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五つの塔の頂へ  作者: 夜々里 春
【海の秘宝と黄金都市】第一章

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◆第十話『海の秘宝③』

 恐ろしいほど透明な水だった。

 おかげで目を開けても痛むことはないし、海中を鮮明に見ることができた。


 と、砂に埋まった一枚の貝を見つけた。大きさは拳程度。見るからに通常の貝とは違い、艶があり煌いている。試しに手に取って軽く空けてみると、虹色に輝く丸い宝石が入っていた。おそらくこれが秘宝で間違いないだろう。


 アッシュは腰に提げた網の中に貝ごと入れると、一旦海面に上がって呼吸。再び海中へと潜りなおした。水を手でかき、足で蹴ってはぐいぐい進んでいく。


 浅瀬を抜けると、アッシュは思わず感嘆した。

 それほどまでに幻想的な光景が広がっていたのだ。


 散在するごつごつとした岩の合間を色とりどりの珊瑚や海草が埋めていた。まるで海中の花畑といった様相だ。またあちこちを自由に泳ぐ色鮮やかな魚たちのおかげで、どこに目を向けても飽きることがなかった。


 多くの挑戦者が魚に紛れながら、または魚を散らしながら懸命に泳いでいる。ソレイユの縄張りとあって映るのはもっぱら女性ばかり。ユインやマキナの姿も近いところに見つけることができた。互いに手を挙げて軽い挨拶を交わす。


 奥のほうにはヴァネッサやドーリエ、ラピスの姿も発見できた。彼女らは慣れた動きで貝を回収しては、どんどん沖のほうへと向かっている。負けてはいられない。


 ぱっと見ではわかりにくいものの、目を凝らせば貝を見つけるのはそう難しくなかった。海藻や珊瑚の裏に隠れていたり、底に満ちた砂からちょこんと一部が出ていたり。深く潜って岩の下を覗き込めばまとまって転がっていたりもした。


 アッシュは見つけた貝を片っ端から網に入れていく。この辺りのものはどれも浅瀬で見つけたものより一回り大きく、中の秘宝も相応だった。


 30枚ほど集まったが、まだまだ網には余裕がある。もっと沖のほうへ進んで大きな貝を狙いにいこう。そう決めて勢いよく水をかいたときだった。


 視界の下方――海底をすべるようにして近づいてくる影があった。全長はちょうど成人ほどか。尖がった特徴的な胸、背、尾のひれ。それらを除いた流線型の体。まさにサメそのものだ。


 海にならいてもおかしくはない生物だが……明らかに動きが不審だ。その体をしならせるよう左右に振りはじめると、高速でこちらに向かってきた。足下に到達後、さらに加速して一気に上昇。大口を開けて距離を詰めてくる。


 相手の機動力はこちらよりも遥かに上だ。

 アッシュは早めに軌道上からそれる。


 と、サメの口から同形状の口が剥き出てきた。かと思うや、さらにその中からも口が出てきた。その後も口が剥き出る変化は続き、最終的にはその体長と同程度の長さに到達したところで止まった。先端は槍の穂先のように鋭く尖っている。


 通常のサメではないと思っていたが、やはり間違いない。このサメのようなものが海に放たれた魔物だろう。


 敵はまるで蛇腹のように口をしならせ、尖った先端を突きつけてきた。


 アッシュはとっさにスティレットを手に取り、敵の口先を弾いた。敵はそばを高速で通り過ぎていくと、口を一旦収納。身軽になってから上方でくるりと回ってまた一直線に向かってくる。距離が縮まると、再び口を伸ばしてきた。


 どうやら接近時のみ口を伸ばしてくるらしい。

 初めこそ意外な変形に虚をつかれたが、もはや動じることはない。


 アッシュは逃げずにその場に留まった。迫る敵の口先にスティレットを当てて軌道をそらす。猛烈な勢いでそばを通り過ぎていく敵。その歪な口の連鎖が終わり、頭部が真横に来た、瞬間。アッシュは素早くスティレットを刺し込み、抜いた。


 敵がくぐもったような呻き声を漏らした。

 どうやら頭部を刺せば一撃で死ぬようだ。


 敵は力なく海底に沈む最中、その姿を弾けるようにして消滅させた。祭り用の魔物だからか、ジュリーはいっさい落とさなかった。


 速さこそ相当な敵だったが、動きが単調なだけに対応がしやすい。あの程度なら大きな支障にはならないだろう。


 アッシュは海上で息を整えたのち、再び秘宝集めを再開した。時折、先ほどの魔物が襲いかかってきたが、難なく処理。不意をついてきたり、群れで来ることもあったが、やはり大した脅威にはならなかった。


 その後も順調に貝を網に放り込んでいると、ついに網が一杯になったので一旦浜辺に帰還した。


 陸地では、多くの挑戦者がミルマに秘宝とジュリーを交換してもらっていた。こちらもさっさと換金したいところだが、ソレイユチーム所属として、レッドファングチームとの勝負がある。


