◆第三話『2人の英雄』
「貴様とこうして2人で食事をするなんて……なんだか不思議な気分だな」
「なにしろ初対面があれだからな」
その日の夜。モグスの事件解決に協力した礼として、アッシュはシビラに招待されて《スカトリーゴ》にきていた。
ちょうど料理を選び終え、席についたところだった。
ちなみに2人席で向かい合って座っている。
「ってか、かなり注目されてるな」
「貴様はなにかと噂の種になっているからな」
「いや、俺じゃなくてシビラのほうだろ。島で唯一の80階突破チームのひとりだってこと、忘れたのか?」
「……そういうことか」
シビラは困惑しつつも納得したようだった。
ただ、おかしな会話も後ろのほうから聞こえてきていた。「ニゲルから乗り換えたの?」「いや、絶対アッシュがむりやり手を出したのよ」「ありえる。あのアッシュだし」とありもしないことをべらべらと話している。
あいにくと遠いうえに声が小さいのでシビラには聞こえていないようだが……もし聞こえていたら剣をもって襲いかかっているに違いない。
「5人で突破したって聞いたけど、やっぱ前のチームからだよな。よく引き抜けたな」
「元々そういう話だったのだ。2人を選抜し、我々のチームと合流する、と」
事前に決めていたことなら納得できる。
抜け目がなさそうなニゲルのことだ。
残った3人についても、悪くない待遇を与えているに違いない。
「やっぱ2人とも強いのか」
「もちろんだ。ナクルダールとジグラノというのだが」
「あ~、この前やたらと元気だった2人か」
「そのとおりだ」
シビラが苦笑しながら頷いた。
「ジグラノは双剣使いだが……元々、神聖王国ミロの聖騎士だったこともあって、その実力はたしかだ」
神聖王国ミロは北の大陸にある。
領土こそ狭いが、世界の大半を占めるユルト教の総本山でもある。
クララの祖国ライアッドに引けをとらないほどの大国だ。
「ちょっと待ってくれ。あそこの聖騎士って10年にひとり叙任されるかどうかって聞いたことがあるぞ。本物の英雄じゃねえか」
「しかも彼女は最年少で叙任されたそうだ」
よほどの武勲がなければそんなことはできないはずだ。
というより神聖王国の聖騎士は人柄もよくなければなれないと聞いたこともある。はっきり言ってジグラノとは程遠い印象だ。もしかすると昔は聖人のようだった可能性もあるが、まったく想像がつかなかった。
「ナクルダールはゲドナと呼ばれる遊牧民族で1番の弓使いだったと聞いているが……あいにくとわたしはそこについてあまり詳しく知らなくてな」
「ゲドナは東方大陸の遊牧民族だ。各地に拠点を持ってはいるが、数千人規模で毎日駆け回ってる」
規模的に言えば、ルナのマリハバとは比べ物にならないほどの大きさだ。そこで一番の弓の使い手となると相当なものだろう。
「どっちも来るべくしてって感じだな。9等級もあっさりいけちまうんじゃないか」
「それが、そうもいかなくてな」
「そんなにやばいのか?」
「81階の入口でなんとか1体ずつ狩れているといった感じだ。それも死にかけながらな。とても突破できる状態ではない」
シビラたちほどの実力者がまともに狩りができないほどの敵とは。いったいどんな姿形をしているのか、どんな攻撃をしてくるのかと興味がつきなかった。
ただ、それ以上にシビラの顔に差した影のほうが気になった。
「珍しいな。シビラが弱気になるなんて」
「弱気……か。そうかもしれない。まったく歯が立たず、みなは絶望していた。マスターもどこか悟ったようだった」
あのニゲルもとは、よほどの強敵のようだ。
「でも諦めたわけじゃないだろ」
「当然だ。装備を強化すればまだ強くなれる余地はある。9等級の武器はなんとか手に入れられたし、少しずつでも敵との差を埋めていくつもりだ」
そう語るシビラは活き活きとしていた。
「楽しそうだな」
「辛いが、やっと先に進めたからな」
控えめながら、にっと笑う。
その姿を見てやはり羨ましいな、とアッシュは思った。
早く自分のその舞台に立ちたいところだ。
そう思いながら自身の皿に乗せた肉にフォークを刺そうとしたところで、手を止めた。視界の中、映り込んだシビラの皿。そこには大量の料理が盛られていた。それも3皿分だ。
「にしてもシビラ、いくらなんでもそれは取りすぎなんじゃないか」
「ぐっ……実はこの店にはあまりきたことがなくてな。目移りしてしまって気づいたらこんなことになってしまっていた……」
失態を恥じてか、シビラは目を泳がせながら言った。
「食べきれるのか?」
「残してしまうのは申し訳ないからな。頑張って食べるつもりだ」
挑戦者は激しい戦闘を繰り返していることもあってか、基本的にみなよく食べる。シビラも例にもれないとは思うが、それでも多すぎだ。
「なんなら少しもらうぜ」
「いやしかし、これはわたしの責任で」
「そんな責任で食べるもんでもないだろ」
「で、では素直に甘えるとしよう」
シビラは上品にナイフとフォークを使って拳大ほどある肉厚のハンバーグを切り取った。その半分にフォークをぷすっと刺すと、こちらの顔に向かって差しだしてくる。
「では頼む」
これは直接食べろということだろうか。疑念の目を向けると、シビラはなにもおかしいことはないとばかりに首を傾げていた。
「どうした?」
「あ、ああ。じゃあいただく」
少し大きかったが、思い切り口を開けて食った。
その姿を見て、シビラは満足そうに頷く。
アッシュは頬を膨らませながらもごもごと咀嚼し、なんとか呑み込んだ。エールを一口飲んでから、シビラに一言告げる。
「シビラってこういうの平気なんだな」
「……どういうことだ?」
「いや、男に食べさせたり、口つけた道具を使っても食べられるってことだ」
なにを言っているかわからない。
そんな顔をしながら、シビラは同じハンバーグをぱくりと食べた。
途端、顔を真っ赤にさせた。
どうやら今頃意味に気づいたらしい。
「べ、べつに気にするほどのことではないだろう」
ごまかすには無理があるほどの動揺だ。
とはいえ、深く追求すれば剣を抜かれる気がしてならない。これ以上はそっとしておくのが賢明だろう。
いきなり食事の手が早くなったシビラに苦笑しつつ、アッシュは店内を見回した。
この場所を指定されてからというもの、罵倒されるのを覚悟していたのだが――。
……アイリスの奴、今日は珍しくいないんだな。





