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五つの塔の頂へ  作者: 夜々里 春
【白の革命】第二章

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◆第二話『赤の60階戦』

 アッシュは仲間とともに中央広場を西に抜け、密林の中を歩いていた。朝一であることや、周囲が緑なこともあいまって少しひんやりとしているが、頭上の枝葉の隙間からかすかに射し込む陽光のおかげで心地良い気温となっていた。


「いつ突破されるんだろう、と思ってたけどついにって感じだね」

「でも、なんだかピンとしないかも」


 ルナに続いて、クララが言う。

 アルビオンのニゲルチームが80階を突破した。

 その噂は瞬く間に島中へと広がり、いまではどこもその話題で持ちきりだ。


「聞いた話じゃ、最近70階を突破したアルビオンのチームから2名を選抜して上限の5人で挑んだらしいぞ」

「やっぱり3人じゃ厳しかったってことかな?」


 ルナが頭を倒し、顔を覗き込むように訊いてきた。


「ヴァネッサが言うには火力的に厳しいって話だったな」

「そういう点で人材豊富なアルビオンは強かったってことだね」


 個人的にはチームを解体したという話が気になった。

 よほど人間関係が上手くいっていなければ難しい方法だ。おそらく実現したのも統率がとれているアルビオンだからこそだろう。


 クララがうーん、と唸りながら視線を上向ける。


「81階かぁ。どんな魔物が出るんだろ」

「ドラゴンより強い魔物っていうとまったく想像がつかないね」


 神アイティエルのことだ。

 きっとこちらが思いもよらない魔物を配置しているに違いない。


 誰も見たことのない魔物と戦える。

 その感覚を味わえるアルビオンのチームが羨ましくてしかたなかった。


 もし次に味わえるとすれば91階しかない。

 だが、そこに辿りつくにはまだまだ塔を昇る必要がある。


 ちょうど密林を抜けた。

 焼けたような荒野の中、天高く聳える赤の塔。


 ――本日挑戦予定の60階はあのあたりだろうか。

 そんなことを考えながら、アッシュは塔を見上げた。


「とにかく、俺たちも負けてられないな……!」



     ◆◆◆◆◆


 試練の間に入った途端、ひりつくような熱気が漂ってきた。


 奥のゴブレットに炎はまだ灯っていない。

 だが、主の姿ははっきりと見えていた。


 それは人の4倍ほどの高さ、幅を持っていた。

 ちょうどトロルと同じぐらいの大きさだ。


 ただ、ほぼ全裸のトロルと違って主は全身を重厚な赤の鎧で覆っていた。またうっすらと炎のような光を常時放っている。試練の間が明るいのはあれのせいだろう。


 主が手にする獲物はハンマーのみ。その身体に見合って大きく、人ひとりを一撃でぺしゃんこにできそうなほどだ。


 ヴァロルナイト。

 管理人から聞いた奴の名だ。


 ルナが早速、先制攻撃をしかけた。

 氷の破片を散らしながら虚空を突き進む1本の矢。敵の鎧に直撃するなり、カンっと音をたてて床に落ちた。纏っていた氷も敵の鎧によって溶けるようにジュッと消滅した。


「だめだ、硬すぎるっ」


 敵はこちらの姿を認めるなり、腹に響くほどの咆哮をあげた。


 アッシュは背負っていたハンマーアックスを手に取り、構える。


「くるぞ、注意しろ!」


 敵はとてつもない速さで体を横回転させ、素振りでもするように両手に持ったハンマーを振り回した。ちょうど1回転が終わる頃、ハンマーにぼぅっと火炎が迸る。敵が勢いを止めずにもう1度回転すると、ハンマーに纏わりついていた火炎がこちらに向かって放たれた。


 初めはひとつだった火炎だが、すぐさま3つにわかれてそれぞれが丸い形状へと変化する。赤の塔10階のダイアウルフが吐く火球に似ているが、こちらのほうが圧倒的に大きく、火の勢いも激しい。


 3つの火球は正面と左右にわかれて向かってくる。

 大きさが大きさなだけに逃げ道はほとんどない。

 幸いなのは向かってくる速度がひどく遅いことか。


「でかぁっ」

「クララ! 壁いけるか!?」

「う、うんっ」


 クララによって正面に生成された《フロストウォール》に火球のひとつが衝突する。鈍い音とともに氷壁は幾つもの破片になって崩れ、じゅっと一瞬にして解けてしまう。


「えぇ、うそぉっ!?」


 クララの《フロストウォール》はきっちりと6等級の限界――魔石1つに属性石5つまで装着している。それでもあっさりと破壊されたということは、あの火球の威力は6等級の《ファイアボール》どころではなさそうだ。


