◆第十八話『帰る場所』
「予想どおりの高騰具合だったな……」
「あそこまでだとは思わなかったけどね」
「ほんと先に買っておいてよかったぁ」
翌日。夕刻を過ぎ、空が黒ずみはじめた頃。
委託販売所を出るなり、アッシュは仲間とともに安堵の息をついた。
黄金都市が実在する話は、すでに島中に広まっていた。クデロが待ちきれずに昨日のうちに言いまわったのだ。
無理もない話だが、初めのうちはこれまで同様に虚言だと思われていたようだった。だが、今回は詳細な行き方が判明しているうえ、彼とはべつのチームが辿りついている。
騙されたと思って挑戦する者が現れ、たちまちに広まったというわけだ。
過去に噂を試して3兄弟を倒していた古参――《ソレイユ》や《レッドファング》が動いたのも、これほどまで早く広まった大きな理由だろう。
「でも、また色々買って散財した気分……」
「サイレンスとディスペルなら損はないだろ」
黄金都市で得たジュリーを使ってクララはその2種を購入していた。サイレンスは13万、ディスペルは15万ジュリー。属性石で強化しないと使い物にならないため、その分も含めれば黄金都市で稼いだ分をほとんど使った形だ。
「うん。ただ、さすがに幾つかまとめないと厳しいかも……」
ウインドアロー。フロストレイ。フレイムピラー。フロストウォール。フレイムバースト。これら合計で5本。そこに新たに購入したサイレンスとディスペル分の腕輪2本をあわせれば7本。クララの腕が細いこともあって持て余している感が凄まじかった。
「ま、使いきっちゃったのはボクたちも同じだけどね」
ルナが苦笑しながら、こちらを見やる。
アッシュは彼女とともに6等級の防具、《インペリアル》シリーズの軽装を揃えていた。基調の色は淡い黄金と白の複合。派手さはないが、所々に飾られたギャザーが上品さを演出している。まさに、その名に相応しい威厳が強調された造りだ。
出費については……クエストで得た1部位と以前に黒の塔で魔物から得た胴――1部位と半分を差し引いてひとり約10万ジュリーで済んだ。
ただ、約1万ジュリーもする硬度上昇の強化石を4部位6箇所すべてにはめたので、さらに30万ジュリーを上乗せ。24万より大幅に払っているのは、一気に購入したことで安値の商品が少なくなり、高値のものしか残っていなかったためだ。
想定以上にかさんでしまった出費だが、黄金都市の影響でしばらく価格が高騰することを考えれば決して悪くはないはずだ。
「あたしは前のよりこっちのが好きかも」
「ボクもこっちのが好きかな。ブラッディは少し威圧的な感じがしてたからね」
「俺はブラッディもなかなか好きだったけどな」
《ブラッディ》シリーズが不評だったことに驚きだが、《インペリアル》シリーズが好評なことには頷ける。それほどデザインが洗練されていて文句のつけようがない。
見た目ではなく能力で選んだ防具だったが、彼女たちが気に入っているなら高いジュリーを払った甲斐があったというものだ。
「あぁ~。もう一回入れないかなぁ。そしたらもっと強化できるのに」
黄金都市のことを思い出しているのだろう。
クララが遠くを見ながら名残惜しむように言った。
「さすがに入りなおしはできなかったね」
「あれだけ稼げる場所だからな。ぽんぽん入れたら相場がめちゃくちゃになりそうだ」
黄金都市を出てすぐにまた入りなおせるか試してみたが、やはり無理だった。クデロがモルバ3兄弟を再討伐することなく入れたことから、おそらくほかの要因があるのだろう。
「次、いけるのはいつかな~」
「1回で50万ジュリーはさすがに多すぎるからね。最低でも1年は制限かかるんじゃないかな。下手したらもっとかも」
「これから多くの奴が入るだろうからな。そのあたりは遠くないうちに判明するんじゃないか」
なにしろ大きな恩恵を得られる場所だ。
間違いなく多くの挑戦者が再入場を夢見て頻繁に通うだろう。
「もう豚の店開いてるよね」
今夜、《喚く大豚亭》でクデロと会う予定だった。黄金都市の発生条件を見つけた報酬――ログハウスの鍵を受け取ることになっている。
「ああ。じゃ、そろそろ行くか」
「うんっ」
頷いたクララが弾んだ足取りで先行する。
もう待ちきれないといった様子だ。
そのままの調子で彼女は《喚く大豚亭》に辿りつくと、勢いよく扉を開けた。直後、ひとりの男が倒れ込んできた。
「ブヒィイイイイイッ!!」
「うわぁあっ」
クララが普段の狩りでは見せないほど機敏な動きで飛び退いた。
呼吸を荒くしながら彼女が見下ろした先。
そこに転がるのはカップを片手に持った男――クデロだ。
