◆第十四話『仮面』
安全地帯に魔物は湧かない。
だが、侵入できないわけではなかった。
魔物の大集団に気づくなり全力で逃げだすマスカルドのチーム。そのそばを仮面の挑戦者が凄まじい速度で追い越していく。やはり常人の速さではない。
マスカルドのチームが仮面の挑戦者に暴言を吐きまくるが、魔物の大集団が響かせる足音によってあっさりとかき消されていた。
このまま行けば仮面の挑戦者、マスカルドのチーム、魔物の大集団の順でこちらの眼下を通る形だが――。
「あの数、放っておいたらあいつら間違いなく死ぬな……犯人は俺が捕まえる。シビラは魔物のほうを頼めるか」
「なにを言っている!? 犯人はわたしが!」
「俺の火力じゃあの数の魔物をさばくのは厳しいけど、シビラならいけるだろ」
「それは……そうかもしれないが」
「約束する、犯人は俺が必ず捕まえる」
やはり犯人を自身の手で捕まえたいのだろう。
シビラは躊躇していたが、ついには頷いてくれた。
「わかった。犯人は貴様に任せる」
「ああ、任された。ただ問題はあの移動速度だな」
生半可な速度で近づけば逃げられる可能性がある。
「これを使うといい」
言って、シビラが虚空を斬って《ゆらぎの刃》生成した。
「なるほどな。これなら一気に接近できそうだ」
「では、わたしは先に行く。……頼んだぞ」
「ああ」
こちらの返答を聞くなり、シビラは《ゆらぎの刃》で自身を撃ち出した。仮面の男、マスカルドチームの頭上を飛び越えていく。やがて魔物に集団の中へと着地すると、すかさず剣を振って近くのケンタウロスを斬り裂いた。
さらに《ゆらぎの刃》を使って魔物の群れの中を縦横無尽に駆けはじめる。彼女がとおったあとには炎が残り、次々に魔物たちが消滅していく。
凄まじい戦いぶりだ。《ゆらぎの刃》があるおかげか、周りが魔物だらけでもまったくといっていいほど捉えられる気配がない。
「わたしが魔物の注意を引き受ける! 貴様らは遠距離から援護を頼む!」
呆然とするマスカルドのチームだったが、シビラの要請を聞いた瞬間にはっとなっていた。慌てて指示どおりに遠距離攻撃を放ちはじめる。あの様子なら魔物のほうはどうにかなりそうだ。
シビラの戦闘をいつまでも見ていたいところだが、すでに仮面の挑戦者が近くまできていた。
アッシュは眼前の《ゆらぎの刃》へと飛び込んだ。矢のごとく弾かれ、一直線に敵へと向かっていく。手に持ったダガーを前に構えながら空中で暴れそうになる身を制御する。
接触直前、仮面の挑戦者がこちらに気づいて両刃の剣を慌てて構えた。そこに勢いのままダガーをぶつけると、ガンッと鈍い音が響いた。体重に加えて落下の勢いもある。だが、押し込んだのは一瞬。軽々と弾かれてしまう。
アッシュは空中で体勢を整えて着地すると、足裏で地面を削りながらなんとか勢いを殺した。舌打ちしながら体を起こす。
「こっちから仕掛けたってのに……!」
馬鹿力なんてレベルを超えている。
まともに撃ちあっても勝ち目はなさそうだ。
素早くダガーを収め、代わりにスティレットとソードブレイカーを手に取った。敵と睨み合いながら距離を詰めようとする。
と、そばに湧いていたケンタウロスが反応した。
こちらに向かってくるなり槍を突き出してくる。
アッシュはとっさに回避し、すれ違いざまに前足と後ろ足を斬り裂いた。後方でケンタウロスが体勢を崩し、横倒れになる。消滅してはいないが、処理しきる必要はない。それよりもいまは優先すべきことがある。
いまにも仮面の挑戦者が迂回して逃げようとしていた。
「逃がすかよッ!」
スティレットを振って白の斬撃を飛ばし、敵の進路を塞いだ。敵が足を止めている間に対面に回り込み、通すまいと深く腰を落とす。
「お前を絶対に捕まえるって約束したんでな」
しかし、改めて近くで見ると違和感があった。肩にアルビオンの徽章はあるし、《インペリアル》シリーズの軽鎧に身を包んだ格好は以前と同じだ。ただ、以前よりも小柄な気がしてならなかった。
戦闘以外のことで思考が働きはじめたとき、左右から呻き声が聞こえた。どちらにもエントが1体ずつ湧いていた。地面を割るようにエントの根がせり上がりはじめる。その隙に仮面の挑戦者がまたも迂回を試みようとしていた。
魔物の攻撃は邪魔だが、構っている暇はない。
襲いくるエントの枝や根を躱しながら地を這うように移動し、敵の懐にもぐり込む。敵がたまらず長剣を振り下ろしてくるが、想定内の動きだ。アッシュは背を向ける格好で横回転し、スティレットの尖端を敵の肩に刺し込もうとする。
瞬間、地面がうねり、アッシュは敵もろとも空中に高く打ち上げられた。エントの根の仕業だ。追撃とばかりにエントが地上から枝を伸ばしてくる。それらを白の斬撃で迎撃しつつ四つんばいで着地した。どうやら敵もやり過ごしたようで傷は見えない。
エントの横槍さえなければ勝負は決まっていた。
そこに苛立ちは感じるが、焦りはない。
先の交戦で確信したことがあったからだ。
敵の力は凄まじいが、動きは単純だ。
視線移動も遅いし、魔物より扱いやすい。
負ける気がいっさいしなかった。
アッシュはエントに狙いをつけられないようすぐさま低姿勢で駆けだし、スティレットを横に振って白の斬撃を放った。敵もまた剣を振り、赤い斬撃を放ってきた。互いの斬撃が衝突し、閃光を残して飛び散る。
その最中、アッシュは追加で素早く放った斬撃とともに敵に接近した。敵が慌てて斬撃を剣で受け止める中、その左手側に回り込んだ。ソードブレイカーで敵の膝を刻み、麻痺の効果を付与。硬直している間に敵の両手甲にスティレットを這わせた。
敵の手からごとりと剣がこぼれ落ちる。すでに反撃の手がないからか、敵は麻痺の効果が解けるなり傷ついた左足を引きずって逃げようとしていた。アッシュは敵の右膝にも容赦なくスティレットを一突きする。敵が呻き、前のめりに倒れ込んだ。
これでもう逃げられないだろう。あとはエントを処理して、ゆっくりと仮面の挑戦者を捕縛するだけだ。そう思って2体のエントを視界に収めたとき、どちらも極太の赤い斬撃を受け、炎上しつつ消滅した。
確認するまでもない。
シビラが駆けつけたのだ。
彼女は《ゆらぎの刃》を使ったのか、勢いよくそばの地面に着地した。剣を地面に突き刺すことで滑りつつあった体を無理矢理に止める。
「上手くいったようだな」
「ああ。身体能力が高いだけで大したことはなかったからな。そっちも……まあ、聞くまでもないか」
「あの数だ。さすがに容易ではなかったが、彼らの援護もあって無事に処理できた」
シビラが向けた視線の先、安全地帯の切り株にマスカルドのチームが腰を下ろしていた。恐怖からか、それとも疲労からか。全員がへたりこんでいる。
ひとまず大きな被害もなく、やり過ごすことはできたようだ。
あとは――。
アッシュはシビラとともに仮面の挑戦者を見やる。
「そんじゃ、その顔を拝ませてもらうとするか」