 火球は勢いを緩めず、なおもこちらに向かってきている。ルナが火球に矢を放ち続けているが、どうやら効果はないようだ。


 レリックの光のカーテンなら防げる可能性はあるが、あれは範囲が狭い。あの大火球を前にしては、守りきれても自分ひとりが限界だろう。ほかに手は……。


 アッシュは視線を巡らせたとき、クララの新たな腕輪が目に入った。


「クララ、《フロストバースト》ッ!」


 はっとなったクララが即座に右手を突き出した。

 彼女の眼前に煌いた燐光とともに出現したのは青白い球。まるで吹雪を纏っているかのようにその表面には白点が勢いよく流れている。先日、入手したばかりの魔法――《フロストバースト》だ。


 撃ち出された《フロストバースト》は凄まじい速度で正面の火球に向かっていく。大きさこそ火球の半分にも満たないが――。


 衝突と同時、とてつもない衝撃音が鳴った。《フロストバースト》が弾け、視界が瞬く間に白で覆い尽くされる。まるで噴水のしぶきを浴びたかのような清涼感に包まれる中、2つの衝突音が聞こえてきた。おそらく左右の火球が壁に衝突した音だろう。


 次いでがしゃんがしゃんと音が聞こえてきた。

 こんな音をさせるのはひとつしかない。


 白で満たされていた視界が晴れる。

 正面の火球は見事に《フロストバースト》で相殺できたようだが、その間に敵が距離を詰めていたようだった。


 彼我の距離五歩程度まできていた敵が右後ろに流していたハンマーを横に振回しはじめる。1回転したのち、さらに回りはじめる。


 これは先の火球を放つ動きだ。――まずい。

 こんな至近距離で放たれたら防ぐ手段がない。


 アッシュはとっさに前へと出た。敵がいまも勢いよく振り回すハンマーに向かって、自身のハンマーアックスをぶちあてる。がんっと鈍い音と同時、全身に凄まじい衝撃が襲ってきた。踏み込みが不十分だったこともあり、あっけなく打ち負けてしまう。


 ハンマーアックスに振られる格好で床に打ちつけられ、後方へ飛んでいく。ぐるぐると不恰好に転がったのち、壁にぶつかってようやく勢いが止まった。


「アッシュっ!」

「アッシュくんっ!」


 ルナ、クララが慌てて駆け寄ろうとする。

 その裏では敵がハンマーを振り上げていた。


「後ろ! きてるぞ!」


 こちらの声に応じて彼女たちは一瞬振り返ったのち、迫ったハンマーを見て即座に左右へと飛んだ。2人の間に振り下ろされたハンマーが凄まじい音を響かせ、地面を激しく揺らす。クララがたまらず「うわぁっ」と声をあげてその場に転がった。


 アッシュは先の攻撃で軋んだ体に鞭打ち、立ち上がる。


「っつぅ……2人とも一旦敵から離れろ!」


 ルナが素早くクララに駆け寄り、その手を引いて逃げていく。

 だが、逃がさないとばかりに敵がその場に連続でハンマーを打ちつけ、床を揺らしだした。彼女たちは揃ってフラついていたが、なんとか離脱する。


 直後、敵が雄叫びをあげながらこれまでよりも強い一撃を床に打ちつけた。とてつもない衝撃音が鳴る中、床が真っ赤に染まった。


 アッシュはいやな予感がして、とっさに地面に自身のハンマーアックスを打ちつけ、足下に氷を生成する。と、周囲からまるで《フレイムピラー》のごとく火炎が天井へと迸った。


 どうやら敵はハンマー特有の属性攻撃もそなえているようだ。

 直撃こそまぬがれたが、周囲からは熱気がいまも襲ってきている。

 肌が焼けるような感覚にアッシュは思わず顔を歪めてしまう。


 やがて周囲の火炎柱が勢いをなくし、床に収まるように消えた。

 それを機はアッシュは敵に突撃する。


「ったく、どんだけ多才なんだよっ!」


 こちらを押し潰さんと繰り出してきた振り下ろしの一撃をくぐるように躱し、敵の股下へともぐりこんだ。その太い足首へと思い切り横ぶりでハンマー側を打ちつける。


 がんっと鈍い音が鳴るが、それだけだ。

 鎧に傷をつけるどころか、敵の体勢を崩すことすらできなかった。


 じゅぅと音が鳴る。

 見れば、敵の鎧と接触したハンマーアックスから煙が出ていた。


 慌てて離したおかげか、武器にはかすかなコゲがついただけで影響はなかったが……あのまま接触させたままだったら溶けていたかもしれない。気をつける必要がありそうだ。


 敵が今度はまるですくうようにハンマーを振ってくるが、アッシュは飛び退くようにして躱した。


「アッシュ、下がって!」


 ルナの声が聞こえてから間もなく、背後――試練の間の奥側から幾本もの矢が飛んできた。敵が鬱陶しいとばかりに左腕を振り回して弾き返す中、青白い発光体――《フロストバースト》が向かっていた。


