◆第十二話『黒の塔56階』
6等級の装備を手に入れたこともあって攻略は順調に進んだ。
赤の塔50階の主ガルーダへの再挑戦に勝利。その後は54階まで昇り、モルバ兄弟の三男との戦いへ。炎の大剣を振るうなかなか豪快な戦士だったが、次男ほど苦戦することなく討伐に成功した。
それから7日間。
黒の塔を1日1階ずつ昇り、ついにモルバ三兄弟の長男が待つ56階へと辿りついた。
「くそっ、どこからともなく湧きやがってッ!」
先が暗く、まるで終わりの見えない瀟洒な幅広廊下。浮遊する巨大な眼球型魔物――ゲイザーが左右の壁から1体ずつ飛び出てきた。その瞳が怪しく煌くや、赤い光線が放たれる。
石化効果を持つ攻撃だ。
絶対に当たるわけにはいかない。
アッシュは前方に転がるようにして全力で回避。即座に立ち上がり、右方のゲイザーに飛びかかる。迎撃せんと触手が伸びてくるが、それよりも早くに肉迫。勢いのままスティレットをぶっ刺した。
一気にその白目が赤く染まる。アッシュは敵の消滅を見届けることなく、振り返りざまに左方のゲイザーに白の属性攻撃――斬撃を放った。
こちらの攻撃を予想していたのか。敵は触手で壁を叩いて体を弾き、回避する。流れるように瞳を光らせるが、しかし光線が撃たれることはなかった。その側面にルナの放った矢が突き刺さったのだ。
奇声をあげながら目を閉じた敵に、ルナがさらに3本の矢を見舞う。ついに敵は力なく床に落ちると、わずかに転がったのちに消滅した。
「うわぁっ」
クララの悲鳴が後方から聞こえてくる。
振り返った先、1体のゲイザーが彼女のそばに湧いていた。敵の瞳から放たれた石化光線を彼女は不恰好に前へと飛び込んでなんとか回避。慌てふためきながらも必死に右手を突き出す。
《ウインドアロー》、続けて《フロストレイ》を放つが、敵に堪えた様子はない。《フレイムバースト》ならあるいは仕留められるかもしれないが、あまりに距離が近いために放てないのだろう。
近くに立っていたルナも迎撃しようと弓を構える。が、阻むようにそばの壁からぬっと2体の人型魔物が出てきた。55階から出現しはじめた魔物――レヴナントだ。
背丈は成人男性とほぼ同じで肌は腐ったような青紫色。雰囲気こそゾンビと似ているが、その足取りは軽く、また背筋もピンと伸びている。
ルナは即座に後退するが、レヴナントにすぐさま接近されてしまう。奴らの特徴はその知能の高さ。相手が弓の使い手であることをわかったうえで距離を詰めているのだ。
2体のレヴナントは腰に提げた鞘から剣を抜き、ルナに襲いかかる。見事な連携攻撃をしかけられ、ルナは思いどおりに矢を射られないようだ。
アッシュは後衛2人の救出に向かわんと、全力で駆ける。
その間にクララが左足に石化光線を受けてしまっていた。逃げようともがくが、床とくっつく形で及んだ石化のせいで動けないらしい。
ゲイザーの触手がクララに向かって伸ばされる。
クララが涙目になりながら杖を振り回す中、アッシュはスティレットを振って斬撃を飛ばした。すでに体力を削られていたからか、ゲイザーはその一撃で床に転がり、消滅する。
アッシュはすぐさまポーチを漁り、人差し指ほどの小瓶を取り出した。中には虹色に輝く液体が入っている。石化を解除できる道具――《妖精の涙》だ。
クララの足に小瓶を投げつけると、命中と同時にパリンと音をたてて割れた。小瓶から飛びだした液体が足にかかり、石化した部分がみるみるうちに色を取り戻す。
「あ、ありがとっ」
「奴らにゴーストハンド!」
