◆第九話『海の秘宝②』
アッシュは彼らのもとへと向かい、声をかけた。
「やっぱりお前たちも来てたんだな」
「お、アッシュじゃねえか」
「久しぶりだな」
「どもっすー」
ジグたちが起こした騒動から上手くやれているか心配だったが、どうやら問題なさそうだ。それどころか全員が晴れやかな顔をしている。きっとわだかまりがなくなったからだろう。
仲がよりよくなったのはいいことだ。
いいことなのだが――。
アッシュは視線を下げて言う。
「お前ら、みんなそれなんだな……」
彼らは女性型と似た形――逆三角の水着をはいていた。女性の場合は綺麗な太腿のおかげで目の保養になるが、男がはくとあまり見られたものではなかった。股間が主張しているのも最悪だ。
「……毎年、ベイマンズがこれ以外許してくれなくてな」
「なに言ってんだ。男ならこれしか選択肢はないだろ」
額に手を当てて羞恥に悶えるロウとは相反して、堂々と胸を張るベイマンズ。ロウが進んではくとは思っていなかったが、案の定予想どおりだった。
「そうだ、せっかくだし俺らと一緒に秘宝集めしようぜ」
「一緒にって……集団でやるようなもんじゃないだろ?」
祭りの内容はいたって簡単。海底に落ちているたくさんの二枚貝。その中にあるという秘宝を集めるだけだ。秘宝は大きさに応じてミルマが高額で買い取ってくれるので、より大きな貝を見つけることが重要となるらしい。
「始まったら奪い合いにならないように縄張りみたいなもんができるからな。そうなったら個人だと場所がなくて面倒だぜ」
たしかにそれは面倒そうだ。今回はジュリーを集めにきたので可能な限り稼ぎやすい環境にしたい。そう考えていたところ、隣にヴァネッサが立った。
「待った。アッシュはうちとやるんだよ」
「……そんな話したか?」
「いま決めたのさ」
悪びれた風もなく、むしろ得意気に言われた。
ベイマンズが眉尻を吊り上げながら前に出る。
「おい、先に声をかけたのはこっちだぞ」
「順番なんて関係ないだろう。決めるのはアッシュだからね」
「む、たしかにそうだな」
2人から視線を向けられる。
どちらも選ばれると確信した表情だ。
「じゃあ、ソレイユで」
あんぐりと口を空けてショックを受けるベイマンズ。
対してヴァネッサは勝ち誇り、その大きな胸を張った。
「どういうことだ、アッシュ! 男ならこっちだろ!」
「いや、男ならソレイユ選ぶだろ」
筋肉男どもより美女たちのほうがいい。きっと多くの男が同意してくれるはずだ。現にベイマンズの後ろではヴァンが高速で頷いている。
「まあ、うちにはクララとルナもいるからな。誘ってくれたのはありがたいが、ソレイユに邪魔させてもらうよ」
「アッシュの兄貴、羨ましい……!」
なにやらヴァンから羨望の眼差しを向けられていた。ベイマンズの手前、彼は女好きを大っぴらにできない。きっと心の中で嘆いていることだろう。
「わかった、今回は引いてやる。ただ、このままってのも面白くねえ。俺らレッドファングとソレイユ。どっちが多くの秘宝を集められるか勝負しねえか。個数じゃなくて、ジュリーの額でな」
ベイマンズが煽るように吹っかけると、ヴァネッサが勝ち気な笑みを浮かべた。
「面白そうだねえ。けど、あいにくとうちはあんたらより数が少ないからね。アッシュたちを入れても人数に差がありすぎだ」
「いいぜ、好きなだけ入れればいい」
「いや、1人でいい」
前回の騒動でジグを含めた約20人が抜けたとはいえ、レッドファングにはいまだ80人ほどが在籍している。祭りの参加が5等級以上とあって半数ほどに減っているとしても、ソレイユより多いのは間違いない。
その大きな穴をひとりで埋めるなんてあまりに無茶だと思ったが、ヴァネッサが口にした名前で納得がいった。
「ラピス! 手伝ってくれるかい」
少し離れたところに立っていたラピスがぴくりと反応する。振り向いたとき、彼女は見るからにいやそうな顔をしていた。
「どうしてわたしが――」
「あんたにとっても悪くないと思うけどね」