開店から間もないというのに、すでに出来上がっているようだ。寝返りを打つように転がると、その真っ赤な顔があらわになった。むにゃむにゃと口を動かしながらだらしない顔をさらしている。が、こちらと目が合った瞬間、はっとしていた。
「お、お前たちかっ」
慌てて立ち上がり、目を泳がせるクデロ。
アッシュは彼に短く質問する。
「もうやる必要ないんじゃないか?」
「い、いやっ。これには深い事情が……っ」
焦りつつクデロが答えた、そのとき。
開けっ放しになった扉の向こう――店員のミルマから声が飛んできた。
「おーい、クデロさ~ん! そろそろなくなったんじゃないのー!? もう1杯どうだーい!」
「あ、ああ。まだ大丈夫だ!」
「そう? クデロさんにはいつも世話になってるからねー。これからもうちの看板としていい声で鳴いてね~!」
クデロが店のほうを向いたまま硬直していた。ぎぎぎ、と音を鳴らすかのように、おそるおそるこちらに向きなおる。その顔は酒のせいというにはあまりに赤かった。
「な、なんだ! 言いたいことがあるならはっきり言え!」
「いや、なにも」
初めこそ黄金都市のためだったに違いないが……。
おそらく途中からべつの目的もできたのだろう。
たしかにこれはやんごとなき理由だ。
「それよりクデロさん! アレアレ! 例のアレお願いします!」
クララがその場で足踏みしながら声をあげる。
「……ん、アレ……? あぁ、そうだったな。酒ですっかり忘れとったわ」
クデロは上着の胸ポケットを漁ると、そこからログハウスの鍵を取り出した。
「ほら、約束の品だ。いっさい手をつけておらんから安心せい」
「ありがとう、クデロさん!」
クララは興奮を隠し切れないといった様子で鍵を受け取ると、大事そうに握りしめた。そんな彼女をよそに、クデロが少し申し訳なさそうに言ってくる。
「遠回りをさせてしまって悪かったな」
「その件については色々と思うことはあるが、おかげでジュリーも稼げたうえに良いもの見させてもらったしな」
顔を見合わせたルナが「だね」と相槌を打つ。
黄金で彩られた都市の光景はとても眩しく、美しかった。間違いなくいつまでも色褪せず記憶に残ることだろう。
「気分は晴れたか?」
「ああ。もうここにはおらんが……奴らもきっと喜んでくれているだろう」
そう口にしたクデロの顔は晴れ晴れとしていた。
これで酔っ払っていなければ、もっと良い笑顔が見られたに違いないが――彼のことを知ってしまったいまでは、これでこそクデロだという想いが勝った。
辛気臭い空気を嫌ってか、クデロはぐいとエールをあおった。げぷっと下品な呼気をもらしたあと、空になったカップで店内を指し示す。
「どうだ、お前たちも飲んでいかんか」
「あ~、悪いが今日は遠慮しとく」
「当然だが、ワシの奢りだぞ」
クデロがガマルを見せつけながら得意気に笑んでくる。奢りはありがたいが、それよりもいまは優先しなければならないことがある。
「誰かさんが早く行きたくてしかたないみたいでな」
クララが先ほどから鍵を見つめながらうずうずしていた。本人は隠していたつもりのようだが、バレバレだ。
「ふむ、それは邪魔してはならんな」
「ま、そのうち誘ってくれ」
「もちろんだとも、友よ」
にかっと笑いながら、クデロが拳を向けてきた。
出逢った当初こそ豚の鳴き真似をする頭のいかれた男だと思っていたが、なかなかどうして気骨のある挑戦者だった。
《喚く大豚亭》の看板娘、もとい看板男――クデロ。
彼との変わらぬ友情を示すため、アッシュはその大きな拳に自身の拳をこつんと突き合わせた。
◆◆◆◆◆
ログハウスに到着したときには、すっかり辺りは暗くなっていた。鍵を使って中に入ったのち、ランプの灯をつけて回る。
すでに改修は済んでいたようで以前に訪れたときよりもかなり綺麗になっていた。元の古さは拭えていないが、充分に生活できる状態だ。
クララが居間の中央に立ち、全体を見回していた。
ようやく得られたログハウス。
きっとその事実を噛みしめているのだろう。
「今日から、ここがお前の家だ」
「うん」
「好きな部屋、選んでいいぞ」
「……うんっ」
返事をするだけで一向に部屋のある2階に行こうとはしない。
どうやら感極まってしまったようだ。
満ち足りた顔でその場に立ち尽くしている。
もっとはしゃいで喜ぶ姿を想像していたが、呆けてしまうほど嬉しかったのだろう。アッシュはルナと顔を見合わせながら微笑んだ。
クララがくるりと振り返って、こちらに向きなおる。
「アッシュくん、ルナさん!」
このログハウスを手に入れるまでに払った労力は決して少なくない。だが、クララが見せた花開くような笑みに比べれば安いものだった。
「ありがとう……っ!」





