。
アッシュはため息をついたのち、彼女に細めた目を向ける。
「失敗しても狩りに影響がでるほど落ち込まないって約束できるならいいけどな」
「うっ、それは……約束できないかも……」
「だろ。だから1、2回ぐらい失敗しても余裕だってぐらいになるまでクララは我慢な」
「はぁ~~い」
少し拗ねているようだが、彼女のことだ。
なにか美味いものを食べるか、いい戦利品を見るかすればすぐに機嫌はよくなるだろう。
「とりあえず武器はこんなもんか。あとは防具だな」
「いま、6箇所全部に硬度強化ハメてるけど、これ2個ぐらいは青の属性石に付け替えたほうがいいかもね」
「それは俺も思ってた。あいつの近くにいると熱くてしかたないしな」
「あとあと、こげるし!」
クララの中で防具がこげるのは大問題らしくとても必死な顔だった。
「そんじゃ、さくっと委託販売所に行って買ってくるか。んでもって装着して――」
アッシュは勝ち気に笑みながら、ハンマーアックスの柄を強く握りしめる。
「赤の60階にリベンジだ……!」





