◆第二話『情報共有』
翌日の正午。
アッシュはクララ、ルナとともに噴水広場にやってきた。
噴水の縁に座って待つクデロを見つける。
意外と時間に律儀なこともだが、なによりその姿に驚かされた。
普段のトマトのように赤い顔はどこへやら。
別人のようにしゃきっとしていたのだ。
あとは無精ひげを剃り、いまの簡素な布着をどうにかすれば、どこかの貴族にいてもおかしくはない。それほどの威厳が滲み出ている。
「夜とは大違いだな」
アッシュは軽く手を挙げながら、そう声をかけた。
クデロは座ったまま、ゆったりと視線を向けてくる。
「ふんっ、あれは仮の姿よ」
「驚いたな。いまが仮じゃなかったのか」
「じょ、冗談を言うな。何度も言うが、あれは好きでやってるわけではないっ」
あまりこの話題を続けたくないのか、クデロはこほんと咳払いをした。窺うようでありながら、強い意思を宿した目を向けてくる。
「早速だが、返事を聞かせてもらおうか」
アッシュは仲間と顔を見合わせたのち、答える。
「受けさせてもらうぜ」
「そう言ってくれると信じておった」
「勝手に調べ上げておいてよく言うぜ」
どうやら取り繕う気すらないようで、クデロは口の端をにっと吊り上げた。
「その詫びも兼ねての報酬だ。悪くはないだろう? そっちのお嬢さんはジュリーに目がないようだしな」
「あ、あたしそんな意地汚くないよっ」
とっさに反論したクララとは相反して、アッシュはルナと一緒にこっそり頷いた。どうやらクララのこともしっかりと調査済みのようだ。
すっかりふて腐れてしまったクララを見ながら、ルナが苦笑する。
「まあ、ログハウスの代金を装備に回せるって考えたら大きいよね」
「ああ。問題は依頼を達成できるかどうかだが――」
アッシュはクデロに視線を向けて続ける。
「黄金都市の発生条件について、現状で掴めてる情報を聞かせてくれるか?」
クデロは「うむ」と鷹揚に頷いたのち、説明を始める。
「ある3体のレア種を狩ることだ。その名もモルバ三兄弟」
「初めて聞く名前だな」
「ここの塔にしかいない奴だろう。名前についてはミルマから得た情報だ」
魔物の名前については、出現した場所を詳細に伝えればミルマが教えてくれる。
「して、モルバ三兄弟の出現場所だが……三男は赤の54階――3つ並んだ大岩の中央の下に。次男は緑の51階――出口から3本目の樹の上に。長男は黒の56階――眼球のない老紳士が描かれた絵画の先にいる」
まだ到達したことのない階層とあって、どんな隠し通路なのかまったくイメージが湧かなかった。ただ、いまはそれよりも根本的な問題で気になることがある。
「そのモルバ三兄弟ってのを倒すことが条件だと確信する理由はあるのか?」
「あいつらは落とす戦利品がめっぽう悪くてな。ジュリー以外なにも落とさんのだ。そのせいで狩る挑戦者はほとんどいない」
「なるほどね。狩った者とそうでない者でわけたわけか」
そばでルナが納得したように言うと、続けて疑問を口にする。
「でも、戦利品が悪いってわかってたのにどうして狩ったのか。そこが疑問だね」
「ほかのレア種は良い物を落とすのに、そいつらだけ落とさない。ワシはそこになにかあると思ったのだ」
「そして実際にあった、と」
ルナの言葉にクデロが力強く頷く。
ふと、クララが「んぅ~っ?」と唸りながら首を大きく傾げていた。
「でも、そのモルバ三兄弟を狩ることが発生条件だとしても実際にそれを試した人がいたんだよね? それで出ないってことはその発生条件も間違ってるんじゃないの?」
クララの純粋な質問にクデロが狼狽する。
「ぐっ……だから、なにかほかにも発生条件があると考えたのだ。そして、それをおぬしらに突き止めてもらいたい」
クララの言うとおり、モルバ三兄弟の討伐が発生条件であるかどうかの確証はないが、クデロは確信している。現状では漠然とした情報しかないが、試してみるほかないだろう。
「ひとまずモルバ三兄弟を倒してみてからだな」
「とはいえ、ボクたちまだ5等級だからね」
ルナが指摘したとおり、モルバ三兄弟はどれも6等級の階層にいる。少なくとも該当する赤、緑、黒の50階を突破しなくてはならない。
アッシュはクデロに確認する。
「少し時間かかるが、構わないか?」
「もちろんだ。依頼をこなしてくれるのなら急かすつもりはない」
こちらのことは調べ上げたクデロのことだ。
50階を突破する時間も考慮しているだろう。
「ま、早く達成するに越したことはないからな。できるだけ急ぐさ」
言いながら、アッシュはクララを見やった。
今回の報酬――ログハウスの所有権は、彼女のためといっても過言ではない。きっとルナも同じ気持ちだろう。
「アッシュくん……」
こちらの視線の意味を悟ったか、クララがはにかむように口元をかすかに緩めた。
クデロに見事してやられた感はあるが、最終的に彼女が喜ぶならなにも問題はない。
「黄金都市には白の塔52階にある2人の王に見守られた門からいける。……もし辿りつけたらワシの代わりに必ず証明してくれ。黄金都市はたしかに存在した、とな」
「ああ」
アッシュは頷くと、クデロとがっしりと握手を交わし――契約を結んだ。
 





