◆第七話『マキナチャレンジ』
交換屋で6等級の武器を入手後、属性石を装着するために鍛冶屋前へとやってきた。
どうやら先客がいるようで中から話し声が聞こえてくる。
覚えのある声だと思っていたが、中に入ってみたところ予想通りだった。
「よっ」
「アシュたんたちじゃんー」
振り向いたマキナが人懐っこい笑みを向けてくる。両脇には彼女のチームメンバー、レインとザーラもいた。彼女たちとも軽い挨拶を交わしたあと、アッシュは視線を軽く巡らせる。
「……ユインは?」
「ユインちゃんはいまオーバーエンチャントに挑戦中~」
マキナたちが左右に分かれると、ユインの背中が見えた。
彼女はカウンターに身を乗り出し、奥を凝視している。
こちらに気づかないほど集中しているようだ。
作業場では、ミルマが窯と対峙していた。
通常の装着で使われる窯よりもひと回り大きく、管も上部から幾つも伸びている。漏れ出る煙も通常より多いようで大量の煙が換気口へと吸い込まれていく。
クララがマキナに質問する。
「幾つに挑戦してるの?」
「5等級の武器で青の属性石7個目だよ」
「な、7個って……」
クララが唖然としていた。
大方、かかる費用を大雑把に計算して戦慄したに違いない。
ガンッと音がした。ミルマが窯に取りつけられたレバーを引き上げたのだ。戸をあけて、中からユインの得物であるクローを取り出すと、満足そうに頷く。
「成功だよ」
ミルマからユインにクローが手渡される。
マキナが駆け出し、がしっとユインに抱きつく。
「やったじゃんー! おめでとー!」
「よかったです……」
ユインはほっとしていた。
よほど嬉しかったのだろう。
いつもは鬱陶しそうに追い払うマキナもそのままだ。
そんな光景を目にして、アッシュは自分のことのように嬉しくなった。過去にチームを組んだこともあってユインには仲間意識を持っているからかもしれない。
ユインがこちらに気づいた瞬間、目をぱちくりとさせる。
「アッシュさんたちもいたんですね」
「ちょうどさっき来たところだ。それより、成功してよかったな」
「はい。でも、実はまだ失敗したことないので」
出逢った当初、ユインは3等級の武器防具にも2つずつオーバーエンチャントを成功させていた。5つまでは成功しやすいらしいが、それにしたっていまだ失敗がないとは……よほど運がいいのだろう。
「よぉーっし、ユインちゃんにあやかってわたしも挑戦しちゃうぞー!」
マキナが意気盛んに声をあげたところ、すかさず保護者――もといレインとザーラが呆れた声をあげる。
「ユインちゃんが成功しなくてもどうせやるつもりだったでしょう」
「マキナ、オーバーエンチャントが癖になってるもんな」
「い、いいじゃん。こういうのはノリで乗ってかないと成功しないんだから」
勢いをそがれたマキナは恥ずかしそうにカウンターに向かった。鞘から抜いた正統的な長剣とともに青の属性石を1つミルマに差し出す。
長剣の柄にはすでに6個の青属性石が埋め込まれていた。どうやらユインと同じく7個目に挑戦するようだ。
「5等級は1回500ジュリーだけど、オーバーエンチャントだから倍額の1000ジュリーね」
「もってけどろぼー!」
マキナは1つ1000ジュリーの銀色宝石で支払う。
「たしかに。じゃあ、少し時間かかるから待っててね」
ミルマは奥の作業代に長剣を置いた。
その後、柄に指輪のようなリングを置き、属性石を乗せて固定。赤い粉をたっぷりとまぶした。リングの固定を除けば通常の装着とそう変わらない。あとは長剣を大きなほうの窯に入れ、待つだけとなった。
さすがのマキナも緊張しているのか、待機中は無言だった。おかげでこちらまで緊張してしまう。
しばらくして管から漏れていた煙が止み、レバーが引き上げられた。窯から取り出された長剣を見て、ミルマが硬直する。――成功か失敗か。
「……残念だけど」
そうミルマが口にしたと同時、すでに埋め込まれていた属性石もろとも、新たな属性石がぴしっと音をたてて砕けた。
「そ、そんな……っ」
マキナが崩れ落ちた。
ユインを含め、レインとザーラも痛ましげに顔を歪める。
実際に失敗例を目の当たりにすると同じ挑戦者としてはくるものがある。なんとも言えない空気が鍛冶屋に満ちる。
「属性石7個って、いまの相場だと装着費用もあわせて約4万5千ジュリーぐらいだよね。きついなぁ……」
ルナが口にした額を聞いて、クララが青ざめていた。
懸命に貯めたジュリーが一瞬にして吹っ飛ぶ。
その瞬間を想像しただけでも恐怖だ。
「まあ、なんだ。こういうときもあるさ」
アッシュはマキナの肩にぽんと手を置いて、励ましの言葉を送った。それが彼女の心をせき止めていたものを破壊してしまったようだ。
マキナが豪快に泣きながら、腹に突撃をかましてきた。いきなりのことにアッシュは思わず後ろに倒れ込んでしまう。
「なぐざめでぇ~~~~っ」
