◆第十三話『交換屋で武器調達』
ウルは通行人を華麗に避けて近くまで来たかと思えば、なにもないところで前のめりに転びかけた。アッシュは慌てて彼女の手を取る。
「っと……大丈夫か?」
「アッシュさんの背中が見えたので、つい走っちゃいました」
えへへ、とウルは照れ笑いを浮かべる。
「ウルは手を振るより、まずは転ばないように注意したほうがいいな」
「そんなにいつも転んでないですよっ」
「初対面で盛大にすっ転んでたのはどこのどいつだ?」
「うぅ~……善処しますです……」
挨拶代わりにそんな会話をしながら、ウルを起き上がらせる。
と、なにやらクララが目を細めていた。
「随分と仲が良いんだね」
「はいっ、アッシュさんとは大の仲良しさんですっ」
満面の笑みでそう返答するウル。
クララが目を瞬いたのち、訝るように訊いてくる。
「ね、一昨日に来たばかりだよね?」
「俺はそのつもりだ」
クララの言いたいことはわかる。
なにしろウルの接し方は、もう何年も一緒に過ごしてきたかのような友人に対するものだからだ。人懐っこいの域を超えている。
「えと、そちらは……クララさんですよね」
「あたしのこと覚えてたの?」
「もちろんです。ウルは子供の頃から案内人をしていますが、自分が案内した方のことはちゃんと覚えています。例えば、クララさんが約1年前に来たことも!」
ウルが得意気にそう口にした途端、クララが膝をついてうな垂れた。
「あ、あれあれ? なにかまずいこと言っちゃいましたか?」
「1年って言葉はクララがいま言われて一番嬉しい言葉なんだ」
「嬉しくないよっ! へこんでるよっ!」
クララが必死に否定する中、ウルは1年についてウンウン唸りながら考えていた。
「いちねんいちねん……はっ、もしかして恋人と別れた日ですか?」
「違うよ! ていうかそんな人いたこともないからっ!」
言ってから、不必要な情報まで口走ったことに気づいたらしい。
クララは顔を赤らめながら慌てて両手で口を塞いだ。
彼女を弄るのは面白いが、可哀相なのでこれぐらいにしたほうがよさそうだ。
ウルのほうはごくごく真面目だったかもしれないが。
「えっと、お二人はこれから一緒に塔を昇られるのですか?」
「そのつもりなんだが、その前に武器をもらいにいこうと思ってさ」
「あっ」
武器という単語でウルは事情を察したのか。
初日に案内を途中で切り上げたことを思い出したらしい。
「あのときはごめんなさい。武器の説明も交換屋でするつもりだったのです」
「ま、お偉いさんからお呼びがかかったんじゃ仕方ない」
「ありがとうございます。あ、あのっ、もし良かったらウルも同行していいですか? 罪滅ぼしというわけではないのですが、ガイドをさせて欲しいなと」
ぐいと顔を近づけて、必死に懇願してくる。
「なにか用事あったんじゃないのか?」
「急ぎではないので大丈夫ですっ」
「俺のほうは構わないが……クララ、いいか?」
「うん。むしろミルマにいてもらったほうが助かるかも」
「ってことだ」
同行の許可が出た途端、ウルが弾けるような笑みを浮かべた。
「ありがとうございます! ではこの不肖ウルっ、案内人としてアッシュさんをしっかりサポートさせていただきますっ!!」
◆◆◆◆◆
「本当にここで間違いないのか?」
交換屋として案内された建物に入るなり、アッシュは思わず片頬を引きつらせた。
壁際に飾られた装備が見るからに傷んだものばかりだったのだ。
これでは10階の主を倒すどころか毛すら切り落とせない。
「うん、間違いないよ。廃品置き場じゃないからね」
そう答えながら、クララも続いて店内に入ってきた。
どうやら冗談で案内されたわけではないらしい。
「こんにちは~」
先に入ったウルが奥の勘定台に向かっていた。
そこに立っていたのは髪の長いミルマだ。
ほかのミルマとは違い、やたらと装飾品を身につけている。
「あら、ウルじゃない。どうしたの?」
「新人さんのガイドをしにきたんです」
ウルに促される形で、ミルマの視線がこちらに向いた。
アッシュはミルマのそばへと寄り、握手を交わす。
「アッシュだ。よろしく」
「わたしはオルジェ、よろしくね」
しぐさや挙動のせいか、纏う空気が妙に艶かしい。
ふっくらとした唇を舐めながら、オルジェが狩りでもするかのような目を向けてくる。
「……へぇ、結構若いのね」
「あ、ダメですよ!」
ウルが慌てて間に割って入ってくると、両手を大きく広げた。
オルジェが目をぱちくりとさせる。
「まだなにもしてないじゃない」
「この前、挑戦者に手を出しすぎてベヌス様に怒られたのはどこの誰ですか?」
「あれは店のほうをサボってたから怒られたの。手を出したのが理由じゃないわ」
