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五つの塔の頂へ  作者: 夜々里 春
【海の秘宝と黄金都市】第二章

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◆第十六話『豚の財布』

「豚の酒場、まだ開いてないね」

「思ったよりすんなり戻れたからなー」


 52階の入口へと撤退しはじめた、あのあと。

 ちょうどほかのチームが攻略中だったこともあって最低限の戦闘で塔から離脱。予定よりかなり早く中央広場に戻って来られた。


 ただ早すぎたために問題があった。

 クデロがほぼ確実にいるであろう《喚く大豚亭》がまだ開いていないのだ。


「少し時間あるし、一旦宿に戻る? 販売所で時間潰すってのもありだと思うけど」

「夕方の販売所は混み具合が半端じゃないからな」

「じゃあ、宿に戻る方向かな」


 そうしてアッシュはルナと話し合っていると、クララが手で誘うようなしぐさを見せた。


「ねね、2人とも。クデロさん、あそこにいるよ」


 彼女が指差したのは南東に構える人気店、《スカトリーゴ》。夜の部の準備でミルマが忙しなく動き回る中、クデロが隅のテーブルでひとり寂しく座っているのが見えた。


 ちょうど店員――アイリスがクデロのテーブルにエールを運んでいた。全部で4つ。酒飲みのクデロのことだ。すべてをひとりで飲むのかと思いきや、置かれたカップを空席に並べていた。