「わかったっ、わかったからくっつくな! 鼻水つくだろ!」
「うわぁ~~~~んっ」
注意したところでやめる気はないようで大量の涙とともに鼻水が防具につけられた。これでは《ブラッディ》の名も形無しだ。これがむさい男だったら殴ってでもはがしているところだ。
アッシュはいまだ大泣きするマキナに抱きつかれながら後ろを見やる。彼女のチームメンバーが困りつつもわが子を見守るような温かな笑みを浮かべていた。
「うちのマキナが悪いなー」
「ごめんなさいね、アッシュくん」
「ということで、よろしくお願いします」
ザーラ、レインの謝罪後、ユインがぺこりと頭を下げる。
そばでは仕方ないね、とばかりにクララとルナが苦笑していた。どうやら今夜はマキナの励まし会になりそうだ。
◆◆◆◆◆
「ははっ、それでマキナの自棄酒に付き合わされたわけかい」
対面に座るヴァネッサが愉快だとばかりに笑い声をあげた。
アッシュは仲間とともにソレイユが縄張りとする酒場に来ていた。もちろんクララとルナも一緒だ。ただ、彼女たちは少し離れた席に避難している。
原因はいまもぐびぐびとエールを飲むマキナだ。
「笑い事じゃないですよぉ、マスタぁー!」
彼女は舌足らずな声をあげながらカップをどんと机に置く。
ヴァネッサが来たのはついさっきだが、それまでにマキナは大量に酒を流し込んでいる。顔は真っ赤だし、目も蕩けている。正直、面倒なのでいますぐにでも席を立ちたいのだが、全力でしがみついてくるので離れられなかった。
ヴァネッサは勝ち誇ったように言う。
「あたしなんて9ハメ50回以上は失敗してるからね」
「ご、ごじゅっかい……」
マキナが圧倒されて唖然とする中、アッシュはエールを軽く喉に流す。
「そんぐらいになると、たしかに1回の失敗程度じゃなんとも思わなさそうだな」
「正直、もっとがっつりやりたいけどね」
「あんまやりすぎるとさすがに相場が荒れるか」
「そういうことさ」
とはいえヴァネッサだけでは相場は安定しない。
おそらくほかの上位陣も暗黙で価格の高騰を抑えているのだろう。
「そうだよね……1回失敗したぐらいでへこんでたらダメだよね……アシュたん、ごめんねぇ。こんなわたしに付き合わせて……」
いきなりマキナが潤んだ目を向けてくる。
一転してしおらしい態度を見せられても、はっきり言って困惑しかない。
「情緒不安定か」
「お詫びにちゅーしたげるー。ん~っ」
唇を突き出しながら迫ってくるマキナ。
だが、ぴたりと動きが止まる。
いつの間にやらマキナは襟首をユインに掴まれていた。
「キス魔に変貌したので回収しますね」
「あ、ああ……」
ユインがマキナを引きずっていく。あの雑な扱い方で大丈夫なのだろうか。一瞬心配したが、いまだ唇を突き出したまま幸せそうな顔をするマキナを見て、あれが適切な対応だと思いなおした。
「悪いね。マキナに付き合わせて」
ヴァネッサが苦笑しながら言った。
「チームは違うが、もう仲間みたいなもんだしな。もちろんほかのソレイユの奴らもな」
「そんなことを言っときながら、うちに入る気がないんだからね」
「それはまたべつの話だからな」
アッシュは肩を竦めて躱した。勧誘に応じないことを話題に出されるのは、彼女と飲む際はもはや様式美だ。
「そういえば宿は見つかったのかい?」
「それなんだが……」
ログハウスに目をつけたが、ほかの者に先を越されてしまったこと。またその購入者から黄金都市が実在することを証明すれば、ログハウスを譲ってもらえるという約束をしたこと。それらについて順を追って説明した。
「相変わらず変なことに首突っ込んでるねぇ」
ヴァネッサが話を聞き終えるなり、呆れつつ笑みこぼした。
「今回ばかりは完全に釣られた格好だ」
「にしても黄金都市とは懐かしい話だね……」
「やっぱ知ってるのか?」
ヴァネッサは古参だ。
知っていてもおかしくはない。
「わたくしたちも当時は試しましたから」
そう言ったのはオルヴィだ。
彼女は先ほどまでマキナが座っていた場所――隣にしれっと座った。少し酒が入っているのか、頬がほんのりと赤い。両手に持ったカップには紫色の液体が入っている。おそらく果実酒のマスカだろう。
「結局見つからなかったけどね」
ヴァネッサがオルヴィに言葉にそう補足する。
「やっぱヴァネッサたちでも見つからなかったのか」
彼女たちほどの挑戦者が探して見つからなかったとなると、思っている以上に難しいかもしれない。
「その依頼者、クデロだろう?」
依頼者の名前は明かしていない。
アッシュは思わず目を瞬かせてしまう。
「知ってるのか?」
「というか、当時のことを知ってる奴なら誰でも知ってるさ」
「黄金都市を見た、唯一の挑戦者として有名だったのか」
「それもあるんだけどね……」
ヴァネッサが少し言いよどんだ。
オルヴィが代わりに話しはじめる。
