◆第十一話『共闘へ』
翌朝、アッシュはひとり中央広場を歩いていた。
最近はずっと塔を昇りつづけていたこともあり、久しぶりに1日丸まる休みをとることになったのだ。
今頃、クララとルナは2人で中央広場のどこかで買い物をして回っているだろう。もちろん誘われはしたが、遠慮しておいた。
べつに女性ばかりで男ひとりだと肩身が狭いケーキ屋の《アミリア》や、男には居心地の悪い女性モノの服ばかりを売っている服飾店が予定地に入っていたからではない。
……いや、多少はあるが、せっかくの休みだ。
彼女たちも同性だけでゆっくりしたいだろうとの考えからだった。
アッシュは立ち止まり、目の前の建物を見上げる。
「やっぱりくるところと言えば、ここなんだよな……」
いまや訪れない日はないその建物――委託販売所へと入った。
開店から間もないこともあってか、挑戦者の数は多かった。各種掲示板に群がり、真剣な眼差しで品を確認している。
属性石は最低価格が6200。
やはり海の秘宝から黄金都市の流れで高騰したままだ。
向こう1ヶ月はこの価格が続くかもしれない。
続いて『交換石・防具』の掲示板前にやってきた。
昨日、討伐したレア種が落とした防具、《アウレア》シリーズの売り出しを見て相場を確認するためだ。
ただ、やはり売り出しすら見つからなかった。
珍しい品という話だったし、相場があってないようなものなのかもしれない。
「アッシュくん、なにか探しものかい?」
「……触りながら声をかけてくるなって何度言ったらわかるんだ」
尻に当てられた手をばしっと叩き落としてから振り返る。そこに立っていたのは変態、もとい挑戦者のレオだ。彼は赤くなった手の甲にふぅふぅと息を吹きかけている。
「今日は一段と愛情がこもってるね……」
「これが愛情だってんなら魔物の尻でも触ってくるんだな。いくらでも愛してくれるぞ」
「となると、まずは美しいお尻探しから始めないとね」
本当に探しはじめそうなのがレオの怖いところだ。
アッシュは嘆息しつつ、掲示板のほうをちらりと見た。
「べつに探してるものはない。ただ昨日入手した防具の相場確認にきたんだ」
「6等級のかな?」
「6等級っちゃあ6等級なんだが……」
ポーチから取り出した金色の交換石を見せる。
「ほらこれ、《アウレア》とかいうシリーズの防具だ。なんかレアらしくてさ、売られてないから相場がわからないんだよ」
「なんてことだ……しかもこれ胴じゃないか……!」
がしっとレオが両手で手首を掴んでくると、わなわなと震えだした。
「ア、アッシュくん……やっぱり僕ときみの出会いは運命だったんだよ」
「……どうしたんだ。今日は一段と気持ち悪いな」
「これ、僕に売ってくれないか? 50万ジュリー出すよ!」
「50万って……これ、そんなに価値あるのか?」
仲間内では20万で売れたらいいぐらいに考えていた。そんな中で倍以上の額を提示されたのだ。驚くしかない。
レオがようやく離れてくれると、手を顎に当ててうーんと唸りだした。
「どうだろう。6等級の防具だし、いまの僕の7等級防具に比べると性能は落ちるね」
「じゃあどうして? 魔物の注意を引きつけるって能力のためか?」
「いや、単に優越感を得るためだよ。誰も持ってない防具で中央広場を歩く。これ以上に目立つことはないしね」
その光景を想像しているのか。
レオの顔はいまにも昇天しそうなほど緩んでいた。
なんというか……いかにもレオらしい理由で大いに納得した。
「せいぜい20万ぐらいだろってあいつらとも話してたからいけるとは思う。ただ、一応確認はしたいから売るとしても明日以降だ。それでもいいか?」
「それぐらい待つよ。なにしろずっと待ってたんだからね」
「じゃあ、決まりだな」
アッシュは金の交換石をポーチにしまったあと、レオと握手をした。
◆◆◆◆◆
「またね、アッシュくん!」
どれだけ《アウレア》シリーズを待望していたかわかるほど、レオは別れるまで満面の笑みを浮かべていた。
委託販売所をあとにし、次はどこに行こうかと辺りを見回す。
さすがに酒場はあいていないようでどこも閉まっている。《スカトリーゴ》なら酒を飲めなくはないが……そもそもこんな朝っぱらから酒を飲むつもりもない。
それに飲んだところで看板娘のアイリスから小言をつまみに出されそうなのでできれば避けたいところだ。
ふと少し離れたところに知人を見つけた。
最近、お粗末な尾行をしてきたアルビオンの挑戦者――シビラだ。
なにやら彼女は四人組の男に声をかけていた。
たしか彼らはレッドファングのメンバーだったように思う。
会話が始まって間もなく、彼らは背を向けて歩きだした。
シビラが必死に呼び止めるも虚しく、ついには去ってしまう。
かなり邪険に扱われていたようだが……レッドファングはアルビオンを毛嫌いしているところがある。無理もない対応だろう。
アッシュは意気消沈したように項垂れるシビラに声をかけに行った。
「よ、例の犯人捜査か?」
「……アッシュ・ブレイブ。見ていたのか」
「順調とは程遠そうだな」
シビラは目をそらしたあと、気持ちを入れ替えるように息を吐いた。顔を上げ、いつもの凛々しい顔で話しはじめる。
「犯人の特定には至っていない。だが、次の被害者には目処がついている」
「なんだ、意外と進んでるんだな」
意外と言われたことが心外だったのか、ぎりっと睨まれた。剣でも抜きそうな勢いだ。アッシュは両手を挙げて冷静に下がったのち、話の続きを促す。
「それで、その目処ってのはどうつけたんだ?」
「……被害者から得た情報を照らし合わせてみたのだが……犯人の襲撃対象が6等級のチームであること、また2回目の被害を受けたものがまだいないことがわかった」
「つまりまだ被害を受けてない6等級のチームが狙われるかもってことか」
そう問いかけると、シビラは頷いた。
「そしてそのチームは《レッドファング》に所属している。だから同じギルドのメンバーに情報提供を求めたのだが……」
結果は見てのとおりといったところか。
「そのチームのリーダーはなんていうんだ?」
「マスカルドという名だ」
「了解だ。じゃあ、そのマスカルドって奴がいるチームがどの塔に行ったかわかればいいんだな?」
「あ、ああ……そうだが」
「ちょっと待っててくれ。俺があいつらに訊いてくる」
先ほど去ったレッドファングのチームの後ろ姿はまだ見えていた。アッシュは彼らに追いついて話しかけたあと、必要な情報を聞き出して戻ってくる。
「今日は緑の塔を昇るって言ってたらしい。階は54だ」
入手した情報を話すと、シビラが目をぱちくりとさせた。
「どうして……わたしのときは話も聞いてもらえなかったのに」
「アルビオンとレッドファングは仲悪いんだししかたないだろ。それに俺はあいつらのマスターとちょっとした仲だからな」
以前、ジグと呼ばれる男の反乱を収める手伝いをしたこともあり、レッドファングには色々と融通がきいた。今回も情報提供を求めたところ、「アッシュの頼みなら」と快く受け入れてもらったのだ。
アッシュは腰裏のスティレットに手を当てながら、いまも呆然とするシビラに言う。
「そんじゃ行くとするか」
「行く、とはどこへ……」
アッシュは南のほうを向いた。
その先の空を割るように映り込む塔を見ながら告げる。
「決まってるだろ。緑の塔だ」





