◆第十二話『勝負のあとは……』
「ほんとになんでもありだな……」
アッシュは驚き半分、呆れ半分にそうこぼした。
すっかり暗くなった空にゆらゆらと煙が舞っては薄れ、消えていく。
浜辺近くに何十もの木製台が並んでいた。
敷かれた網の上では肉や魚、野菜等がじゅうじゅうと音をたてて焼かれている。
それだけでも食欲をそそる光景だというのに香ばしい匂いまでもが漂ってくる始末だ。先ほどから腹がうるさくて仕方なかった。
視界の中、多くのソレイユメンバーが笑顔で酒を飲み交わし、肉を頬張っている。心底満喫している様子だ。反面、少し距離を置いて食するレッドファングのメンバーの表情は暗かった。
秘宝集めの勝負に負けたことで今回の食事は全額レッドファングの負担となったのだから無理もないだろう。とはいえ、エールを飲んでいるうちに顔が笑顔になっていくあたりはさすがの酒大好き集団といったところだ。
とはいえ、簡単に気持ちを切り替えられない者もいる。見かけによらずガラスメンタルの持ち主――ロウだ。彼は隅っこのほうで膝を抱えて俯いていた。その両側にベイマンズとヴァンが座り、いまも彼を慰めている。
「すべてはわたしのせいだ。わたしがあんなことしなければ……!」
「いや、ロウさん。言っちゃなんすけど、負けはもう決まってたようなもんすから」
「俺らは全力でやって負けたんだ。だったらいまさら悔やんでも仕方ねえ。それに飲んで飲んでとことんまで楽しめば得するってもんよ! ほら、ロウも飲め飲め!」
そうだな、と力なくカップを受け取ったロウがごくりと喉を鳴らす。
「あ、ちょっ。ボス! ロウさんに飲ましたらってロウさ――んッ!」
ヴァンが慌てて止めるもときすでに遅し。
ロウがそのままばたりと倒れてしまった。
酒に弱いのは相変わらずのようだ。
「あ、あのアッシュさん!」
ふいに後ろから声をかけられた。
振り向いた先に立っていたのはオルヴィだった。なにやら決意に満ちた顔をしているが、どうしたのだろうか。
「これ、よかったら召し上がってください」
言って、差し出されたのは貝の皿。中には肉や魚の切身、野菜などと一緒に米を炒めたものが入っている。
「もしかしてオルヴィが作ったのか?」
オルヴィが緊張気味に「はい」と頷く。
アッシュは貝の皿を受け取ったのち、差し込まれたスプーンを使って一口放り込んだ。
濃厚な肉汁があふれ出すが、ぱらぱらとした米によって吸収され、ほどよい甘さとなって口内に行き届いていく。色んな具が入っているからか、噛むたびに味が変わって飽きがこない。かすかな酸味もあいまって後味はすっきり。いくらでも食べられそうだ。
アッシュはもう一口楽しんだあと、目をぱちくりとさせる。
「美味いな……」
「ほ、本当ですかっ!?」
「オルヴィって料理できたんだな」
「は、はい。小さい頃、母に教えられたので……当時はなぜこのようなことと思っていましたが、いまではわかります。わたくしが嫁に行っても恥ずかしくないように、という母の心遣いであったのだと……」
なにやら期待に満ちた目を向けられた。
「それは母親に感謝しないとな」
「はいっ」
オルヴィが純粋な笑みを浮かべながら返事をする。
出逢った当初とは性格が違いすぎて対応に困る最近ではあるが、罵声を浴びせられるよりはよっぽどマシだ。
難点はあまり深入りしすぎると逃げられなくなりそうなことか。いまでもひしひしとまずい感じはしているが……。
その後、なんとかオルヴィを躱して参加者の様子を見て回った。
