◆第十五話『犯人の正体は』
「だから俺は知らねぇって!」
アルビオンの本部1階に大声が響き渡る。
アッシュはシビラとともに緑の塔から帰還していた。
まだ正午を過ぎたばかりの時間とあってか。
本部内に人はほとんどいない。
目の前には柱に縛りつけられた男が座っていた。
塔の武器交換石で造られた手錠がつけられ、ほぼ身動きがとれない状態だ。
彼の名はトーレン。
先ほど緑の塔でマスカルドのチームに大量の魔物をなすりつけた仮面の男だ。つまり一連の犯人ということになる。ただ、問題があった。
「気づいたらあんたらがいて、ぶちのめされてたってことしか知らねぇよ!」
現行犯で捕縛したにも関わらずこのような言い訳をしているのだ。
「何度馬鹿なことを言えば気がすむ。現にわたしたちがこの目で見て、この手でお前を捕まえたのだ。間違いなどあるはずがない! それにこのハザードリングをつけていたのがなによりの証拠だ!」
「だから俺のじゃねぇって! 大体、そんな趣味の悪いもん誰がつけるかよ!」
「好みの問題ではないっ!」
シビラの強い語調にトーレンがかすかに身を引いた。
逃げるように視線をこちらへと向けてくる。
「なあ、アッシュさんよ。あんたボスと知り合いなんだろ。こう、うまいこと言って解放してくんねえか? 頼む!」
驚くべきことにトーレンはマスカルドたちと同じくレッドファングのメンバーだった。つまり身内を襲っていたということだ。
またレッドファング内で派閥争いが起こっているのだろうか。あれほど大きなギルドだ。全員が全員、仲良しというわけにはいかないだろう。
だが、邪魔者を消すにしても果たしてこんな回りくどいことをするだろうか。
今回の件、ただの挑戦者だけではなく最強ギルドと言われるアルビオンまで巻き込んでいるのだ。いくらなんでも危険を侵しすぎている気がする。
アッシュは釈然としないまま、トーレンを観察しつづける。と、入口の扉が勢いよく開けられた。眩しい陽光を背に姿を現したのはレッドファング幹部のヴァンだ。
「悪いな、呼び出して」
「いえ。ちょっとボスとロウさんは別件で外せなかったんで俺がきました」
ヴァンは最低限の受け答えだけして近くまできた。
そこに普段の陽気な姿はない。
「聞いてください、ヴァンさん! 俺、本当になにもやってねぇんです! 信じてください!」
必死に叫ぶトーレンを見下ろしながら、ヴァンはいかめしい顔を作った。
「アッシュの兄貴が見てたってんなら本当なんだろう」
「そ、そんな……」
「けど、こいつがそんなことをするとはとても思えねぇ。ましてや仲間に対して……」
ヴァンはこちらに向きなおると、勢いよくその場に座り込んだ。
「それでもこいつをやるってんなら俺をやってくれ!」
「ヴァ、ヴァンさん……っ!」
その男気溢れる行為に感動してか、トーレンが涙に加えて鼻水を垂らしはじめる。
ヴァンがきた時点でこうなるだろうとはなんとなく思っていた。ベイマンズでもおそらく同じ結果だっただろう。
ただ、ヴァンという人間のことは信じている。彼がそこまで言うのなら〝仲が悪い〟ことから起きたレッドファング内部の争いではなさそうだ。
と、シビラがトーレンに食いかかる。
「証拠もなしに信じろだと? ふざけるのもいい加減にしろ! アルビオンの名を語って悪事を働くなどと決して許されぬことをしたのだ。このまま過ちを認めぬというのなら、わたしがこの手で――」
「だから俺は知らねぇって言ってんだろ! この冷血逆上女!」
「だ、誰が冷血逆上女だ! せめてどっちかにしろ!」
どっちかならいいのか。そんなことを思いながら、アッシュはいまにも剣を抜こうとしていたシビラの手を止める。
「あー、落ちつけシビラ」
「放せ! わたしはこいつを斬らねば――」
空いた手で彼女の頬をむにっと掴む。
「シビラ、笑顔だ笑顔」
「ぐっ」
怒り顔を向けてくるが、どうやら冷静にはなれたようだ。剣から手を離してくれた。
その光景を見ていたヴァンが小声で「あのシビラまで手懐けちまうなんて……さすがアッシュの兄貴だぜ!」と興奮していたが、相手にするとシビラが発狂しそうなので無視しておいた。
「ちょっと気になることがあるんだ」
そう言ってアッシュは話を切り出す。
「ほかの目撃者は犯人の姿についてどう言ってた? 全員、同じだったか?」
「装備の報告は幾つかあったが、これに関しては着替えることでどうとでもなる」
「それは俺も同意だ」
「背格好の報告にも多少の差はあったが、みな、口々に一瞬だったから確信はないと言っていた。だから、違いがあるのはしかたないと判断した」
「俺も初めはそう思ってた。ただ、やっぱどう見ても俺が最初に見た奴と体型が違うんだよな」
赤の塔で見た仮面の挑戦者はトーレンよりももう少し大柄だった。
「ただ共通することはあった。それは臭いだ」
そう告げると、シビラだけでなくヴァンも目を瞬かせた。
ただ、少し蔑むような目を向けられたので慌てて補足する。
「言っとくが、わざわざ臭いを嗅いだわけじゃないからな。ただ、きつめの臭いだったからはっきりと認識できただけだ」
「その臭い、とは?」
「鼻の奥にツンとくる、葉を焦がしたような臭いだ」
シビラとヴァンが揃って眉をひそめると、トーレンを挟むように屈んだ。2人してすんすんと嗅ぎはじめる。
「やはり……デモニアかっ」
シビラが立ち上がって声をあげた、その直後。
ヴァンがトーレンの胸倉を荒々しく掴んだ。
「てめぇ、やめろって言ったのにまだ吸ってたのかよ!」
「す、すんません! でもやめられなくて……」
「あんな高いもん買うジュリーがあったら装備に回せ! てかロウさんにも忠告されただろ! どんな副作用があるかわかんねぇから吸うなって!」
「それだ。その副作用だ。いや、副作用ってよりリスクかもしれないな」
アッシュはヴァンの発言に割って入り、トーレンに問いかける。
「デモニアの購入者はあんたのほかにもいるのか?」
「そ、そりゃあいるさ。ただ高価だからな。ほとんど6等級以上の奴らばかりだ」
「なるほどな」
ひとり納得していたからか。
シビラが待ちきれないとばかりに詰め寄ってくる。
「いったいどういうことだ、なにかわかったのか?」
アッシュは落ちつかせるようゆっくりと説明する。
「世界中を旅してるとな、色んな話を聞くんだ。なにかを食べさせたり飲ませたり、吸わせたり。なにかを体内に含ませることで人を操るなんて魔法の話もな」
「まさかデモニアを売っている奴が……」
「おそらくそうじゃないかと俺は思ってる。それなら覚えてないことも犯人の姿にバラつきがあるのも説明できるしな」
おそらくトーレンだけでなく、ほかにも数人が操られている可能性が高い。大方、ひとりひとりの操る回数を減らすことで不自然さを消そうとしたのだろう。周到な方法とも言えるが、逆にそれが犯人の手がかりになったわけだ。
シビラが剣を抜いて、その切っ先をトーレンの鼻元に突きつける。
「取引場所を教えろ」
「いや、でも買わない奴には教えないって決まりでっ」
「おいトーレン、ロウさんにデモニアのこと知られたいか?」
ヴァンのその一言が決め手となり――。
トーレンの口から、ついに犯人へと繋がる情報が吐きだされた。