ヴァネッサがそう言うと、ラピスは押し黙った。なぜかこちらを一睨みしたあと、ため息を吐いて目をそらす。彼女のことだ。文句を言ってこないところからして承諾と見てよさそうだ。
「ラピス・キア・バルキッシュか……こりゃあ面白くなりそうだな」
「で、負けたらどうするんだい?」
「そうだな……」
ヴァネッサの問いにベイマンズが思案しはじめる。と、ヴァンが勢いよく手を挙げた。
「はいはい! はーい! 負けたほうが肉と酒を奢るってのはどうっすかね! そんで終わったらここでぱーっとみんなで飲み食いするとか!」
「みんなで……?」
つまり女と一緒に食事をする。
そのことに反応したベイマンズの目が鋭くなった。
ヴァンが焦りつつ弁解する。
「いや、俺だってべつに女と飲みたいわけじゃないんすよ。ただほら、最近言われてるんすよね。レッドファングは女が怖くて避けてるのかって」
「俺らが女にびびってる!? んなことあるわけねえだろ!」
「わ、わかってます。だから、この機会に証明してやるんすよ。レッドファングは女なんて怖くないって」
ふむ、とベイマンズが顎に指を当てながら頷く。
「なるほどな。一理ある」
いや、一理ないだろう。
あまりに強引だったが、どうやら丸め込むことに成功したようだ。ロウがやれやれと呆れ、ヴァンはこっそり「よしっ」と拳を握っていた。
彼らのやり取りにしびれを切らしたヴァネッサが催促する。
「で、どうするんだい? 奢りの件、こっちは構わないよ」
「じゃあヴァンの案で決まりだな。負けたほうは肉と酒を奢りだ」
「負けても文句言うんじゃないよ」
「当たり前だ。もっとも、俺らが女に負けるわけないけどな!」
一触即発といった様子で対峙するヴァネッサとベイマンズ。いつの間にやら2人の裏には両ギルドメンバーが集まり、睨み合いがはじまっていた。
ルナとクララが近くにくる。
「なんだか大事になっちゃったね」
「アッシュくん、大丈夫なの?」
「いいんじゃないか。勝負ってなったほうがやる気も出るし、楽しくジュリーが稼げそうだ」
せっかく祭りと銘打たれているのだから楽しまなければ損だ。
いまもソレイユとレッドファングがばちばちと視線で火花を散らす中、アッシュはひとり呑気にそんなことを思っていると、男たちから大きな歓声が沸きあがった。
いきなりどうしたのかと思ったが、彼らの視線先を辿ればすぐに理解できた。
20人ほどのミルマが水着姿で浜辺に現れたのだ。祭りの運営として参加することは聞いていたが、まさか彼女たちも着替えているとは思いもしなかった。
全員が豊満な胸に完璧なスタイル。それに猫耳と尻尾があることで人間とはまた違った味をかもし出している。男たちが歓声をあげるのも納得できる魅力がふんだんに詰まっていた。
「みなさーん、採集用の網を配りますのでどうぞご利用くださーい」
そう声をあげたミルマはウルだった。
どうやら彼女も参加していたようだ。
横一列に並んだミルマたちが挑戦者たちに網を配っていく。アッシュは当然ながらウルのところへ向かった。やがて順番が来ると、気づいたウルがぱあっと明るい笑みを浮かべた。
「アッシュさんっ」
「よっ、ウルも来てたんだな」
「あはは……人手不足なので。このあとは秘宝買取もありますし」
どれほどの秘宝が取れるのかはわからないが、参加者は100人を超えている。集計は決して楽ではないだろう。
「だからといって、どうしてわたしが……」
ふと聞こえてきた愚痴の出所はウルの隣からだ。
そこにいたのは《スカトリーゴ》の店員――アイリスだった。
「まさかアイリスまでいるなんてな。店のほうはいいのか?」
「ベヌス様に行くようにと言われたのです……そうでなければ、こんなもの着るはずがありません。どうして今回に限って……」
明らかに黒い空気を噴出させているというのにアイリスから網を受け取る者は多かった。さすが《スカトリーゴ》の看板娘だ。
「いいじゃないですか。ウルはアイリスさんが一緒で嬉しいですよ」
ウルから眩しい笑みを向けられてか、アイリスが仕方ないといったように毒気を抜いた。まるでゴーストが浄化されていくかのような光景だ。こちらに向きなおったウルがまなじりを下げる。