一緒の場で飲み食いしているはずが、ソレイユとレッドファングの間には見えない壁があった。ベイマンズに臆してレッドファングメンバーが踏みとどまっているといった感じだ。それでも女性陣の肢体を目にしながら酒を飲めることに幸せを感じているのか、男連中の顔は緩みに緩みまくっていた。
と、視界の端にラピスが映り込んだ。ソレイユチーム勝利の功労者として彼女も当然ながら参加している。不器用な彼女のことだからひとりでいるかと思ったが、ヴァネッサとともにいた。
お世辞にも楽しそうとは言いがたい様子だが、会話は弾んでいるようだった。あとで声をかけに行こうかと思っていたが、あれなら心配はいらなさそうだ。
アッシュは近くの砂浜に腰を下ろした。海と夜空を目にしながら静かにエールを飲んでいると、隣にルナとクララが座ってきた。
「アッシュ、楽しんでる?」
ルナが肉の串焼きを口元に差し出してきた。
「おう、それなりにな」
アッシュはそう答えたのち、肉を噛んだ。ルナが串を引いてくれる。焼きたてだったようで少し熱かった。「はふはふっ」と声を漏らしながら肉を咀嚼、ごくんと呑み込む。
「しかし、こんな稼げるとは思いもしなかったな」
「だね。せいぜい今回の半分ぐらいかなって。ま、アッシュが大きいのを取ってきてくれたおかげなんだけど」
ルナは機嫌が良さそうに残った串の肉を口に入れた。そんな彼女とは相反して、クララのほうは元気がなかった。そればかりか脈絡もなく「ごめんね」と漏らす。
「どうしてクララが謝るんだよ?」
「だってアッシュくんは28万、ルナさんは9万でしょ。なのに、あたしだけ5万しかとれなかったから……」
うぅ、と涙目になるクララ。
いつもなら「タダでご飯が食べられるー!」と喜ぶクララが今回に限ってはやけに元気がないと思っていたが、そういうことだったらしい。
「むしろ浅瀬でよく頑張ったほうだろ」
「でも、これじゃまだちょっと足りないし……」
秘宝を換金して得られたのは42万ジュリー。
最近、装備を新調したばかりとあって手持ちも少ないので、かき集めたとしても合計50万ジュリーといったところか。あと5万ほど必要だが、それも数日狩りをすれば貯まる程度。気にするほどではない。
「なんだ、ジュリーが必要なのかい?」
そう声をかけてきたのはヴァネッサだ。
彼女はそばに立つと、片手に持ったカップをぐいとあおった。相変わらずのいい飲みっぷりだ。
「ああ、実はログハウスを購入しようと思っててさ」
「あれを購入するなんて物好きだねえ」
「色々問題なのはわかってるが、そういうのも加味したうえで悪くはないなって」
決して綺麗とは言いがたいうえに中央広場まで少し遠い立地だ。ヴァネッサが言うように好き好んで購入する者はそうそういないだろう。
ふとヴァネッサがなにか思案するようなしぐさを見せた。
「そうだね……あんたたち、青の到達階は?」
「一応49階だ」
「なら問題ないね。49階の5つ目の空洞で、入って右手側に一箇所だけほかとは違う岩があるから、そこを調べてみな。レア種に繋がる隠し通路があるよ」
さらりと告げられた情報に、アッシュは思わずあっけにとられてしまう。
「いいのか、そんなこと教えて」
「今回、協力してくれた礼だ」
にかっと笑って、ヴァネッサはまたも酒を一気にあおった。だが、すでに飲み干していたらしい。空のカップを見て不満そうな顔をしたのち、こちらに背を向けて歩き出した。
かと思うや、すぐ足を止め、肩越しに振り返ってにやりと笑った。
「ああ、ひとつだけ忠告だ。あいつと戦うときは水着に着替えるんだよ」
そう言い残して、今度こそ彼女は去っていく。
いったいなぜ水着で挑まなければならないのか。
その真意がわからず、アッシュは仲間と顔を見合わせながら首を傾げた。