 ソレイユ用として複数の籠が置かれていた。その中のひとつ――クララ、ルナと共用の籠にアッシュは集めてきた貝を放り込んだ。ほかに入っていたのは小さい貝が沢山入った網だ。おそらくクララのものだろう。彼女なりに浅瀬で頑張っているようだ。


 レッドファングの収集具合を確認してみると、明らかにソレイユよりも貝の数が多かった。やはり人数差が影響しているのだろう。もっと頑張らなければ、このままでは負けてしまう。


 アッシュは新しい網をもらったのち、早速海のほうへ向かう。


「頑張ってるねー」


 ふいに横合から声をかけられた。


 そちらを向いた先、大量の貝が入った網で全身を覆うナニカが立っていた。そのあまりの異形さに思わず「うおっ」と声をあげてしまう。一瞬、魔物かと疑ってしまったが、聞こえてきたのは人の声。しかも聞き慣れたものだ。


「その声はレオ……だよな」

「ふふふ、脅かすつもりはなかったんだけどね」

「嘘つけ」


 上部の網を取って顔をあらわにさせるレオ。

 そこだけしか取らないせいで余計に気持ち悪かった。


「レオも来てたんだな」

「うん、ギルドメンバーとね」


 言って、レオが視線を向けた先――和気藹藹と話している5人ほどの挑戦者が見えた。全員が見るからに善人といった様子だ。レオのことだからてっきり変態ばかりを集めているのかと思ったが、どうやらそうではなかったらしい。


「にしても、よくそんだけ集められたな……」


 アッシュはレオの体を覆う多くの貝を見ながら言う。


「この祭りは何度も経験してるからね。熟練の業って奴だよ」


 レオは10年以上も前からこの島で生活している。

 きっと彼ならではの穴場があるのだろう。


「そういえば勝負の話、聞いたよ。順調そうかい?」

「それが劣勢みたいでな。もっと頑張らないとダメそうだ」

「ふむふむ」


 レオは網の間から両腕を出すと、思案するように腕を組んだ。全身が貝で覆われているせいでいちいち動きが気持ち悪い。


「アッシュくんにいいことを教えてあげよう。あそこにある岩礁が見えるかい?」


 レオが指差した先、沖のほうに海面からちょこんと突き出た岩があった。先ほど海中に潜ったときにも何度か視界に入っていたが、海底から山のようにそびえていたものだ。


「あそこから南にずーっと進んだところに廃墟みたいな場所があるんだけど、そこにすっごく大きな貝があるよ」

「あるよって……そんなすごい情報、俺に教えてもいいのか?」

「どうせ僕には取れないからね」

「レオに取れない?」

「強力な魔物に守られてるんだ。あのサメ型ぐらいなら僕でもどうにかなるけど、あれだけはちょっと厳しいかな」


 レオほどの男に厳しいと言わせる魔物とは。

 よほど手ごわいに違いない。


「でも、あの貝を取れれば間違いなく勝てると思うよ。大きさからして売却額は50万ジュリーを超えそうだし」

「50万って……そりゃ勝利間違いなしだな」


 おまけにログハウス資金もほぼ貯まったも同然だ。


「せっかくだし、行ってみるか」

「アッシュくんならそう言うと思ったよ。ただ、たきつけておいてなんだけど、充分に気をつけてね。無理だと思ったら逃げるように」

「ま、このままじゃ勝負にも負けそうだしな。できるだけやってみるつもりだ。ありがとな、レオ」

「気にしないでおくれ。なにしろ僕はアッシュくんの親友だからね」


 そういう台詞は、せめていまの格好をどうにかしてからにして欲しかった。おかげで魔物と親友になった気分だった。


 そうしてレオに別れを告げたのち、アッシュは海に飛び込もうとする。と、ぴちゃぴちゃと後ろから足音が聞こえてきた。


「わたしも行くわ」


 振り返った先に立っていたのは予想外の人物。


「……ラピス? 行くって――」

「あの変態の話、聞こえてた。巻き込まれた勝負だけど、負けるのはいやだから」


 無愛想な態度ながら意外と親切で世話焼きな彼女のことだ。きっと負けるのがいや、という理由だけではないだろう。


「なに?」


 にやにやしていたのが顔に出てしまったらしい。

 ラピスから睨まれてしまった。


「悪い、なんでもない」


 普段よく喋る相手なので忘れてしまいそうになるが、ラピスは島で唯一の単独70階突破者だ。そんな彼女との急造チーム。


 アッシュは楽しみな気持ちを隠さずに弾んだ声で応じた。


「よし、わかった。じゃあ、一緒に行くか……!」



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書籍版『五つの塔の頂へ』は10月10日に発売です。
もちろん書き下ろしありで随所に補足説明も追加。自信を持ってお届けできる本となりました。
WEB版ともどもどうぞよろしくお願いします!
(公式ページは↓の画像クリックでどうぞ)
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