◆第十五話『2人の王と門』
赤と青の濃淡で彩られた空は星が見えていながら不思議と明るかった。
どこか黄昏を感じさせるその空の下、広がるのは一区画として天井のない廃墟。道があった名残はあるものの、欠損した支柱、壁のおかげで見る影もなかった。
モルバ三兄弟を討伐した翌日の朝。
白の塔52階をアッシュは駆け回っていた。
対峙するは人型の魔物。フードつきの真っ白なローブに身を包み、右手には先端が鉄球となったメイス、左手には大盾を持っている。まさに戦う聖職者といった言葉がよく似合う姿だ。
アッシュは一気に敵へと肉迫、スティレットを突き出す。が、敵が大盾を割り込ませようとしたのを見て、即座に引いた。
なにも怖気づいたわけではない。
敵の盾には反射の効果があるのだ。
うかつに手を出せば、こちらに攻撃が跳ね返ってくる。
初見では痛い目を見せられたが、二度目を食らうつもりはない。
スティレットは引いたが、体が前に進む勢いはそがれていない。アッシュは敵の盾に背中を預け、そのままくるりと横回転。敵の側面に回り込んだ。
敵がまたも盾で防ごうとするが、遅い。アッシュは敵の左脛をソードブレイカーで斬りつけながら背後へと移動。麻痺効果で固まった敵の背中にスティレットを突き刺した。麻痺から解放された敵ががくりと前のめりに倒れていく。
が、完全に崩れることはなかった。円柱系の眩い光によって包まれたのちに息を吹き返した。強力な《ヒール》だ。振り返った先――奥に同種の敵がもう1体。メイスを振りかざしている。ヒールを放ったのはあの敵で間違いない。
「ごめん、防げなかった!」
ルナの叫び声が聞こえてきた。
彼女はクララとともに少し離れたところで待機している。
「気にするな! こっからだ!」
眼前の敵がメイスを振りあげ、落としてきた。アッシュは敵の注意が離れない程度に飛び退く。と、先ほどまで立っていた床にメイスが激突。とてつもなく重い音を鳴らし、破片を飛び散らせた。
この攻撃を見るのは初めてではないが、何度目にしても肝が冷える。これでヒールまで使えるのだから厄介なこと極まりない。
眼前の敵はなおもこちらを追いかけてくると、接近するたびに豪快にメイスを振り回してきた。アッシュはつかず離れずを維持しながら、もう1体のほうへと誘導。2体の距離を縮めさせた。
正面の敵が薙ぐようにメイスを振るってくる。
「アッシュくん、後ろ!」
クララの逼迫したような声。
言われるよりも早く、アッシュは肩越しに振り返っていた。視界にはメイスを振り下ろさんとする敵の姿。挟まれた格好だが、狙ったとおりの展開だ。焦りはない。
アッシュは後方へと大きく跳び、宙返り。落下際、床にメイスを振り下ろしたばかりの敵の脳天へとスティレットを突き刺した。
残った1体がすかさずヒールを放とうとメイスをかかげるが、呻き声を漏らしてよろめいた。その背中にルナが黒の属性矢を、クララがフロストレイを撃ち込んだのだ。
遠距離攻撃では、盾持ちの敵相手に正面からでは損傷を与えられない。ならば、と彼女たちとの間に敵を置くことで背を向けさせたのだ。
いまのうちに、とアッシュは1体を排除。
残った1体にも素早くトドメをさした。
ローブの下にあった肉が溶けたように消滅。
数瞬の間を置いてローブもあとを追った。
敵の姿がなくなったのを機にアッシュは武器を収める。
「低層の奴がヒール使うのとはわけが違うな……」
「タフな分、すぐに倒せないからね」
近くまで来たルナが少し疲れたように言った。
「56階からまたべつのも出てくるだろうからな。そいつらと連携組まれたら、なかなか面倒そうだ」
黒の塔に出現したレヴナントには一緒に出てきて欲しくないが……きっと出てくるに違いない。この塔を創った神アイティエルがそうした思考をしているのはいやというほど思い知らされてきた。
「サイレンスがあったらヒールも止められるのになぁ」
ガマルと戦利品を確認し終えたクララが言った。
どうやらいいものがなかったらしく眉尻を下げている。
「あれ結構高かったよな。いまいくらなんだ?」
「今朝、18万ジュリーだった……」
「……高いな」
「海の秘宝のあとに跳ね上がったみたいなんだよね。その前は9万だったんだけど……」
あれだけジュリーを稼げる祭りだったのだ。相場が上がることは予想できたが、さすがにそこまでとは思いもしなかった。
「もし買うにしても、少し落ちつくまで待ったほうがいいかもね」
「うん。そうするつもり」
「狩ってるうちにぽろっと出るかもだしな」
魔石は強力だからか、交換石や強化石と比べるとかなり出にくい。なんとかしてモルバ三兄弟ではないレア種を早めに見つけたいところだ。
「さてと……とりあえず目的の場所についたな」
言いながら、アッシュは奥のほうを見やった。
そこには長い歳月を経てきたのかのように風化した祭壇があった。5つの段を上がった先には同じようにくたびれた門。幅は人が3人並んでも余裕をもって通れるほどと大きい。
門の両脇には冠を被った石の彫像が1つずつ置かれていた。どちらも抜いた剣を門へと向け、通さないと言わんばかりの格好だ。
――2人の王に見守られた門。
クデロが言っていた、黄金都市に繋がる門で間違いないだろう。
全員で階段をあがって門の前に立った。
「いかにもなにかありそうってところだけど……」
「なんにも起こらないね」
「やっぱ三兄弟を倒すだけじゃダメか」
そこまでならほかの挑戦者も辿りついている。
ほかにも条件があるのは間違いない。
クララが両手を突き出したり門をぺたぺたと触ったりと色々試しているが、やはり変化はなかった。彼女はついに門を見ながら顔をしかめる。
「実は黄金都市に行ったって話も泥酔してたときに見た幻なんじゃ……ぶひーなんて叫ぶぐらいいつも酔ってるし」
「たしかに、ぶひーはないね」
真面目な顔で頷くルナ。
たしかにあの叫び声はないが――仲間の無念を晴らすためとはいえ、何年も執着するほどだ。黄金都市に関して、クデロが嘘を言っているようにも思えなかった。
「やっぱりアッシュくんは信じてるの?」
「なんでもありの塔だからな。俺はそういうのがあってもおかしくないと思ってる」
塔の中に島が浮かんでいたり、人が住んでいたりするかもしれない。仮にそれらを見ても、驚きこそすれ夢と思うことはないだろう。
「とはいえ、このままここにいても門は開きそうにないね」
「だな。ひとまずクデロのところに行ってみるか。なにか手がかりがつかめるかもしれないしな」
ここから52階の出口までは遠い。
夕刻が近いこともあって入口のほうへ引き返すことにした。





