◆第五話『ぽんこつ騎士』
曲がり角の先、道は二手に分かれていた。
幅広な正面の道と、右手側に折れる小道だ。
正面のほうには隠れられる場所がほぼない。
反面、小道側は進んだ先にすぐ曲がり角があるため、そちらを選んで身を潜めていた。
周囲の魔物はすでに一掃している。
シビラの死角に入ったのを機に急いで処理したのだ。少々無理をしたが、おかげで充分な時間を稼げた。
クララとルナは小道に入ってから間もなく、もう一度行きつく左曲がりの角の裏に。アッシュは斜めに刺したスティレットを支えに天井に張りついている。もちろんスティレットだけで支えるのではなく、ごつごつとした岩肌に足と空いた左手を引っ掛けた形だ。
ちなみにハンマーアックスはクララたちの足下に置いている。天井で隠れるのに邪魔なうえ、あまりに重いからだ。
潜めた足音が響いた。
初めの曲がり角からシビラがおそるおそる顔を出している。
対象――こちらを見失ったからだろう。
きょろきょろと視線を巡らせている。
正面の道の先、少し離れてはいるがあえて魔物を残していた。おかげでそちらには進んでいないと判断したようでシビラは小道のほうへと歩きだした。
彼女が来たことをアッシュは目線でルナに伝えた。
頷いたルナがクララの肩を叩く。
息を止めるようにとの合図だ。
ルナに肩を叩かれてクララが息を止める。
相手はシビラだ。
並みの挑戦者ではない。
ルナはまだしもクララが限界まで見つからずにいるのは難しいだろう。
ある程度まで近づいたところで、アッシュはもう一度頷いた。
それを機にルナとクララが飛び出した。
「なっ!?」
シビラは上半身をそらすほど驚いていた。
思った以上の成果だったからか。
クララがしたり顔で胸を張っている。
アッシュは天井からスティレットを抜いた。
シビラの背後に音をたてずに着地する。
「よう、シビラ。人をつけるのは楽しかったか?」
「ひっ」
シビラは短い悲鳴を出すやいなや、振り返りざまに剣を横に振るってきた。
あまりの速度にアッシュは本気で身をかがめた。
頭上を通り過ぎた鈍色の輝き。
そこから放たれた青い光が背後の壁に衝突する。
さすが8等級の挑戦者とあって、しっかり属性石を8個はめているようだ。斬撃を受けた壁が広範囲にわたって凍りついていた。
「あ、危ねえ……っ」
「はぁはぁ……アッシュ……ブレイブ……!」
シビラは呼吸を荒げながら瞳孔を開いていた。
その姿にアッシュは思わず面食らってしまう。
「あ~、悪い。そこまで驚かれるとは思ってなくてさ」
「べ、べつにわたしは驚いてなどいない!」
「にしては殺しにかかってただろ……」
「し、しかたないだろうっ! 魔物と思ったのだ!」
強い語調で言い返してくる。
羞恥心を誤魔化すためかもしれないが……。
残念ながら彼女の顔は面白いほどに赤かった。
それはもうドレイクの肌といい勝負なぐらいだ。
わけもわからずされていた尾行。
その仕返しとしては大満足の成果だ。
シビラの息が整ったのを機にアッシュは本題に入る。
「さて、それじゃあつけてた理由を教えてもらおうか。まさか俺たちを疑ってるってわけじゃないよな」
「もちろんそれはない」
すぐにそう否定すると、シビラは得物を下ろして話しはじめた。
「塔の中は広大だ。その範囲だけでも確実にチームを見つけるのは難しい。だから犯人は予め魔物をなすりつけるチームを決めているのでは、と考えたのだ」
ふむ、とルナが頷いて問いかける。
「それで適当なチームをつけて犯人が現れるのを待とうと思ったってことかな?」
「そのとおりだ」
シビラの首肯は力強いが……。
「なんとも確率の低そうな方法だな」
「現状、情報が少なすぎるし、しかたないかも」
たしかにルナの言うとおりだ。いまはまだ犯人の格好ぐらいしか情報がない。片っ端から可能性を潰していくしかないだろう。
「ま、それはともかくとして……だったら言ってくれよ。あんなこそこそとつけるんじゃなくてな。ってか下手すぎだろ、尾行」
「へ、へたっ!?」
正直にそう伝えると、シビラが見るからにショックを受けていた。どうやらあれで上手く尾行できていると思っていたらしい。
「……すまない。断られると思ったのだ」
「断られるようなことしてるって自覚はあるんだな」
「ぐっ」
ばつが悪そうに口をつぐむシビラ。
いじるのが段々と可哀相になってきた。
「あんた、意外と不器用なんだな」
「し、失礼な。これでも子供の頃は気配り上手なシーちゃんと――」
シビラははっとなって腕で自身の口を押さえる。
ただ、止めるのが遅すぎてほぼ全容が明らかだ。
「い、いまのは忘れて欲しい」
顔を横向けながら懇願してくる。
やはりその顔は赤い。
「あたし、シビラさんと仲良くできるかも……」
クララがぼそりとそんなことをこぼしていた。
どこか通ずるところがあったのかもしれない。
ふいにルナが弓を構え、こちらに向かって矢を射た。
青い光を纏った矢がそばを通り過ぎていく。と、ほぼ間を置かずドレイクの鳴き声が後方から聞こえてきた。
「アッシュ、湧きはじめてるよ」
「みたい、だな――ッ!」
そばの壁から這い出てきたドレイクへと、アッシュは得物のハンマー側を横振りでぶち当てた。鈍い音とともに転がった敵が仰向けになる。あらわになった腹へと刃側を振り落とし、両断した。耳をつんざくような不快な声を残して敵が消滅する。
「とりあえず、ここでずっと立ち話してるわけにもいかないし進むぞ!」
「了解っ」
「う、うんっ!」
アッシュは仲間とともに戦いやすい幅広の道へと戻る。
その最中、シビラが棒立ちになっていた。
これからどうしようかと悩んでいるのだろう。
アッシュは魔物と戦いつつ彼女に向かって叫ぶ。
「シビラ、ついてくるかは任せる! ただ、そんときゃ尾行の練習をオススメするぜ!」
「よ、余計なお世話だっ」
などと言い返してきた彼女だったが――。
真面目な性分には勝てなかったようだ。
59階に到達するまでの間、こそこそと尾行の練習をしていた。





