◆第十七話『黄金はここに』
ガマルの胃袋を空にしたのち、再び白の塔52階へと戻ってきた。
この階に訪れたのは2度目。まだ道を覚えていなかったが、今回はクデロが同行している。彼の先導ですんなりと門の広場までやってきた。
「ふんぬッ!」
最後に残った人型の魔物へと、クデロが得物――巨大なウォーハンマーを力の限り振るった。魔物が構える大盾に激突すると同時、鈍い音が響く。見た目以上に凄まじい威力を秘めていたのか、魔物は勢いよく吹っ飛んだのちに消滅していった。
ほぼ同時、クデロが呻いて片膝をついた。
魔物が持っていた大盾の反射効果により衝撃が跳ね返ってきたのだろう。
良く言えば勇敢、悪く言えば無謀なその戦いぶりにアッシュは思わず呆れてしまう。クデロのもとへと向かい、手を差し出す。
「反射もお構いなしって……めちゃくちゃだな。大丈夫か?」
「このくらい平気だ」
クデロは自力で立ち上がった。
やせ我慢かとも思ったが、どうやら本当に無事らしい。
「さすがにここまで来てるだけあるな」
「とはいえ、ひとりで突破するほどの力はワシにはない。来るときはほかのチームのあとを追わせてもらっていた」
たとえそうだとしても魔物を1体も処理せずに辿りつくのは難しいはずだ。彼は謙遜しているが、やはり並の挑戦者ではない。過去に組んでいたという仲間たちがいれば、今頃、上位陣だった可能性もある。本当に残念だ。
クデロはウォーハンマーを肩に担ぐと、広間の奥――門に目を向けた。
「お前たち、準備はよいか」
アッシュはルナと頷き返した。
クララはひとりじっと門を見つめている。
「なにか特別なことは必要なのかな。呪文を唱えたり、なにかをかざしたり」
「ただ段を上がり、門前に立つだけでよいはずだ。本当に門が開くのならな」
クデロに続いて全員で門の前に立った。
だが、変化は起きない。
「なにも起きないな」
満たしていない条件がまだあるのか。そう思ったとき、全員の左手甲が一斉に光を放ちはじめた。初めは赤色。次に緑に変色すると、最後には黒色に染まる。
なぜこの3色なのかはすぐに思い至った。
モルバ三兄弟がいた塔の色だ。
「う、動いた!」
驚愕の声をあげるクララ。
門の両脇に置かれた彫像がゆっくりと動いていた。門を守るように向けていた剣を引くと、切っ先を天に向けるように両手で構えた。体もこちらに向きなおる。まるで門をくぐることを許可すると言っているかのようだ。
連動するように門に虹色の光膜が張られた。先ほどまではあちら側の廃墟が見えていたが、いまでは完全に虹色の光膜に遮られている。各階の出入り口に設けられた転移門と同じだ。
「やっぱり残金が条件だったみたいだね」
開いた門を目にしながら、ルナがそう言ったとき――。
クデロが瞳孔を開きながら拙い足取りで歩き出した。
そのまま吸い込まれるようにして門の中に入ってしまう。
「あ、行っちゃった!」
「待ちきれなかったみたいだね」
「俺たちも行くか」
興奮しているのはこちらも同じだ。
アッシュはクララ、ルナとともに門をくぐった。
訪れる転移特有の真っ白な視界。反射的に閉じた目を再び開けたとき、思わず感嘆してしまうほどの光景が飛び込んできた。
正面へと真っ直ぐに延びた石畳の大通り。その両側に沿うよう黄金の建造物が途切れることなくずらりと並んでいた。商店らしきものはあるものの、多くが2階建ての家屋といった外観だ。
黄金都市。
まさにその名のとおりだった。
「すごぉっ……」
「少し黄金をあしらった程度かなって思ってたけど、これほどとはね……」
クララ、ルナも息を呑んで圧倒されていた。
建造物はどれもが黄金で染まっている。中身まで黄金かはたしかめてみなければわからないが、少なくとも見える範囲はすべてが黄金だ。
と、クララがなにやら目を細めながら難しい顔をしていた。
「ねね、ここってもしかしてさっきまでいた廃墟と同じ?」
「みたいだな……光景こそまったく違うが、道の幅や建物の配置が一緒だ」
廃墟に残った瓦礫は黄金色ではない。
だが、別物というにはあまりに酷似していた。
「じゃあ、廃墟をもとに造ったってことかな」
「あれのかつての姿がこれって考えたほうが自然じゃないか」
もっとも、こんな都市が実在したとは思えない。
おそらく神アイティエルによって塔の中でのみ創造されたものだろう。
「それよりクデロは……」
「あそこにいるよ」
ルナが目を向けた先、大通りを少し進んだところで棒立ちになったクデロを見つけた。感極まっているのか、彼はその体を震わせている。
「ついに……ついにまた辿りついたぞッ! ワシはここに帰ってきたのだッ!」
両手を広げながら大声で叫ぶ。
まるで黄金都市に語りかけているようだった。
