◆第十四話『モルバ長男・後編』
液体は床のわずかな溝を伝って広間の最奥に集まり、隆起。スライムのようにうねりながら人型を形成しはじめる。
「ちぃっ」
アッシュはとっさに斬撃を放つが、呑み込まれただけでその動きを妨げることはできなかった。うねった紫の液体はやがてモルバ長男の形を完璧に真似ると、色すらも元に戻した。
動き出したソレはにんまりと笑う。
認めたくはないが、モルバ長男が復活した。
「えぇ、あたしもフレイムバースト撃っとけばよかった!」
クララが後悔するように叫んだ。
そもそも敵の復活方法を見る限り、なにをしても無駄だったように思う。
復活したモルバが雄叫びをあげた。
直後、広間の左右に8本ずつ配置された円筒型容器のうち、手前の4本ずつが破砕音を鳴らして割れた。合計8体の覚醒したゲイザーたちが中から出てくると、近場のクララとルナへと石化光線を放ちはじめる。
「うわぁっ」
「くっ、ここじゃ近すぎるっ!」
彼女たちは逃げながら応戦しているが、明らかに分が悪い。
「クララ! ルナ! くそッ」
アッシュはモルバ長男に斬撃を放って牽制しつつ、後衛組の救出に向かう。その間にルナが1体を倒していたが、残りはまだ7体もいる。だが、ゲイザーたちの注意は完全にクララたちに向いているため、こちらに無防備な姿をさらしていた。
後衛2人に当たらないように4発の斬撃を放ち、2体を撃破。さらに飛びかかりざまに1体。着地後にもう2体を連続で排除し、残り2体まで減らした。
どちらもクララを追いかけ回している。揃って石化光線を放って、クララは偶然にも前のめりにこけたことで回避した。その間にルナが1体を、アッシュは残ったもう1体を処理した。
クララが赤く染まった鼻を押さえながら、涙目で立ち上がる。
「うぅ……」
「石化しなかっただけよかったろ」
またも破砕音が鳴り響いた。
残った8本の円筒型容器が割れ、中からゲイザーが出てくる。
アッシュは仲間とともに身構えるが、ゲイザーたちはモルバ長男のところへ向かっていく。そしてなにを思ったか、モルバ長男に石化光線を照射しはじめた。
「え、えっ? どういうこと……!?」
「仲間割れ……?」
敵の予想外の行動に混乱するクララとルナ。
仲間割れにしてはモルバ長男は両手を広げて石化光線を受け入れている。その足から頭部へとみるみるうちに灰色に染まっていく。
「急いでゲイザーをやれ!」
アッシュはいやな予感がして、前へと走りながらそう指示を出していた。
ルナが次々に矢を放ちはじめる。クララも緊急と悟ったか、《フレイムバースト》を撃ち込んだ。轟音が鳴り響き、モルバ長男を中心に激しい熱風が吹き荒れる。煙が晴れたとき、ゲイザーの残りは1体となっていた。
アッシュは白の斬撃を放って、最後のゲイザーを排除。勢いのままモルバ長男へと襲いかかる。全身がすでに石化したモルバ長男。その額にスティレットの先端を押し当てるが、ガンっと音を鳴らしただけで刺さることはなかった。
いくらレリックでもさすがに石化状態のものは貫けないらしい。
ニィと勝ち誇ったように敵が笑みを作った。
石化状態では基本的に動けないはずだ。
にも関わらず顔を動かせた。つまり――。
敵がこちらの腹めがけて拳を突き出してきた。
凄まじく速い。
先ほどまでの鈍重な動きとは別物だ。
アッシュはとっさにソードブレイカーを割りこませる。が、少なくない衝撃が抜け、後方へと勢いよく突き飛ばされた。転がったのちにすぐさま体勢を立て直すが、まだ腹に痛みは残っている。
「アッシュくんっ」
「悪いっ」
クララがヒールをかけてくれたおかげで痛みはすぐに引いた。
その間にルナが牽制とばかりに矢を放ちつづける。だが、どれも敵に刺さることなく、虚しい音をたてて床に落ちていく。
「やっぱりだめかっ」
「魔法も効かないんだけどっ」
クララも《フロストレイ》、《フレイムバースト》を放つが、どちらもかすり傷すら与えられなかった。
敵は爆炎の中を堂々とした足取りで抜け、ゆっくりと向かってくる。
「石化しながら動くなんて反則だよ……っ!」