「誰かと待ち合わせしてるのかな?」


 クララが首を傾げる。

 アッシュは確認せんと《スカトリーゴ》に向かい、厨房に戻ろうとしていたアイリスを呼び止めた。


「ちょっといいか? って、いきなり睨むなよ」

「なんですか。用があるなら手早くお願いします」

「いや、クデロに酒4杯も置いただろ。誰か待ってるのか?」


 少し訝るような顔をしたのち、アイリスは面倒くさそうに息を吐いた。クデロのほうを見ながら説明してくれる。


「あの挑戦者は時折来店してはあのように4杯頼むのです。もう何年も前からです」


 かつてクデロにも仲間がいたことはヴァネッサから聞いている。なんらかの理由で、いまはひとりのようだが……その仲間たちの分ということだろうか。


「席につかれるのなら注文を」

「しっかりしてるな」

「商売ですから」


 アイリスに注文をしたのち、クデロのもとへと向かった。


「ひとりで4杯なんて豪勢だな」

「なんだ、お前さんたちか。ふんっ、べつに構わんだろう」


 突然の対面にクデロは動じることなくカップをあおると、ぷはぁと酒臭い息を吐いた。クララが「うわぁ」と顔をしかめる。


「元メンバーの分か?」


 アッシュは空席のエールを目にしながら訊いた。

 クデロが一瞬の硬直ののち、平静を装うように低い声を出す。


「……誰かから聞いたのか」

「結構前から島にいる奴に聞いたんだ。まあ、その仲間がどうなったかまでは知らないけどな」


 話すか話すまいか。

 クデロは悩んでいたようだが、決心がついたらしい。


「座れ。言っとくが、酒には手をつけるなよ」

「わかってる」


 アッシュはクデロの対面に。

 クララ、ルナは両側に座った。

 場が落ちつくと、クデロは先の話の続きを口にする。


「全員、島を出ていった。当時、黄金都市に1番執心だったあのクソギルド、《ルミノックス》に身包み剥がれて意気消沈だ」


 ルミノックスに目をつけられたのではないか、とヴァネッサが推測していたが、どうやらそのとおりだったようだ。


「そういうあんたは島を出なかったんだな」

「ワシが逃げるようなたまに見えるか」

「見えないな。豚の鳴き真似をしてでもしがみつくタイプだ」

「……豚の鳴き真似は余計だ」


 これまでどおり「あれにはやむを得ない事情があるのだ!」と食いかかってくるかと思いきや、やけに静かだ。


 ふと、カップを握るクデロの手が必要以上に力んでいることに気づいた。


「恨んでるんだろ。仕返しは考えなかったのか?」

「したところで返り討ちにあうのが関の山だ。勘違いするなよ。死ぬのが怖いわけではない。ただ、無駄死にで終わるのが怖かっただけだ」


 ――どうせ死ぬのなら仲間の無念を晴らして死ぬ。

 言葉にはしていないものの、そうした執念のようなものをクデロから感じた。


「それで……ワシに会いに来たということはモルバ三兄弟を倒したのか?」

「ああ。一応、白の52階にも行って、あんたが言ってた門にも立ってみた。結果は……まあ、察しのとおりだ」


 ふむ、とクデロが顎をさする。


「実はな。もうひとつだけ黄金都市に関わる情報があるのだ」


 なぜ隠していたのか。

 アッシュは怪訝な顔を向けると、クデロが慌てて弁明してくる。


「ああ、誤解しないでくれ。隠していたわけではない。ただ……関わるとは言ったが、これは信憑性が薄くてな」


 彼は目をそらしながら、どこか話しにくそうに口を開く。


「仲間を失ったあと、ワシはミルマに助言を求めたのだ。そうしたら《喚く大豚亭》で開店から閉店まで毎日飲んで豚の鳴き真似をすればまたいつかいけるようになると言われたのだ」


 話が終わった途端、アッシュはクララ、ルナと顔を見合わせたあと、告げる。


「……それ、からかわれたんじゃないか」

「そんなわけは――! ……あるかもしれん」


 勢いよく立ち上がったクデロだが、苦い顔をしてゆっくりとまた座りなおした。


「あれから何年も続けているが、一向に黄金都市への門が開かんからな……」


 その方法で開けたところであとを追うものはきっと少なかったに違いない。


「だが、ほかの誰かが同じことをすれば新たになにかわかるかもしれん。お前さんたち、試しにやってみてはくれんか?」


 とんでもないことを言い出した。


「クララ、頑張れ」

「えぇ、どうしてあたしがっ。絶対いやだよっ! アッシュくんがやってよ!」

「俺もさすがにあれは無理だ。ルナはどうだ?」

「ボクも遠慮しておくよ。島で生活できなくなりそうだし」


 どれだけ恥ずかしいことをしているのかをまざまざと思い知らされたのだろう。クデロが俯いたまま羞恥心に悶えていた。


「どうぞ」


 先ほど注文した品をアイリスが持って来てくれた。

 アッシュはルナとともにマスカ、クララはクルナッツジュースだ。


「お、ちょうどいいところに。なあ、黄金都市についてちょっと訊きたいんだが――」

「その方に与えられた助言についてでしたら過去に報告を受けています。……盗み聞きするつもりはなかったのですが、聞こえてしまったので」

「だったら話は早いな。その助言、もうちょいわかりやすくなったりしないか?」

「明るみになっていない情報に関して原則話すことは禁止されています」


 やはり無理かと思っていたが――。

 アイリスが「ただ」と話を継いだ。


「たしかなことは塔の攻略に関してミルマは嘘をつきません。今一度、助言の真意をたしかめてはいかがですか」


 そう淡々と言い残して、彼女は去っていった。


「真意か……少し整理してみるか」

「豚の鳴き真似を省いたらすっきりするんじゃないかな」

「うん、あれはあたしもないと思う」


 チームで意見が一致した。


 クデロがひとり天を仰いで「ワシはこの数年間、なにをしていたのだ……」と嘆いているが、気にせずに進める。


「となると……毎日、酒場で沢山飲んでいればいつかいけるってところか」


 うーん、と全員で唸りながら眉根を寄せて思案する。

 それから間もなく、ルナが「そうか」と声をあげた。


「わかったのか?」

「たぶんね。毎日そんなにたくさんのお酒を飲んでいたらどうなると思う?」

「普通に体壊すよな」

「ワシはぴんぴんしとるぞ」

「あんたがおかしいだけだ」


 翌日の狩りに支障が出かねない量を飲んでいるというのに、この様子だ。おそらく島でもっとも酒に強いのではないだろうか。一度、レッドファングの連中と競わせたいところだ。


