◆第十話『タルイス・テーグ』
中は5人並んでも通れるほどの洞窟となっていた。
岩肌は黒いが、ほのかな青い光を発している。
おかげで視界の確保には困らなかった。
入口で聞こえていた滝の騒がしい音はもうない。
代わりにどこからか雫の落ちる音が聞こえてくる。
そのせいか空気がひんやりとしているように感じた。
「あっ、いまのうちに補助魔法かけておくね」
クララが思い出したように補助魔法をかけはじめた。
周囲が魔法で照らされる中、ルナが先を見据えながら言う。
「どんなレア種かな」
「大型だったりしてな」
アッシュは冗談まじりに言った。
ルナが牽制するように細めた目を向けてくる。
「もし本当に大型だったら……わかってるよね」
「リッチキングと戦ったあとだからな。俺もさすがにそこまで無謀じゃない」
とはいえ、できれば一目見たいというのが本音だ。
シーサーペントの巣のように開戦すれば出られない仕掛けになっていたら困るが。
と、周囲を照らしていた魔法の光が止んだ。
どうやら補助魔法をかけ終えたらしい。
「よし、できたよっ」
「ありがとな。んじゃ、行くとするか」
そうして歩みを再開してから間もなく、辿りついたのは広い空洞だった。
手前半分は陸地だが、奥側は水で満たされている。シーサーペントの巣に少し似ているが、あちらよりは小さい。それに水面に幾つもの平たい石が出ていた。大きさはちょうど片足が乗る程度。足場にするには少し厳しそうだ。
「敵、いないね」
「狩られたあとだったのかも?」
クララとルナが辺りを見回しはじめた、そのとき。
正面奥の水面にぽこっと泡が浮き上がった。
「……いや、ちゃんといるみたいだぜ」
しぶきを散らしながら、それは飛びだしてきた。
女性の姿を模った人型だ。簡素な緑色の服に身を包んでいるが、粗野な感じはいっさいない。流れるような黄金の髪がすべてを美しく昇華させていた。
敵は岩の足場に片足を乗せて静かに下り立った。
ふわりと舞っていた黄金の髪が水面に優しく触れる。
その美しさたるや、この世のものとは思えないほどだ。
「うわぁ……綺麗……」
「妖精の類かな」
「これはたぶん小型だな……!」
クララとルナが揃って敵に見惚れる中、アッシュは血気盛んにハンマーを構えた。小型とわかればしかけるほかない。ただ、敵が立っている場所は水側。岩の足場があるにはあるが、やはり戦闘に使うには厳しい。
どうしたものかと悩みはじめた、瞬間。
敵が口を開けて奇声を発しはじめた。
クララがたまらず耳を塞いでいたが、どうやら効き目はないようだ。苦しそうに顔を歪めている。
「うぅ……これってフィアー……っ?」
「いや、違う! ただの咆哮だ!」
頭にがんがん響いてくる。
動きが制限されることはないが、ただただ不快だ。
敵がかかげた右手に周囲の水が集まり、瞬く間に槍の形と化した。
水の槍が勢いよくこちらへと放たれる。
アッシュは前に出てハンマーを横振りして迎え撃った。ぱしゃんと槍がただの水となって飛び散る中、2本目が視界に映り込んだ。
このままハンマーを引き戻しても間に合わない。
とっさにそう判断し、ハンマーに振られるがまま体を横回転。2本目も打ち砕いた。
大量のしぶきが落ちていく中、敵のそばにまたも水が集まっていた。ただ先ほどよりもかなり多い。水はまるで人の手でこねられたように輪郭を動かすと、ついには馬の形となった。敵は水の馬へとまたがり、こちらに向かってくる。
ルナが馬に向かって矢を射るが、その水の体を貫いて奥へと飛んでいってしまう。かすかに散った水も元通りになったうえ、馬は痛がる素振りも見せていない。
「すり抜けたっ!?」
「だったら本体を狙うまでだ!」
敵は再生成した水の槍を片手に接近してくる。その速度はケンタウロスを遥かに上回るが、進路を予想すればハンマーをぶつけることぐらいはできる。
アッシュは限界まで敵の動きを見極めたのち、深く腰を落とし、敵本体へとハンマーを振り抜く。が、馬の機敏なステップで躱された。
「なっ」
あれほどの速度を出していながらあの回避力。水でできているとあって通常ではありえない動きも可能にしているようだ。ルナもまた狙いを本体に変えて矢を射るが、やはり躱されてしまう。
「これならっ」
クララが敵の進路に《ストーンウォール》を生成する。
敵本体は跳躍して飛び越えたが、馬はばしゃんと衝突して飛び散った。そのまま消滅したかと思いきや、しぶきが《ストーンウォール》を素早く迂回して合流。すぐさま馬の形に戻ってしまう。跳躍していた敵本体も馬の背に飛び乗り、そのまま駆け抜けていく。
「うそぉっ!? それはずるくない!?」