「辿りつけば50万ジュリー以上を一気に稼げる。そんな夢の場所としてクデロのチームは多くの挑戦者に話して回ったのですが、結局誰一人として黄金都市に辿りつくことはできませんでした。それが理由で彼のチームは嘘つき者呼ばわり……迫害紛いのことをされたのです」
――嘘つき者呼ばわり。
たしか黄金都市の話を受ける際、クデロもそんなことを口にしていた。
ただ、それよりもひとつ気になったことがある。
「クデロのチームメンバーってまだ島にいるのか?」
「久しく見てないね。塔で死んだか島を出たか……黄金都市には《ルミノックス》の奴らがかなり入れ込んでたからね。そっちの線もありそうだ」
いまはジュラル島を追放されて存在しないギルド――《ルミノックス》。彼らなら腹いせに小金持ちになったクデロ一行を襲撃し、ジュリーを強奪していてもおかしくない。
「クデロの奴、やけに黄金都市に固執してると思ったが……そういうことか」
「おそらく仲間の無念を晴らそうとしてるんだろうね」
クデロの依頼は〝ただログハウスを得るための依頼〟として見ていた。だが、事情を深く知ってしまったいま、心情的にただの依頼として見るのは難しくなっていた。
そんな考えを見透かしたように、ヴァネッサが笑みを浮かべている。
「ま、もし黄金都市が見つからなかったときは言いな。力になるよ。最悪、あたしのところに住めばいい」
「マ、マスター!?」
がたっとオルヴィが勢いよく立ち上がる。
「抜け駆けッ――ではなくて、それはダメです! マスターの美しい姿の前では、いくらアッシュさんでも我慢できるはずがありません!」
「我慢ってなにをだい?」
「そ、それは……っ」
一気に勢いを失ったオルヴィをよそに、ヴァネッサが口の端を吊り上げる。なにやら両者の間で無言の火花が散りはじめているが……まったくもって意味のない争いだ。
「あー、言っとくがどっちにも厄介になる気はないからな」
「そんなっ」
オルヴィが愕然とする。
「安い宿なら問題なく払えるんだから当たり前だろ」
そんなことはわかっていたとばかりにヴァネッサは平然としていたが、逆にオルヴィは絶望していた。「アッシュさんとの同棲が……」とぼやきながら放心している。
アッシュはカップに残ったエールを飲み干したあと、立ち上がった。
「そろそろ出るか。クララも眠そうだしな」
先ほどから視界に何度も映っていたが、クララがうとうとしていた。隣に座るルナの肩に寄りかかってははっとしたように目を覚ましている。
「またいつでもきな。あんたたちならいつでも歓迎するよ」
「おう、近いうちにな」
アッシュはルナたちと合流し、ソレイユの酒場をあとにした。
◆◆◆◆◆
「気持ち良さそうに寝てるね」
「今日は色々連れ回したからな。明日の狩りは昼からにするか」
「そのほうがいいかも」
アッシュはクララを背負いながら、ルナと並んで夜道を歩いていた。
片足が地面を離れるたび、背中越しに控えめな胸が押し潰れる感触が伝わってくる。男なら欲情してもおかしくないところだが……クララ相手だからか、不思議とそういった気分にはならなかった。
「にしてもマキナにも困ったもんだな」
アッシュは自棄酒で泥酔したマキナを思い出しながら言った。
「あんだけへこむならやらなきゃいいのにって思うけど、そういうことじゃないんだよな、きっと」
「うん……たぶん、しないと攻略が難しいんだよ」
おそらくマキナは自分に限界を感じている。等級が上がるたびにオーバーエンチャントをするのも、それが理由だ。彼女の周囲――ユインやレイン、ザーラの空気からそんな風に感じた。根拠はないが、きっと間違いない。
ジュラル島の塔は、装備を強化することで本来の実力よりも上の階層に挑戦することができる。だが、装備の強化にも限界はある。早い段階から無茶な強化ありきで攻略しているようでは……おそらく100階に到達するのは難しいだろう。
だが、あくまで難しいだけだ。
絶対に不可能というわけではない。
幾多の戦いを経て成長することだってある。
友人として、マキナには諦めずに頑張って欲しいところだ。
ふと、ルナの顔が翳っているように見えた。
暗いからかと思ったが、そういうわけではないらしい。
「ルナ、大丈夫か?」
「ん?」
「いや、元気なさそうに見えたからさ」
「あ~……うん。ボクもクララと一緒で少し疲れたのかも」
言って、ルナはちらりとクララを見やる。
「ボクもおんぶしてもらおうかな」
「さすがに2人同時は無理だ」
「今日じゃなくていいよ。また今度」
「それじゃ意味ないだろ」
「ボクにとっては意味あるよ」
ルナは悪戯っ子のように笑みを浮かべる。
だが、どこか無理をしているように見えてならなかった。
「ありがとね。アッシュ」
彼女がなにか悩んでいるのは明らかだ。
ただ、踏み込まれることを望んでいない。
アッシュは「ああ」と返すことしかできなかった。