「グラーク、ピグロッド、ユイオン……ずいぶんと遅くなったが、これでようやくお前たちの汚名をそそいでやれるぞ……っ」
かつての仲間の名だろうか。
クデロは3つの名を口にすると、その場に両膝をついて顔を俯けた。少し離れているために顔は窺えないが、涙していることは容易にわかった。
クデロが再び黄金都市に戻るまでに要した期間は1年や2年どころではない。少なくとも5年以上は経っている。そんな長い間、ずっと嘘つき者として扱われ続けたのだ。無理もないだろう。
やがてクデロがゆっくりと立ち上がると、こちらに向きなおった。
「すまんな。みっともないところを見せた」
「気にするな。……もういいのか?」
「ああ。それにいつまでもお前たちの時間をもらうわけにはいかんからな」
そうクデロが答えたとき、路地から影が飛びだしてきた。全身鎧を着込んだ人型の魔物だ。これまた黄金の長剣を振り上げながらクデロに襲いかかる。
「クデロ、後ろ!」
彼はこちらが呼びかけるよりも早く動きだしていた。その身を横回転させてウォーハンマーを振ると、敵の腹を正面から叩いた。相変わらずの豪快な音が響くと同時、敵の体が弾け、多くのジュリーを散乱させる。
見た目が派手なだけで、どうやら思った以上に脆いようだ。いや、それよりも――。
「うわ、緑ばっかり! 1体でそんなに落とすの!?」
「……1個だけど銀も混ざってるよ」
敵が落としたジュリーを見て、クララとルナが揃って仰天していた。
1個の価値は緑が100。銀が1000。
通常の魔物からでは絶対に得られないほどの量だ。
「まだまだ! 黄金都市の恩恵はそんなものではないぞ!」
クデロはこちらを向いて両手を広げると、黄金都市を背に声を張り上げる。
「さあ、楽しめ! そして欲にまみれろ! 黄金都市はジュリーの山だ! お前たちのガマルがもう食べられんと根をあげるほどのジュリーが待っているぞ!」
その声によって、アッシュは仲間とともに黄金都市を歩みはじめた。
とっくに夕刻は過ぎ、すでに夜を迎えている。
いつもなら食事を終えている頃だ。
にも関わらず全員が一心不乱になって狩り続けた。敵があまり強くないこともあるが、それ以上に倒した際に落とすジュリーの数が凄まじいことが疲れを忘れさせてくれた。
およそ100体ぐらいだろうか。
それほどの数を倒したところで、ついに出口の門が見えた。
その前には行く手を阻むように巨大な黄金戦士が立っていた。黄金の冠を被り、肩からマントを流している。仰々しい装備からして黄金戦士たちの王といったところか。
「こいつで最後だ!」
クデロが一番に飛びかかり、敵が振り下ろした長剣を跳ね返した。仰け反った敵の両目にルナの矢が命中。敵がたまらずよろめく。
その間にアッシュは距離を詰め、跳躍。敵の胸元にスティレットを突き刺した。敵が後方に倒れはじめたのを機にスティレットを引き抜いて飛び退く。
「クララッ!」
呼びかけに応じて、クララから《フレイムバースト》が放たれた。周囲の黄金を赤々と染めながら巨大な火球が虚空を突き進む。敵が慌てて剣で受け止めようとするが、間に合うことはなかった。その身に火球が激突。周囲に爆風を巻き起こした。
わずかに耐久力が高いだけでほかの黄金戦士と同様にあまり強くはなかった。だが、圧倒的に違うものがあった。
煙が晴れた瞬間、クララが歓喜の声をあげる。
「金色がたくさんっ!」
1個1万ともっとも価値のある金色のジュリー。
それが何十個と転がっていた。
ガマルたちも嬉しそうに食べている。
最高のジュリーとあって味も極上なのかもしれない。
黄金都市に入れば50万ジュリーは稼げると聞いていたが、本当にそのぐらい稼げていそうだ。もちろん全員で50万ではなくひとりで50万だ。
これほどのジュリーがあれば一気に装備を更新できる。少なくとも防具一式はすぐにでも揃えられそうだ。
そうして装備のことを考えていると、クデロが改まったように頭を下げてきた。
「本当に感謝する。ここに辿りつけたのはお前たちのおかげだ」
無骨ながら気持ちのこもった言葉だった。
「といっても無償で応じたわけじゃないからな」
「それでも話を受けてくれたことには変わりない。年老いたが、人を見る目は衰えていなかったようだ」
クデロは口の端を吊り上げながら得意気に言った。
こちらの素性を調べ上げたり先回りしてログハウスを購入したりと厄介なことをされはしたが……。
黄金都市に辿りつけたこともあって終わってみればかなり得をした結果となった。損をしたのは、せいぜいログハウスを手に入れるまでお預けを食らったことぐらいだ。
話をしている間にガマルたちがジュリーを食べ終えていた。
クデロは自身のガマルが戻ってきたのを機に出口の門へと歩きだす。
「今日はもう遅い。明日の夜、《喚く大豚亭》に来てくれ。そこで約束の品を渡そう」





