◆第五話『宿捜し・後編』
その後も幾つかの宿を回ったが、1000ジュリーより下の価格帯はどれも似たり寄ったりだった。小部屋や調理場、シャワーの有無。あとは保管庫の借りられる数で価格が上下するぐらいだ。
かなり歩き回ったので中央広場に戻り、一旦休憩をとることになった。
アッシュは仲間とともに噴水の縁に座って休憩する。
「保管庫があって、一番安いところでも600ジュリーか……高いな」
「最低で350ジュリーのところもあるのですが、やっぱり安いところは埋まってしまっていて……ごめんなさいです」
「ウルが謝ることじゃないだろ」
「そ、その、稀にいきなり空いたりすることはあるのですが……」
ウルが眉尻を下げて、そこで言葉を詰まらせてしまう。
「あぁ~、まあそういうことはあるだろうな」
「こういうところだからね」
アッシュはルナとともにウルの言わんとしたことを察した。
クララだけはひとり首を傾げている。
「え、どういうこと?」
「魔物にやられたってことだ」
「あっ……」
聞いた途端、彼女はばつが悪そうな顔をした。
「でも、もしそれで空いても住むのはちょっと怖いかも」
たしかにあまりいい気はしない。だが、魔物との厳しい戦いが日々行われている場所とあって、その条件をつけると多くの宿が使えなくなりそうだ。
「実は、あまりにも宿が足りていないので新たに宿を建てる計画はあるんです」
「計画ってことは建つまでに時間がかかりそうだね」
ルナの問いに、ウルは申し訳なさそうに頷いた。
どうやら現時点で満足できる宿を見つけるのは難しそうだ。
「保管庫なしのところで当面は凌ぐしかないか」
「でも、レリックはどうするの?」
クララが不安そうに訊いてきた。
アッシュはスティレットを軽く握ってみせる。
「常に持ち歩くようにするしかないな」
重量的に大した支障がないのがせめてもの救いか。
ふいに、ウルがなにかを思い出したように「あっ」と声をあげた。
「あ、あのっ。ログハウスを購入するというのはどうでしょうかっ」
◆◆◆◆◆
連れて来られた先は、なんと島の南東。
しかも林道から外れた場所だった。位置的には、中央広場と東にそびえる青の塔のちょうど中間辺りだ。
木々に囲まれて見晴らしは悪いものの、広めの庭もついている。それに2階建てと小さくはないログハウスだ。
まず人が通らないので騒音もない。中央広場から少し遠いことを除けばなかなか悪くない環境だが……肝心のログハウスが外見からしてぼろぼろだった。
「こんなところがあったのか」
早速、全員で中に入って見学を開始する。
玄関を開けて出たのは居間だった。調理場つきなうえに、10人ほどが集まっても余裕があるほどゆったりとしている。1階にはほかに風呂場やトイレまであり、充分な施設が揃っていた。
2階はすべて寝室で占められ、数は4つ。広さはブランの止まり木と同程度だが、すべてに保管庫が据え付けられていた。
「個人的には文句なしかも」
「俺もだ」
アッシュはルナと居間に戻ってくると、互いに評価を口にした。
「うぇ……でもボロボロだよ。葉っぱとか一杯入ってるし、歩くたびにみしみし言うし。って、うわぁ! 虫いる! 虫っ!」
2階から顔を出していたクララが騒がしい声をあげて暴れはじめる。彼女は放っておいて、アッシュはウルに問いかけた。
「でも、ログハウスなんて売ってたんだな。てっきり宿だけだと思ってた」
「昔はログハウスの購入も盛んだったのですが、いつの間にか宿を利用する方ばかりになってしまって」
「購入資金が貯まるまでに死んでいくってこともありそうだな」
あはは、と苦笑しながらウルは説明を続ける。
「島に残っているログハウスはここを合わせて3軒だけですが、空いているのはここだけですね」
「購入ってことはやっぱそれなりにするんだよな。いくらなんだ?」
「もとは100万ジュリー――だったのですが、いまは50万ジュリーで売り出されています」
人気がなくなってどんどん値下がっているわけか。100万ジュリーと聞いた瞬間は思わず息を呑んでしまったが、50万ジュリーならかなり現実的だ。
「ただ、ベッドやお風呂場、トイレ等を改修する必要があるので大体55万ジュリーを見ていてもらえれば大丈夫だと思います」
ウルの説明が終わり、アッシュはルナと顔を見合わせる。
「長期的に見ると悪くはないかもね」
「つっても安くはないからな……麻痺の強化石2つ以上だぜ」
「まあ、ぽんと出せる金額でないことはたしかだね」
アッシュはひとしきり唸ったあと、ウルへと質問する。
「ちなみに分割はできるのか?」
「ごめんなさい。一括のみなのです……」
支払いを完済できずに死亡する可能性が高い場所だ。
当然と言えば当然か。
「で、でもでも家賃払わなくていいんだよねっ?」
2階の手すりからクララが身を乗り出して訊いてきた。
「そりゃあ購入するんだからな」
「それにずっと住んでてもいいってことだし。いいんじゃないかな、ここ!」
「やけに推すな。さっき文句ばかり言ってなかったか?」
「うっ……よく見たらいいところだなぁって」
クララが目をそらしながら言った。
なにか企んでいるのかと思ったが、どうやらほかに意図があるといった感じだ。
そこでさっき彼女が強調した〝ずっと住んでいてもいい〟という言葉を思い出した。王女という立場を捨てた彼女には、もう島の外に帰る場所がない。だから、おそらくこのログハウスを購入することで、〝帰る場所〟を作ろうとしているのかもしれない。
どうやらルナも同じ見解に至ったようだ。
仕方ないといったような顔をしつつも頷いていた。
「よし、わかった。みんなも乗り気だし、ここは購入する方向で動いてみるか」
「やったー!」
と喜んだクララがその場で跳びはねると、べきっと音がした。
「えっ?」
どうやら足場の木材が折れたらしい。
そのまま彼女は盛大な音をたてて一階まで落下した。
「いたぁ~……」
涙目になって尻をさするクララ。
ひとまず怪我はないようで安心だ。
ただ、乾いた笑みを浮かべたウルから無慈悲な言葉が告げられる。
「改修代、もう少し高くなるかもです」
これは致し方ない。クララがはしゃいだから壊れた可能性もあるかもしれないが、この際しっかりと直してもらったほうがいいだろう。
「それにしてもブランさんのところに世話になれる間……6日で用意するのは厳しいね」
「やっぱ当面は安い宿に泊まるしかないな」
すぐに移住できればいいが、全員が装備を新調したばかりとあって金欠状態だ。こればかりは仕方ない。
「でも、誰かに先越されちゃったりしないかなぁ」
立ち上がったクララがそう不安を漏らした。
「もう何十年も放置されていますから大丈夫だとは思いますけど……」
「予約とかはできないのか?」
「申し訳ないのですが、原則禁止となっています」
いつ死ぬかわからないから、ということだろう。
クララの顔がみるみるうちに暗くなっていく。その様子から察するに、すでに彼女の中で〝帰る場所〟として認定されたのだろう。
そんなクララを見て困惑していたウルだが、はっとなって顔をあげた。
「みなさん、もう5等級に上がられたのですよね」
「ああ、最近だけどな」
「でしたら、お金のことはなんとかなるかもしれません。毎年行われているお祭りがもう少しで開かれますから」
「祭り……?」
そう聞き返したところ、ウルが楽しさを目一杯表現するように笑みを浮かべた。
「はい、海の秘宝です!」