 敵がその存在に気づいて慌てて逃げようとするが、遅い。見事に直撃した。強烈な破砕音とともに氷の破片が激しく飛び散り、白い霧が敵を覆い尽くす。


 敵は逃げようとしていた。

 つまり危機を感じたということだ。

 ならば効果はあるはず。そう思っていたのだが――。


 霧が晴れたとき、敵は平然とその場に立っていた。若干、鎧を覆う火炎が弱まっているように見えたが……それだけだ。どこにも損傷は見られない。


 敵が纏う熱のせいか、周囲に散っていた氷は一瞬にして溶けてしまう。


「これでもダメって、ちょっと硬すぎだよっ」


 クララの文句を背景音に、アッシュは敵とまたも接近戦を開始する。まともに撃ち合えば先ほどと二の舞になる。回避に専念し、隙を見て敵の足に攻撃を加える。


 と、ひびが入った。ただ、辛うじて視認できる程度だ。しかも2撃目からはひびのひとつもつけられなくなってしまった。


 後方からルナの声が聞こえてくる。


「どうする、アッシュ!?」

「これは厳しいってどころじゃないな!」


 現状、クララの《フロストバースト》しかまともな攻撃手段がない。それも単発では効果的ではないといったところだ。


 おそらくだが、《フロストバースト》のような強い青属性の攻撃をぶつけた直後なら、あの鎧の硬度も低下するのだろう。だが、もとが硬すぎるので現状の武器ではとうてい破壊できなさそうだ。


 仮にできたとしても余裕がなさすぎる。

 これでは敵が狂騒状態に入った場合、対応できるとは思えない。


「悔しいが撤退の方向で動く! この距離を維持して2人は牽制に徹してくれ!」

「了解! 炎はあと3箇所か……楽じゃないね」

「あたしヒール頑張るよ!」

「いや、それより牽制で《フロストバースト》を撃ちまくってくれたほうがいい!」

「わ、わかった!」


 敵がまたも雄叫びをあげながら床にハンマーを力強く打ちつけた。アッシュはとっさに後退したのち、眼前で噴き上がった火炎柱を目にしながら奥歯をぎりりと噛んだ。



     ◆◆◆◆◆


「くっそ~、なんつう強さだ……」

「これは色々足りてなかったね」


 6つの炎が灯るまで凌ぎきり、転移魔法陣で試練の間から逃げ延びてきた。アッシュはハンマーを振り回しつづけたこともあって、思わずその場に座り込んでしまう。


 撤退を決めてからも敵の激しい攻撃が続いた。なんとか致命傷は避けられたが、多少の損傷はまぬがれず――いまも隣り合うルナとともにあちこちが傷だらけだ。


「うわぁ……服、こげこげなんだけどーっ!」


 クララが自身のローブを見下ろしながら涙目になっていた。純白に金糸で模様づけされた《アルカナ》シリーズはいつも神秘的な雰囲気をかもし出しているが……ところどころが黒く染まっていたり、穴が開いていたりと見る影もなかった。


 あはは、とルナが乾いた笑みを浮かべる。


「交換屋に行って直してもらうしかないね」

「うぅ、500ジュリーかぁ」


 交換屋に行けば防具は修理してもらえる。

 ちなみに費用は1等級が100ジュリー。

 そこから等級が1つ上がるごとに100ジュリーが加算される仕組みだ。


 アッシュは落ち込むクララを横目に、転移魔法陣があるほうの壁を見やった。試練の間で待ち構えていたヴァロルナイトを思いだしながら、ぐっと拳を作る。


「1発でいってやろうと思ったんだけどな……」

「アルビオンに触発されたってところかな」

「そのとおりだ。くっそー」


 出遅れているのでしかたないとはいえ、先を越されたという感覚があった。もちろん目標は頂なので9等級に先にいかれたところで問題ではないが……悔しい気持ちが先立ってしまったのだ。


 アッシュは思い切り息を吸って、勢いよく吐き出した。


「まっ、悔やんでもしかたないか」


 きびきびと立ち上がり、ハンマーアックスを担いだ。

 クララがなにやら呆けた顔を向けてくる。


「さすがアッシュくん。立ち直り早いね」

「とりあえず強化すりゃいけそうだしな」


 あくまで負けたのは装備の問題だ。

 体がついていけないということはなかった。


「次は絶対に突破してやろうぜ」

「うん、もちろんボクもそのつもりだ」

「あたしも! でも……なによりも先に体洗いたいです……」


 全員が黒の塔の魔物として出現してもおかしくないほど黒く染まっている。そんな中、クララの提案を断る者は誰もいなかった。



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もちろん書き下ろしありで随所に補足説明も追加。自信を持ってお届けできる本となりました。
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