◆第十四話『引越しと別れ』
翌日の早朝、宿屋《ブランの止まり木》前にて。
アッシュは借りてきた荷車に荷物を詰め込んでいた。
昨夜、購入したログハウスに移住するためだ。
両手に持っていた大剣をごとんと載せる。
これで最後だ。
ふぅと一息ついていると、宿の扉が開いた。
リュックを背負ったルナが中から出てくる。
「アッシュ、準備終わったー? って、多いなあ……」
荷車を見るなり、ルナが困惑していた。
斧と槍が1本ずつに大剣が3本。先に預かっていたルナの弓も載せているが、長得物の大剣やらに比べればとっている空間は狭い。
「色々と武器交換したからなー」
「少し処分したほうがいいんじゃないかな? 鍛冶屋に持っていけば100ジュリーで引き取ってくれるよ」
「つってもまだ使う機会があるかもだし」
「でも、どれも4等級以下だよね」
等級が上がれば下の等級の装備はほぼ役に立たない。オーバーエンチャントをしていれば話はべつかもしれないが、それもしていない。
ルナの言うとおり処分するのが正しいだろう。だが、もしかするとなにかの際に役立つかもと思ってしまうのだ。
ルナが細めた目でじっと見てくる。
「アッシュって実は片付けとか苦手でしょ」
「……バレたか。それもあって島に来るときは武器を絞ってきたんだ」
「色んな武器を使えるのも、そういう意味では考えものだね」
いまはレリックのおかげで武器の数を少なくできているが、これがなければ今頃どうなっていたか。最悪、この荷車を押すのが難しいほどになっていたかもしれない。
「にしてもクララのやつ遅いな」
「あ~……荷物まとめるのに手こずってるのかも」
ルナが苦笑しながら言った。
アッシュは宿の中に戻り、2階の部屋に向かって声をあげる。
「おい、クララー! まだかー!?」
「ちょっと待って~! いま行くから~っ!」
本当にあと少しだったらしい。
部屋から飛びだしたクララが慌しく階段を下りてきた。
「お、お待たせ!」
クララはリュックを背負うだけでなく、両手にも鞄をひとつずつ持っていた。どれもぱんぱんに荷物が入っているようでいまにも破裂しそうだ。
「どんだけ詰め込んだんだ」
「これはっ、その……」
「クララ、最近よく服買ってたもんね」
ルナに言われ、クララはばつが悪そうに俯いてしまう。
「だ、だって……可愛い服とか全然なかったし、そういうの買うことっていままでなかったから。なんだか買いはじめたら止まらなくなっちゃって……」
昔は王女という立場で、ジュラル島に来てからは金欠で好きなものをなかなか買えなかった彼女のことだ。きっと色々と溜まっていた欲求が爆発してしまったのだろう。
「でもでもっ、安いのばかりだから! 装備用のはちゃんとわけて使ってるから!」
「その点は心配してない。いくらなんでもその辺りは我慢できるだろ」
「う、うん。大丈夫」
自信たっぷりにそう言ったあと、真っ直ぐに見返してきたクララだったが、気づけば視線がそれていた。
「……ルナ、心配だから頼む」
「うん、任せて」
やはり王女には目付け役が必要なようだ。
「さてと、最後の挨拶といくか」
アッシュは受付のほうを向いた。
そこにはいつもどおりにブランが座って読書をしている。
「ブランさん、俺たちもう行くから」
「ふん、ようやくかい。最後の最後までやかましい子たちだよ、ほんと」
この憎まれ口にも慣れたものだ。
アッシュは苦笑いをしつつ礼を口にする。
「短い間だったけど、いままでありがとう」
「短かったのはあんたたち2人だけだけどね」
ブランは本に向けていた視線をこちらに向けてきた。
視線から外れたクララがひとり縮こまる。
「色々と迷惑をかけてごめんなさい」
「ほんとだよ、まったく。おかげで一日も休めなかったじゃないか」
「うぅ……」
クララが本気でしょぼくれたところを見てか、ブランが一瞬だけ焦ったように目を泳がせた。慌ててこちらに背を向けたのち、フンッと鼻を鳴らす。
「うちに泊まってた奴が死んだら目覚めが悪いからね。たまには顔を見せにきな」
「ブランさん……!」
あのブランがわざわざ〝また来い〟という発言をした。さすがにクララも嫌われていないことを理解できたようだ。一転して、ぱあっと表情を明るくする。
「ほら、さっさと行きな」
出て行けとばかりに、ブランが手を振る。
先の台詞のあとではそのしぐさも迫力に欠けていた。
3人で顔を合わせたあと、クララが代表して最後の言葉を放った。
「また来るね!」
◆◆◆◆◆
「あったらしいおうっち~、あったらしいおうっち~っ!」
上機嫌なクララを先頭に、アッシュは荷車を押しながらルナと並んで歩く。
ブランの止まり木を発ったあと、中央広場のほうへ向かっていた。これからベヌスの館でログハウスの鍵を受け取ることになっているのだ。
「楽しそうだな、クララ」
「だってずっと住んでてもいいんだよ! 家賃も払わなくていいし! あ、購入したってことは部屋を好きなようにいじっちゃってもいいんだよね? どんな感じにしようかな~! やっぱりピンク色に染めようかなぁ~!」
本当に楽しくて仕方ないといった様子だ。
見ているこちらまで朗らかな気分になる。
「あの調子だと居間も染められそうだね」
「それは勘弁してもらいたいな」
アッシュはルナと苦笑しあったあと、前を歩くクララに向かって叫ぶ。
「裸になった甲斐があったな!」
「うん! ……ってそれは忘れてって言ったじゃん!」
クララが振り返り、真っ赤な顔で抗議をしてきた、そのとき。
中央広場のほうから走ってくるミルマが見えた。
「みなさん~~っ!」
ウルだ。
彼女は近くまで来ると、ぴたりと止まった。
本当に全力で走ってきたのか、息が荒い。
「どうしたんだ? そんな慌てて……ベヌスの館で落ち合うはずだったよな」
「ごめんなさいっ!」
開口一番、ウルはそう言いながら、がばっと頭を下げた。
突然のことにアッシュは仲間とともに首を傾げてしまう。
ウルが恐る恐る顔をあげたのち、ぼそぼそと力なく話しはじめる。
「こちらの手違いと言いますか……行き違いがあって、ほかの挑戦者の方がすでにログハウスを購入されていたようなのです。ちょうどアッシュさんたちが購入される直前に」
言葉は理解できた。
だが、頭が受け入れるのを拒んでいた。
トドメを刺して欲しい。
そんな思いを込めて、アッシュは言う。
「あ~……えっとつまり?」
「アッシュさんたちの購入はなかったことになりました……本当にごめんなさい! 全部、ウルのせいです!」
ウルが再び頭を下げたとき、どさりと音がした。
放心したクララが両手に持っていた鞄を落としたのだ。
「あ、あたしの家が……」
苦労した末にようやく辿りついたかと思った、念願のログハウス生活だったが――。
どうやら今後も宿暮らしが続きそうだ。