反則でもなんでも相手をするしかない。
アッシュは敵との距離を一気に詰め、接近戦を挑んだ。スティレットを主軸にソードブレイカーで隙を埋めつつ連撃。攻撃をあてるたびにガリッと音が鳴る。
「やっぱこれでも無理かっ」
敵は勝ち誇ったように笑みながら、薙ぐように右拳を振るってくる。アッシュはとっさに屈んで回避すると、追い討ちとばかりに敵が左拳を突き下ろしてきた。たまらず大きく後方へ退く。
距離があいた途端、敵の目が赤く光った。
アッシュはほぼ無意識に回避行動をとっていた。
敵の目から赤い光線が放たれる。
それは広間の手前まで伸び、命中したルナの右腕を石化させた。
ゲイザーの放つ石化光線とまったく同じだ。
しかもモルバ長男のほうが射程が長い。
「ほんとなんでもありだなっ! ルナ、余りはあるか!?」
「あたしが持ってるから大丈夫っ」
クララがルナの腕に《妖精の涙》をかけて石化を解除する。
まさか石化光線まで放ってくるとは。
持ってきた《妖精の涙》にも限りはある。
いつまでも戦い続けられるわけではない。
早めに対処法を考えなければ――。
頭の中で状況を整理していると、ふとあることに気づいた。《妖精の涙》を使えば敵の石化も解けるのではないか、と。
アッシュは思いつくなり、《妖精の涙》をポーチから取り出して敵の顔面に投げつける。と、敵が慌てて左腕で顔を守った。
小瓶が敵の腕に当たり、パリンと音をたてて割れる。中から飛び出す虹色の液体。かかった箇所の石化が解け、元の黒ローブがあらわになった。
アッシュは瞬時に石化が解けた敵の腕へとスティレットを刺し込んだ。敵がもがき苦しむように呻く。どうやら本当に石化が解けたらしい。
アッシュはポーチを漁るが、もう残りがなかった。
後衛組に向かって叫ぶ。
「2人ともまだ《妖精の涙》は余ってるよな!? 敵にかけてくれ!」
「ルナさんあたしの分もお願いっ!」
クララがルナに《妖精の涙》を手渡している間、アッシュは敵の側面に回り込んだ。無敵状態が崩れたことによる焦りか、敵が乱雑な攻撃を繰り出してくる。それらを避けつつ、石化の解けた腕を突くフリをして牽制する。
と、視界の左端に虹色の小瓶が映り込んだ。ルナが投げた《妖精の涙》だ。アッシュは回避と牽制を織り交ぜながら敵を誘導。次々に投擲されてくる《妖精の涙》へと当てた。
灰色だった敵の体に色が戻っていく。6本目が当たったときには、灰色の箇所がほとんどなくなっていた。敵がみるからにうろたえはじめる。
「攻撃が徹るなら、もうこっちのもんだっ!」
アッシュは敵の両腕を切断後、さらに胸部を一刺し。仕上げに膝を裂いて機動力を削いだのち、飛び退いた。
「クララ!」
声をかけるだけで彼女も察したようだ。
間もなくして放たれた《フレイムバースト》が、足を止めた敵に直撃。腹に響くほどの轟音とともに爆炎をあげた。赤々とした炎が収縮し、残ったかすかな煙が薄れていく。
視界が晴れたとき、そこには焼け焦げたような肉片が残っていた。おそらくモルバ長男だったものだろう。
再生を警戒していたが、さすがに三度目はなかったらしい。すべての肉片が灰と化し、天に昇るように消えていった。
「なんつーか面倒な奴だったな……」
「対処法さえわかればって相手だったね。おつかれ」
「おう、そっちもな」
アッシュはルナと労い合っていると、クララの低い悲鳴が聞こえてきた。
「えぇ、2000ジュリーしかないじゃん……《妖精の涙》1本500ジュリーもするのに、これじゃ赤字だよ……」
討伐が面倒なだけでなく、多くのジュリーが必要になるのだ。これでは挑戦者たちに放置されるのも無理はない。
「なにはともあれ、これで三兄弟の討伐完了だな」
「あとは白の塔にあるっていう門に行くだけだね」
黄金都市に繋がる門は白の塔52階にあるという。
多くの挑戦者が挑んだにも関わらず、クデロのチームを除いてついぞ誰も辿りつけなかった黄金都市。三兄弟を倒しただけで条件を満たせているかはわからないが、ひとまず向かってみることにした。