「アッシュさん、くれぐれも気をつけてくださいね。お祭りが始まると、海底に魔物が出現するので」
「5等級以上の魔物だったか」
「はい。もちろん倒しても構わないのですが、水中ですから……」
「まぁ俺は元から短剣をよく使ってるからな。それなりに戦えはするさ」
長得物では水中で大きな抵抗を生むため、多くの挑戦者が腰にベルトを巻いて短剣を携帯していた。ヴァネッサやラピスたちも今回に限っては短剣を所持している。
「頑張ってください。ウルはこっそりアッシュさんを応援していますっ」
言って、ウルが両の掌を向けてきた。ミルマが気に入った者にだけする挨拶だ。応じて握り返すと、ウルが嬉しそうににぎにぎと指を絡めてきた。
「ねえ、早くしてくれる? ずっと待ってるんだけど」
背後から放たれた鋭い言葉と凍てつくような視線。
見るまでもなく、声からラピスだとわかった。
「ご、ごめんなさいっ」
ウルが慌てて手を離したあと、顔を真っ赤にしながら次の網を用意しはじめる。アッシュは振り向いてラピスと入れ替わる。
「悪いな、ラピス」
そう声をかけたところ、ついっと目をそらされてしまった。
なにやら思った以上に怒らせてしまったようだ。
べつにチームを組んでいるわけではないが……一応、これから同じソレイユの縄張りで秘宝集めをする仲だ。大丈夫だろうか、とアッシュは後ろ髪をかいた。
◆◆◆◆◆
「開始は陽が中天に昇って海が輝いたら。終了は陽が赤く染まるまでらしい」
「結構長いよね」
「だな。体力考えて動かないとな」
網を受け取ってきたあと、アッシュはチームで集まって軽い話し合いをしていた。
「それでどうする? チームで動く?」
「あたし、泳げないから……」
ルナが出した議題に、クララがばつが悪そうにぼそりと言った。
「小さいのが多いらしいが、浅瀬にも結構あるみたいだしな。無理する必要はない」
「うん、じゃあその分たくさんとれるように頑張るね」
言って、クララは両手に拳を作った。
ログハウスの購入が目標とあって、やる気はあるようだ。
「ボクは泳げるけど、あまり深いところは厳しいかも。アッシュは?」
「俺はたぶん結構いけるはずだ」
「本音は一緒がいいけど、今回ばかりは別行動がよさそうだね。そのほうが稼げそうだし」
深いところのほうが、より大きな秘宝を得やすいという。魔物がいるのでチームで動くメリットがないわけではないが、無理に浅いところに合わせる必要はない。
今回が初参加とあってわからないことは多い。仮に魔物の妨害が激しいようなら、そのときに考えればいいだけだ。
「アシュたんたちー、そろそろだよ!」
マキナから声がかかる。
アッシュはクララ、ルナと拳を軽く突き合わせる。
「家のため、だな。2人とも頑張ろうぜ」
「うんっ」「ああっ」
◆◆◆◆◆
海辺に参加者がずらりと並んでいた。ソレイユ、レッドファング。それ以外といった感じで、すでに縄張りができあがっている。
個人で参加していたら、まともに稼げないのではないか。そう思うほど混んでいる。これは誘ってくれたソレイユに感謝だ。
海が光るのをいまかいまかと待っていると、ヴァネッサが隣に立った。
「期待してるよ、アッシュ」
「やれるだけのことはやるさ」
どれだけ稼げるかはわからないが、勝負を楽しみつつ目的のログハウス購入のために全力で頑張るだけだ。
と、眼前の海に煌きが走った。
それはすぐさま視界一面の海に広がり、まるで無数の宝石が輝いているかのような美しい光景を演出する。
アッシュは思わず見惚れてしまいそうになった。だが、直後に上がった喧騒によって意識が引き戻される。
「開始だ! お前たち、奴らにどっちが上か思い知らせてやんな!」
「っしゃー! お前ら女どもに負けんじゃねぇぞ! 死ぬ気で集めてこい!」
ヴァネッサとベイマンズがほぼ同時に声をあげ、両ギルドのメンバーが一斉に海へとなだれ込んでいく。
あまりの気迫に思わず目を瞬いてしまったが、出遅れるわけにはいかない。アッシュは彼らに紛れるように浅瀬を駆け抜け、海中へと飛び込んだ。