「まあ、体調は崩すかもしれないけど。ほかにもなにか思いつかない?」


 ルナが苦笑しながらほかの答えを求めると、クララが勢いよく挙手した。


「はいはいっ、お金がなくなっちゃう!」

「さすがクララ。その答えを待ってた」

「えへへ……って、さすがってどういうことルナさんっ」


 喜びから一転して嘆くクララをよそに、アッシュははっとして顔をあげる。


「そういうことか」

「うん」


 ルナが少し得意気な顔で人差し指をピンと立てる。


「黄金都市ってお金を稼げるところでしょ。だから、貧困者の救済用って発生条件なら自然だと思う」

「ガマルの中身を空っぽにするってこと?」


 首を傾げたクララに、ルナが詳しく説明する。


「クデロさんが気づいていないあたり、完全に空っぽってことはないと思う。おそらく一定以下だと思うけど……ま、空っぽにすれば確実じゃないかな」


 話が終わったとき、クデロは呆けていた。

 まったくの予想外だったと言わんばかりだ。


「どうだったんだ? 当時の財布事情は」

「たしかにあのとき、全員でオーバーエンチャントをして金欠状態だった……だからこそ、いきなり現れた黄金都市にワシらは歓喜したのだ」

「これは確定っぽいな」


 ただ、そうなると疑問が残る。

 クデロの残金だ。


「あれから門が開いてないってことはある程度手持ちを維持してたってことだよな。よくひとりでできたな」

「ワシは酒のために生きているといっても過言ではないからな。毎日、酒場で飲む分は死ぬ気で稼いでおったわ」

「……あんた以外なら、さっさと辿りついてたかもな」


 本来なら翌日の狩りに影響がでてもおかしくない量の酒だ。

 ミルマも、これほど酒豪かつ執念深い男だとは思いもしなかったのだろう。


「なにはともあれ、これで条件がわかったわけだ。どうする?」

「行くに決まっとるだろう」


 先ほどまでの魂が抜けたような顔はどこへやら。

 クデロは口の端を吊り上げながら答えた。


「でもジュリーはどうするの? 空っぽにしないとだよね」


 クララが自身のガマルを手にとって軽く腹をプッシュ。「グェッ」と鳴かせた。


 金庫つきの宿を借りていたならよかったのだが、あいにくと格安の宿とあってそんなものはない。どうしたものかと悩んでいたところ、ルナが視線を北側へと向けた。


「ベヌスの館でも一時的なら預かってくれるよ」

「じゃあ、すぐ近くだね」


 早速、《スカトリーゴ》をあとにして全員でベヌスの館へと向かいはじめる。


「っと、忘れてた」

「え、アッシュくん? どうしたの!?」

「ちょっと先に行っててくれ!」


 アッシュはひとり踵を返し、急ぎ足で《スカトリーゴ》に戻った。

 空になった食器を下げていた店員――アイリスがこちらを目にして怪訝な顔をする。


「忘れ物ですか?」

「いや、礼を言いにきたんだ。ありがとな」


 そう告げたものの、アイリスは軽く首を傾げていた。

 なんのことだかわからないといった様子だ。


「さっきの助言だ」

「ああ……ミルマとして挑戦者に助言するのは当然のことです」

「それでも結構ぎりぎりだったんだろ」


 どうやら当たりだったらしい。


 彼女は目をそらすと、最後に残った食器をトレイに素早く乗せた。そのまま行ってしまうのかと思いきや、無愛想な顔を向けてくる。


「せいぜい黄金の街を堪能してくることですね」


 高く結い上げた尻尾のような髪を揺らして、彼女は今度こそ去っていった。


 ――塔に関してミルマは嘘をつかない。

 つまりは、そういうことだろう。


 アッシュは弾む気持ちを足に乗せ、仲間のもとへと急いで向かった。



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