◆第八話『海の秘宝①』
「もうかなり集まってるなー」
年に一度開催される祭り《海の秘宝》に参加するため、アッシュは島南東の浜辺にやってきていた。開始までまだ時間はあるはずだが、すでに多くの挑戦者が集まり、波の音に負けないほど賑わっている。
参加資格が5等級以上とあってか、強者の風格を持つ者ばかりだが、威圧感はまったくない。それもこれも露出の多い水着姿のせいだ。
水はけのよい素材を使っているので下着や肌着と違うのはわかる。だが、普段は強固な防具を装備する挑戦者たちが肌を露出しているのはなんとも異様な光景だった。
まさかこの島に来てこんな格好するなんてな……。
そんなことを思いながら、アッシュは自身のはいた太腿を軽く覆う程度の水着をつまんだ。
「お待たせー」
聞こえてきたのはルナの声だ。
振り向いた先、水着姿のルナとクララが立っていた。
2人ともビキニ型でルナのほうは若葉色、クララのほう淡紅色だ。普段とは違う仲間の姿とあって思わずまじまじと見てしまう。
「ど、どうかな?」
クララがもじもじしながら不安げに訊いてきた。
彼女は控えめながら胸の膨らみはしっかりとある。全体的に引き締まった感じはなく、どこを触っても柔らかそうだ。くびれも若干控えめと少しお子様な体型に近い。そういった穢れを知らない意味でも淡紅色の水着は彼女にぴったりだった。
「よく似合ってる」
「ほんとに?」
「ああ、クララらしくて可愛い感じだ」
「そっか……似合うんだ……えへへ。マキナさんたちに選んでもらってよかったぁー」
頬を赤く染めながら、顔を綻ばせるクララ。
よほど嬉しかったらしい。
「アッシュ、ボクのほうは?」
ルナが腰に片手をあてながら、軽く体をひねってポーズをとる。あまり肉つきはよくない彼女だが、それが逆に体の線を綺麗に映し出していた。首から肩、脇から腰、太腿から足首までの線は美しいの一言だ。
「もし初対面がその格好だったら間違いなく女だって確信してたな」
「それは褒められてるってことでいいのかな?」
「女性らしい色気があるってことだ」
「うん、それは嬉しいかも」
ルナが満足そうに微笑む。
その横でなぜかクララが「ぶー」と頬を膨らませていた。
「なんだか褒め方がルナさんのは大人向け。あたしのは子供向けって感じがする……」
「そんなことないけどな。ただ思ったままを言っただけだ」
「むー」
納得がいかないといった様子だ。
「じゃあ訊くが……自分に色気があるって思ってるのか?」
「そう言われると……でもでも、少しぐらいはあると……思う」
「じゃあ、試しにルナみたいにポーズとってみてくれ」
「こ、こう?」
腰に片手をあてて若干前のめりになるクララ。上半身をかすかにしならせて胸も強調している。ただ、クララの童顔や自信なさげな空気感からか、絶望的に色気がなかった。これは年齢どうこうの問題ではない。
「まあ、なんだ。やっぱ人には向き不向きがあるってことだ」
「うぅ~、ルナさん~、アッシュくんがいじめるー!」
「よしよし。そうだねー、アッシュはひどいよねー」
ルナが抱きついてきたクララの頭を撫でながら言う。
なにやら悪者にされていた。
「でも、もっと照れたり喜んでくれてもいいんじゃないかなって思うよ。これだけ肌をさらしてるんだしね」
「俺も男だからな。顔に出してないだけで胸中では大喜びだ」
「ほんとかなー」
疑念の目を向けられるが、嘘はついていない。
ただ女性に慣れているので余裕があるだけだ。
――女を抱けば度胸がつく。
そんな父の教えもあり女性経験は豊富だった。
正直、体を重ねた相手は数えきれないほどだ。
もっとも、父と別れた約5年前から久しくそういった行為はしていないが――。
ふと浜辺がざわつきだした。
なにやら男たちが揃って同じ方向を見ている。その視線を辿った先、30人ほどの女性集団がぞろぞろと浜辺に足を踏み入れていた。
ソレイユだ。
彼女らも例に漏れず、水着を着ている。
おかげでその一面に瑞々しさが溢れていた。
むさ苦しい男どもが群がる場所とはまるで違う。
誰もが魅力的だが、中でもヴァネッサのこぼれそうなほどの大きな胸に注目が集まっていた。多くの男にとって普段は恐怖の象徴である彼女だが、水着姿であるいまにいたってはまさしく女神と化しているようだ。
どうやらソレイユのメンバーがこちらに気づいたようだ。マキナにいたっては跳びはねるようにして手を振っていた。ヴァネッサを先頭に彼女たちがこちらまでやってくる。
マキナがクララと話しはじめる中、アッシュはヴァネッサに声をかける。
