◆第六話『交換屋で新装備』
黒の塔から帰還したあと、委託販売所を訪れていた。
解禁された6等級装備を得るため、真っ先に交換石の掲示板に向かう予定だったが――アッシュは気づけば属性石の掲示板前に立っていた。常日頃から属性石の相場を確認していたことで、しっかり癖として染みついてしまったのだ。
ついでとばかりに軽く確認すると、相場は約5800ジュリーとなっていた。島に来たばかりの頃、約5100ジュリーだったことを考えると、かなり跳ね上がっている。
原因は間違いなく祭り《海の秘宝》だろう。
価格が落ち着くまで属性石の購入は控えたほうがよさそうだ。
ほかの掲示板を横目で確認しつつ、当初の目的――交換石の掲示板前に移動した。先に立っていたルナが熱心に掲示板を見ている。その先には6等級の防具交換石がずらりと貼り出されている。
「6等級だと《インペリアル》シリーズか。付加効果は……」
「《レガリア》シリーズのほぼ下位互換だね。敵への損傷をわずかに増加だって」
とルナが答えてくれる。
レガリアシリーズは8等級の防具だ。
ソレイユのヴァネッサやアルビオンのニゲルが装備している。
「へぇ、火力が上がるのは嬉しいな」
なにしろ当たらないことが前提の戦闘スタイルだ。
単純に火力上昇に繋がる付加効果は助かる。
「でも、防具を全部買い揃えるのはさすがに勿体無い気もするよね。大体、1部位で3、4万ぐらいするし」
「……幾つか自力で出してから足りない部位を買いたいところだな」
とはいえ、5等級以下の装備より出品数は圧倒的に少ない。おそらく交換石の落ちる確率が大幅に下がっているのだろう。相場を下げないよう意図的に出品していない者も中にはいるだろうが、それにしてもやはり少なすぎる。
最悪、全購入することも覚悟して臨んだほうがいいかもしれない。
ふと掲示板の端を見つめるクララが目に入った。彼女の視線を辿った先にはローブの防具交換石が貼り出されている。
「6等級のローブは《アルコン》シリーズか」
「でも《アルカナ》シリーズ揃えちゃったから……」
「付加効果は魔力量の大幅増加か。これなら揃える必要ないな」
「そうなんだよね。ローブは等級上がるごとに魔法の耐性も大幅に上がるみたいだから損じゃないんだけど……」
クララは悩ましげに身に纏ったローブをつまむ。
「《アルコン》シリーズってあんまり可愛くないんだよね」
「たしか黒色の奴だったか。まあ、あれは大人っぽい感じだしな」
「そうそう。大人っぽくてあたしにはあんまり似合わないかな――って、それじゃまるであたしが子供だから似合わないみたいじゃんーっ!」
むーっ、と頬を膨らませるクララ。
誘導しておいてなんだが、子供っぽい自覚はあるようだ。
「ま、いまは無難に武器の交換石だけにするか」
そう決めて武器交換石の掲示板に来たのだが……。
その価格を前にして思わず顔をしかめてしまう。
「5万ジュリーか……やっぱ高いよな」
「長く使うと思えば悪くないんだけどね」
「ひとまず1つだけ買うか」
ちょうど最安値の5万800ジュリーが3枚並んでいた。アッシュは3枚をはがし、ルナに1枚。もう1枚をクララに渡そうとする。が、彼女はいつの間にやらべつの場所に立っていた。アッシュはルナとともにクララのもとへと向かう。
「ほら、腕輪用にいるだろ」
「あ、ありがと」
気のない返事で引換用紙を受け取ったあと、クララはまた視線を戻した。
「魔石か?」
「うん。6等級の魔法ってすごい威力が高いみたいだから、どれかひとつだけ先に欲しいなぁって」
6等級の主な攻撃魔法は3種。
赤の《フレイムバースト》。
青の《フロストバースト》。
緑の《ライトニングバースト》だ。
「《ライトニングバースト》はロウが使ってるの見たけど、かなり良さそうだったぜ」
シーサーペントに放たれた際の光景はいまでも忘れられない。もっとも、8等級の腕輪で最大限に強化したからこその威力だと思われるが、それでも将来性を考えれば悪くない選択肢だろう
「でも、赤に対して不利だよね」
「そりゃあな」
ルナが後ろから顔を覗かせてくる。
「赤と緑の50階突破を優先するなら、《フレイムバースト》と《フロストバースト》のどっちかだね。悩んでるなら先に攻略するほうにするといいかも?」
「どっちでもいいが……正直、ジンのほうが面倒だったし、あっちにクララの火力が欲しいところだな」
「じゃあ、《フレイムバースト》だね」
とルナが結論を出すと、「うん」とクララが気のない返事をした。
「どうしたんだ? 欲しいのがあるなら気にせず選んでいいんだぞ」
「そうじゃなくてね。腕輪用の武器交換石で5万でしょ。そこに20万ジュリーって……高すぎてすぐには無理かも」
どうやらジュリーがなくて悩んでいたらしい。
アッシュはガマルを取り出し、掌上で跳ねさせる。
「秘宝集めで稼いだ分があるから20万ジュリーぐらいなら出せるぞ」
「えぇ、悪いよっ」
「レリック使わせてもらってるしな。それにクララの火力が上がればチームにとってもプラスだし、なにも問題ないだろ」
「アッシュくん……」
クララは目を伏せてひとしきり唸ったあと、か細い声で言う。
「じゃ、じゃあお願いしちゃおうかな」
「おう」
アッシュは《フレイムバースト》の引換用紙をはがした。
ただ、クララは申し訳なさ一杯といった様子で完全に恐縮しきっていた。仲間だから本当に気にする必要はないのだが……。
そう思っていたところ、ルナが不敵な笑みを浮かべながらクララに近づいた。
「甘えた分、アッシュにお礼しないとね。たとえば……」
ごにょごにょとルナが耳打ちする。
と、クララの顔が一気に茹で上がる。
「ア、アッシュくんのえっちっ!」
「……なにを言われたんだ」
「そんなこと言えるわけないよっ!」
あまりに大きな声だったからか、周囲の挑戦者から注目されていた。夕方過ぎとあって挑戦者の数は多い。
ただでさえ〝好色家〟や〝ハーレム王〟などと謂れのない二つ名をつけられているというのに、こんな中で〝えっち〟呼ばわりは勘弁して欲しいところだ。
悪戯っ子のように笑うルナに向かって、アッシュはため息交じりに伝える。
「ルナも同じだからな。レリックの分、遠慮しないで言ってくれよ」
「ありがと。でも6等級の武器も手に入るし、いまはまだ大丈夫かな」
引換用紙をひらひらさせながら、ルナはにこっと笑う。
彼女が言う「いつか」がいつ訪れてもいいようにジュリーは温存しておこう、とアッシュは胸に刻んだ。
「支払い終えたら、このまま鍛冶屋に寄って属性石の付け替えも済ませちまうか」
「りょ~か~い」
返事をしたルナとは違い、クララはいまだ沸騰したまま「ア、アッシュくんのえっち……」と呟いていた。
本当になにを言われたのか。
あとでルナに問いただす必要がありそうだ。
そう思いながら、アッシュは受付へとその足を向けた。