クララが抗議するように叫ぶ中、敵が陸地を離れて奥の水場へと移動した。岩の足場を軽々と移動したのち、最奥に立つ。その後、再び奇声をあげだした。まるで呼応するように陸地との境界線から水がせり上がりはじめる。
ツナミか。
いや、これは――。
せり上がった水壁から槍形状の水がずずずと手前に突き出してきた。ざっと見ただけでも30本は下らない。それらが一斉にこちらへと放たれる。
アッシュはハンマーを振り回し、迎撃。
クララとルナは生成した《ストーンウォール》の裏に隠れて凌いでいた。だが、あまりの威力に《ストーンウォール》にひびが入っていた。
クララは慌てて追加で《ストーンウォール》を重ねる。
おかげでなんとかやり過ごせたようだ。
「無事か!?」
「う、うん。ぎりぎりだけど――」
せり上がった水壁が引いていく中、敵が飛び出てきた。飛び散った水を片手に集め、変化させた槍を投げてくる。アッシュは水の槍を迎撃しながら敵の接近と同時にハンマーを振り抜く。が、やはり馬の機敏な動きによってたやすく躱されてしまう。
アッシュは舌打ちしながらいまも素早く移動しつづける敵を睨む。どうにかしてあの馬の機動力をそげないか。対応策を考えはじめたとき、カルキノスの足が凍る光景が脳裏を過ぎった。
「クララ、フロストレイだ! フロストレイであの馬を凍らせるんだ!」
「わ、わかった!」
クララが敵に追われないようにと駆け回りながらフロストレイを放ちはじめる。が、どれも敵の華麗なジャンプやステップに躱されてしまう。
焦りだしたクララに向かってルナが叫ぶ。
「ストーンウォールだ! 馬が壁に当たったあと、飛び散った水が合流する瞬間を狙えばいけるはず!」
さすがの機転だった。
はっとなったクララがすぐさま敵の進路にストーンウォールを生成。馬をぶつけた。敵が跳躍する中、飛び散った水が壁の反対側へと集まり、再形成をはじめる。その瞬間を狙ってクララがフロストレイを放ち、見事に命中させた。
真っ白に染まった馬がまるで時が止まったかのようにカチッと固まった。ちょうど馬に着地した敵本体が動揺をみせる中、ルナがすかさず矢を放った。そのまま射抜けるかと思いきや、蠢いた黄金の髪によって矢は受け止められてしまう。
「だったら!」
アッシュは敵のほうへ駆けながら体を横回転させ、ハンマーを思い切り放り投げた。ぐるぐると回りながら勢いよく飛んでいく。
敵はまたも黄金の髪で受け止めようとするが、さすがにハンマーを受け止める力はなかったようだ。どごっと鈍い音を鳴らして直撃を受け、後方へ弾かれた。
地面に転がった敵が呻きながら起き上がろうとするが、そうはさせまいとルナが追い討ちで矢を射続けた。体のあちこちに矢を受け、敵が悲鳴をあげながら仰向けに倒れる。
その間にアッシュは距離を詰め、飛びかかった。腰裏から抜いたスティレットとソードブレイカーを敵の胸元へと深く突き刺す。慟哭をあげる敵の口を塞ぐよう足裏を押しつけ、そのまま腰側へと2本の短剣をずらす。
敵はじたばたともがいたあと、ついに動かなくなった。敵の身が燐光となって舞い上がり、消えていく。そのさまを横目にしつつ、アッシュは立ち上がって短剣を収めた。
「さすがレア種って感じだったな」
通常の魔物と比べてもタフなだけではない。
特殊な攻撃をしてくるので対策を見つけるまでが厄介だ。
「クララの魔法がなかったら倒せてたか怪しかったね」
「ちょっと活躍しちゃった感じするかも!」
「ちょっとどころか大活躍だ」
えへへ、とクララが嬉しそうに顔を綻ばせる中、アッシュは近くに転がったハンマーを拾いあげる。と、落ちていた戦利品の中に気になるものを見つけて拾った。
「なんだこれ……金色の交換石?」
裏面を確認したところ防具だった。しかも胴だ。いつもは戦利品の確認はクララに任せて放置しているが、金色だったこともあって思わず手に取ってしまった。
近くまできたルナが覗き込んでくる。
「聞いたことあるかも。《アウレア》シリーズだったかな。すごく珍しいらしいよ」
「強いのか?」
「う~ん……セットで揃えれば常に魔物の注意を引くって効果だったかな」
「良さそうな能力だな」
「でも全身が金色なせいで面白装備扱いだったような……」
効果がよければ多少の外見の悪さには目をつむるつもりだが、それにも程度がある。あまりにひどければ装着するのは避けたいところだ。そもそも珍しい品なら全身を集めるのも困難だろう。
「まあ、売るかどうか保留だな。クララ、ほかはどうだ?」
「えっとジュリーが1万5千なんだけど……それとね……」
なにやらクララがきょとんとしながら、ひとつの丸い宝石を摘んで見せてきた。それはいまや25万ジュリーもの価値を持つ6等級の魔法。
「どうしよう……《フロストバースト》出ちゃった……!」