「よっ、大人気じゃねえか」
「体だけ見られてもね」
ヴァネッサが困ったようにため息をついた。
連動して彼女の重たそうな胸がたゆんと揺れる。
「それも立派な魅力のひとつだろ。ま、そんだけじゃないことはよく知ってるけどな」
「ったく、あんたはそうことをさらっと言ってくれるねえ」
呆れつつも嬉しそうに微笑を浮かべる。
どうやらまんざらでもないようだ。
と、そのそばでユインがちらちらと視線を送ってきていた。彼女が着ている水着は黒基調のワンピース型だ。一見して大人びた感じだが、縁にたくさんつけられた白のフリルによって可愛さが引き立てられている。
「その水着、ユインにぴったりだな」
「あ、ありがとうございます」
照れつつぺこりと頭を下げてくる。
ヴァネッサが優しい笑みを浮かべながら「よかったね」と言うと、ユインがこくりと頷いていた。見た目こそ似ても似つかない2人だが、まさに姉妹のようだった。
「アシュたんアシュたん、わたしはー!?」
「マキナもよく似合ってるぞ」
「えー、なんか雑じゃない!? これ選ぶのすごい時間かけたのにー」
マキナはそのふっくらとした唇を尖らせて「ぶーぶー」と文句を垂れてくる。彼女が誰よりも垢抜け、洒落ているのは前からわかっていたことだ。いまさら彼女のセンスに文句をつけることなんてなかった。
「ちょ、ちょっと待ってくださいドーリエ! わたくし、まだ心の準備がっ」
「あんたも見てもらいな。じゃないと付き合った意味がないだろう」
いまにもはちきれそうな水着を着たドーリエが、自身の背中に隠れていたオルヴィを前に押し出した。
「あ、あの……アッシュさん。わたくしは……どう、でしょうか?」
オルヴィが自身の体を抱きながら、恥ずかしそうに訊いてくる。
前に肌着姿を見たときにも思ったが、どうやら彼女は着やせするタイプのようだ。ヴァネッサほどではないが、かなり胸が大きかった。
またルナに負けず劣らず肌が白い。くびれは細いが、かといって肉付きが悪いわけでもない。まさに理想的といっていい体型だ。
そんな彼女の体を包むのは純白の水着。パレオをつけているせいか、肌の露出が多いにも関わらずその独特の清楚感はまったく損なわれていなかった。
「なんつーか、オルヴィは綺麗って感じだな」
「き、綺麗……アッシュさんがわたくしを綺麗と……はぅ……っ」
片手の甲を額に当てながら、そのまま後方にばたんと倒れてしまった。「オ、オルヴィっ」と慌ててドーリエが声をかけるが、返事はない。ただオルヴィの口元はこれでもかと言うぐらいにやけていた。どうやら心配はいらなさそうだ。
「まあ、そのうち起きるさ」
言って、ヴァネッサが嘆息した。
アッシュは辺りを見回して、ふと気になったことを口にする。
「そういやレッドファングの奴らはもう来てるみたいだが、アルビオンはまだみたいだな」
「あいつらはいつもこないよ。あと有名どころで言えばラピスもね」
「そうなのか。この祭りって稼げるんだろ?」
「ああ、そりゃもうがっぽりね。ただ、こんな格好しないといけないからね。真面目な奴は大体こないよ」
ヴァネッサが自身の水着を軽く引っ張りながら言う。
「まー、たしかに。言われてみりゃラピスがこんな格好するとは――」
――思えない。
そう言おうとしたとき、視界にひとりの女性が映り込んだ。水色の水着に包まれた胸は控えめだが、そんなことがどうでもよくなるほど美しい体型だった。一見して華奢のようで引き締まった体。すらりと長く、しなやかな脚。
普段、あれほど肌を出していないこともあって一瞬誰だかわからなかったが……あの艶やかな長い黄金の髪、切れ長の目は間違いない。
「……いた。ラピスだ」
ヴァネッサが驚いたように振り向いていた。
彼女はラピスに向かって声をあげる。
「どういう風の吹き回しだい?」
「ただジュリーが欲しかっただけ」
そう言い残して、彼女は海辺のほうへ歩いていく。
相変わらずの無愛想具合だ。
「ま、理由なんてのはわかりきってんだけどね」
言って、ヴァネッサが意味深な目を向けてきた。
おそらく彼女の推察どおりだろう。
先日の宿捜しでラピスの部屋に入れてもらった際にわかったことだが……ラピスはリッチキング戦での空白の時間になにがあったのか。その真実を知りたがっている。きっと今回の参加はなにか手がかりを掴むため、といったところだろう。
そんなことを考えながらラピスの背中を目で追っていると、3人組の男が端から割り込んできた。ベイマンズとロウ、ヴァンだ。