アッシュは端的に指示を出したのち、ルナとレヴナント2体の間へと強引に割って入った。敵から繰り出された連撃を2本の短剣で弾き返したのち、攻勢に転じる。
敵がたまらず後退するが、クララの《ゴーストハンド》によってその動きを鈍らせた。アッシュは若干の戸惑いを見せた片方の敵に接近する。慌てて剣先を向けてくるが、そんな乱れた攻撃は脅威ではない。
剣の腹にソードブレイカーの厚い刃を打ちつけ、弾く。がら空きになった胸部へとスティレットを突き刺した。後ろに倒れる前に首も飛ばして確実に屠る。
もう1体にも飛びかかろうとするが、その必要はなかった。頭から股間まで縦に5本の矢が刺さっている。ルナが弓を下げたと同時、敵は崩れ落ちて消滅する。
「アッシュ、少し先に安全地帯がある!」
ルナが体を開きながら奥に視線を向ける。
相変わらず廊下の先は不自然に黒くかすんではっきりとは見えない。だが、三本の蝋燭が刺さった燭台だけはその炎のおかげでうっすらと確認できた。あの燭台が置かれた場所は敵が湧かない安全地帯だ。
「クララ、急げ! 敵が湧いてないうちに行くぞ!」
なにやら呑気にかがんでいたのでそう急かすと、クララは慌てて立ち上がった。
「あ、待って! 置いてかないでっ」
◆◆◆◆◆
安全地帯までなんとか辿りついた。
廊下はまだ続いているが、ひとまずここで休憩だ。
「見てみて、さっきのゲイザーが防具の交換石だしてたのっ!」
クララが目を輝かせながら手に持った交換石を見せつけてきた。先ほどかがんでいたのはどうやらそれを拾っていたからだったようだ。それにしても――。
「しかも胴か。これはでかいな」
4部位――胴、腕、脚、足の中で胴は出にくい。
おかげで委託販売所でも高値がつけられている。
「クエストでひとり1つ好きな部位の交換石をもらえるから、実質あと2つだね」
「でもゲイザー500体討伐でしょ。まだまだだよね」
ルナの言葉にクララが難しい顔をする。
今回、黒の塔を昇るついでにクエストを受けていた。
内容はクララが口にしたとおりでゲイザーの500体討伐だ。
報酬は受注者1人ずつに6等級の防具交換石1つと5000ジュリー。ジュリーは少な目だが、1部位3、4万ジュリーもする6等級の防具交換石をもらえるのでかなり得だ。
アッシュは自身の左手の甲をかざした。すでに数字は消えてしまったが、先ほど倒したゲイザーの数はしっかりとカウントされていた。
「つってももう半分近く倒してるみたいだけどな」
「すぐってわけにはいかないけど、進んでるうちに達成できそうだね」
そう言ったルナがいきなり目をぱちくとした。
彼女の視線はこちらの頭上に向けられている。
「ねえ、2人とも。後ろの絵画を見てみて」
アッシュはクララと揃って振り返る。
見上げた先、1枚の絵画が飾られていた。
少し距離をとらないと視界に収まりきらないほど大きい。
「ひっ」
クララが短いを悲鳴を漏らす。
無理もない。絵画には白髪白髭の老紳士が描かれているのだが、眼球が2つともなかったのだ。まるでくり抜かれたかのようだ。
「クデロが言ってた絵画だな」
――眼球のない老紳士が描かれた絵画の先。
モルバ三兄弟の長男がいる場所として、クデロが教えてくれた情報だ。
うーんと唸りながら、ルナが顎に指を当てる。
「でも、絵画の先って言ってたけど……この先って普通の道しかないよね」
「詳しく聞けばよかったな」
「前のスライムのときみたいに透けたりして」
言いながらクララが絵画に手を伸ばすと、その指先がすっと入り込んでしまう。
彼女は無言で驚愕した顔を向けてきたかと思うや、ぴょんと絵画の中に入った。絵画から顔だけを出してくる。
「透けたっ!」