「どっちにしろダメじゃないですかっ」
怒られてもオルジェは気にする様子もなく自身の髪を指で弄っている。
そんな彼女の態度にウルも慣れているのか、「もうっ」と息を吐いてすぐに気持ちを切り替えていた。
「アッシュさん、交換石を出してもらえますか?」
言われたとおりにポーチから取り出してみせる。
「もう3つも取れたんですね。すごいです」
「そんなに出にくいのか?」
「基本的に交換石はジュリーと違って出にくくなっていますから」
「あたしなんて初日は1つしか取れなかったよ。まあアッシュくんの場合、狩ってる数が異常なんだけど……」
褒めているのか呆れているのか、クララから複雑な表情を向けられた。
たしかにかなりの数の魔物を狩ったとは思うが、2人の反応を見る限り単純に運が良かっただけなのだろう。
アッシュはオルジェに交換石を手渡す。
「ま、新人だし1等級よね」
「それって裏に刻んである数字のことだよな。どういう意味があるんだ?」
ウルが答えてくれる。
「交換石には入手した階層によって等級がつけられているのです。1から10階は<1等級>、11~20階は<2等級>といったように」
「てことは100階までだから、10等級が最高ってことか」
「その通りですっ」
数字の意味がわかってすっきりした。
だが、気になることはほかにもある。
「やっぱり等級が上がれば上がるほど装備の質は上がるのか?」
「はい。それに特殊な効果を持った装備も出るようになりますよ。防具の話になりますけど、いまの上位陣なら7等級のフェアリーシリーズが有名どころですね。セットで揃えれば俊敏性の向上だけでなく、魔法攻撃による損傷を軽減してくれるんです」
フェアリーシリーズと聞いて、ラピスの衣装が真っ先に浮かんだ。
見るからに妖精のようだったし、きっとあの装備で間違いないだろう。
「あと強化石を埋め込める数も等級に応じて増えます」
「強化石?」
「細長い宝石なんですけど。これぐらいの」
ウルが人差し指と親指で大きさを示してくれる。
「それって、もしかしてこれのことか?」
ポーチを漁り、残った宝石を取り出した。
掌に載せて見せると、顔を近づけたクララがぽかんとしていた。
「……アッシュくんて豪運の持ち主だね。低層じゃほとんど出ないのに」
「ゴブリンがぽろっと落としたんだ」
「これを売ると5千ジュリーになるんだよ。1ヶ月は暮らせるかな」
すぐさま生活費に換算する辺り、よほど逼迫しているのだろうか。
ウルがピンと人差し指をたてて説明を続ける。
「強化石は武器に埋め込むことで、赤であれば火、青であれば水、緑であれば風や土といったように色に応じた属性を付与することができます」
「ってことは俺のは赤色だから火属性を付与できるのか」
「はい。埋め込んだ数に応じてその効果は増し、5つ以上埋め込むと斬撃を飛ばすこともできるようになります」
等級が上がるにつれ強化石を埋め込める数も増えるという。
そして現在の最高到達階は79階。
おそらく上位陣は5つ以上つけるのが当たり前となっているに違いない。
「ほかにも毒や麻痺、出血、反射。それに軽量化や強度増加など色んな強化石があるので、もし入手したら試してみてください」
聞いただけでも有用な強化石ばかりだ。
今後が楽しみになってきた。
「あたしならすぐ売るけどね」
とクララが一言。
どうやら彼女の財政逼迫説は当たりらしい。
「それじゃ新人くん、交換石を1つ手に持ってくれる?」
オルジェに催促され、アッシュは交換石を掌に乗せる。
「こうか?」
「うん、あとは軽く握って。そう、そのままを維持してね」
言って、オルジェは勘定台の裏でなにかを漁りはじめた。
「交換石には等級に合わせた特殊な魔力が宿っていて、神アイティエルの加護を受けた杖をかざすことにより所持者が希望する装備に具現化できるの」
言い終えたオルジェが白い杖を掲げた。
彼女の身長と同程度の長さだ。
先には丸くて透明な水晶がついている。
「もし武器をイメージできないようなら言ってちょうだい。資料は沢山あるから」
そこかしこに置かれた装備品は心象を鮮明にするためのものだったらしい。
ただ、もう少し見た目に気をつけたほうがいいのではというのが素直な感想だ。
「とりあえずイメージについては問題ない。このまま続けてくれ」
「りょーかい。じゃ、頭で思い浮かべておいてね」
杖の先端――水晶が交換石を持った手に軽く当てられる。
まずは使い慣れたスティレットにしようと思っていた。
頭の中で描き続けていると、交換石がほのかな光を放ちはじめた。
指を押しのけるような感覚に見舞われる。
手から燐光が漏れ、刃を形作っていく。
やがて光が止んだとき、アッシュは心象どおりのスティレットを握っていた。
色は鋼と同じだが、以前使っていたものよりわずかに軽い。
おそらく材質が違うのだろう。
オルジェが杖を下げながら、感心したような声を漏らす。
「へぇ。なかなか良い趣味してるじゃない」
「これが使い慣れてるんだ」
「あと2つはどうするの?」
「1つはソードブレイカーにするつもりなんだが、もう1つはどうするか……」
アッシュは悩みながら鞘にスティレットを収めた。
「置いておくという手もありますよ。交換にもお金はかかりますから」
ウルに言われて支払いのことを思い出した。
恐る恐るオルジェに訊いてみる。
「あ~……ちなみにどれくらいかかるんだ?」
「1等級は1回100ジュリーよ」
「結構するんだな」
「ま、初回は無料だから安心して」
ウルがついていたので心配はしていなかったが、まさか無料とは。
やはり塔攻略には、ジュラル島製の武器が必須だったようだ。
「よし、決めた。オルジェ、次のも頼む」
「はいは~い」
ソードブレイカーは後回しにして、今回は鞭を生成するつもりだった。
手に持った交換石にオルジェの杖がかざされる。
短めのグリップに長めのボディ。
テールには錘がないものを思い描くと、問題なく生成することができた。
「む、鞭ですか……」
「また変わったものを選んだね……」
ウルとクララが同様に目を瞬かせていた。
「遠距離の敵を牽制したいって思ったことが何度もあってな」
「でも、だからってそんな珍しい武器……使えるの?」
不安な顔をされたので試しに虚空に向かって繰り出してみせた。
たわんだボディが素早く引いた手に合わせて伸び、パシンッと音を響かせる。
クララの顔が先ほどとは打って変わって引き締まった。
「すごっ」
「自慢じゃないが、武器はひと通り扱える。どっちの手でもな」
「器用にも程があるよ……」
もちろん極めたとは言えないが、実戦では問題なく使えるレベルだ。
強い拘りもないので今後必要とあらば武器を替えることはあるかもしれない。
その後、アッシュはソードブレイカーの生成も終わらせ、交換屋をあとにした。
通りに出るなり、ウルが訊いてくる。
「強化石のほうはどうしますか? 埋め込むなら鍛冶屋も案内しますけど」
「今日はここまでにしとくかな。これから塔に昇ろうと思ってるしさ」
「わかりました。では、ウルはここまでですね」
「付き合ってくれてありがとな」
「いえいえ、お役に立ててなによりです。……アッシュさん、アッシュさん」
ウルが尻尾を振りながら両手を胸の高さで構えた。
おそらくミルマ特有の別れの挨拶をしたいのだろう。
こちらが手を合わせると、ウルは嬉しそうに握ってきた。
だがクララに見られていることを思い出したか、弾かれるようにして離れた。
どうやら恥ずかしいことをしている自覚はあるらしい。
「で、ではでは、お二人ともまたです!」
そう言い残してウルは走り出した。
かと思うや、少し離れてから後ろ歩きで手を振りはじめた。
なんとも危なっかしい。
「おい、また転ぶぞー! って、転んだ」
幸い大した怪我はなかったらしい。
ウルはすぐに立ち上がると、照れ笑いを浮かべながら走り去っていった。
クララから怪訝な目を向けられる。
「ね、なんであんなに懐かれてるの?」
「俺にも謎だ」
以前、「お調子者のウルに付き合ってくれたから」なんてことを言っていたから単純に気が合っただけかもしれない。実際のところは本人に訊いてみないとわからないが。
「それよりちょっと訊きたいんだが、赤の10階の主と戦ったことあるんだよな?
「う、うん……一応、ダリオンたちと」
「あいつさ、仲間呼ぶだろ。あれって最初だけか?」
「ううん、ある程度まで疲労や損傷したらまた呼ぶよ」
「やっぱりか」
「あたしは2回呼ぶところまで見たことあるけど、もしかしたら3回目もあるかも」
主が遠吠えで呼ぶダイアウルフの数は10。
それが最低でも2回となると馬鹿にできない数だ。
速やかにダイアウルフを排除しなければ主に攻撃する余裕はないだろう。
とはいえ、クララは治癒が役割のヒーラーだ。
「……殲滅力が足りないな」
「それなら青の塔で属性石集めするのがいいかも。基本的に上位の人たちも攻略したい塔の属性に有利な塔で装備を集めてるし。ただ……」
クララが難しい顔で話を続ける。
「交換屋でも話してたけど出るとは限らないからね。低層だとすごく確率低いから」
「ま、1回出たんだし、また出るだろ」
「アッシュくんが言うと、ほんとに出そうな気がするよ……」
昔から運はあるほうだ。
もしかしたらポロっと1体目で出るかもしれない。
「そんじゃ、今日は青の塔でひたすら狩るとするか……!」
「お、おーっ!」





