◆第三話『自分との戦い』
黒の塔40階。
試練の間前にて。
アッシュはクララ、ルナと向き合う形で座り込んでいた。先ほど主に挑んだのだが、予想外の敵を前にあえなく撤退。いまは攻略法を話し合っているところだ。
「クララから殺ろう」
「でも、アッシュくん放置って厄介じゃない?」
「ヒールも同じぐらい厄介だし、それにクララは柔らかいからね」
「うぅ……」
会話だけを切り取れば物騒だが、べつに仲間割れをしているわけではなかった。ここの主がドッペルゲンガーと呼ばれる魔物で挑戦者の姿そっくりに化けるのだ。各々の呼称を使っているのはそのためだ。
「クララ、自分の分身庇いすぎだろ。あれ敵だぜ」
「だって自分が攻撃されてるみたいでいやなんだもん」
「まあ、いい気分じゃないのはたしかだけどな。でも、それは俺たちも同じだろ」
「一番に狙われるのがいやなのー。あたしが一番弱いみたいで。実際そうだけどー……」
クララが頬を膨らまし、口を尖らせる。
敵は姿だけでなく装備も真似ている。柔らかいローブを装備しているクララを真っ先に狙うのは仕方のないことだ。
「とりあえずクララは俺の分身に《ゴーストハンド》をかけて鈍らせて放置してくれ」
「でも、そのまま危なくない? 斬撃放ってくるし」
「距離をとれば問題ない。あれ、あんまり遠くまでは届かないからな」
試練の間で言うと、手前の壁から最奥の壁まで届くことはない。半分にも届かないぐらいだ。その点、魔法のアローやレイ系は最奥の壁まで余裕で届く。
「分身アッシュが鈍化してる間に仕留めたいところだけど、ボクの矢も当たる気がしないしなぁ。かといってレリックの光のカーテンで《フロストレイ》も《ウインドアロー》も防がれちゃうし……やっぱり放置が良さそうだね」
そう結論付けたルナに、クララが眉尻を下げながら言う。
「でも、アッシュくんに《ゴーストハンド》だけって不安かも」
「たしかに強引に近づいてきそう」
「なんなら《フレイムピラー》で囲んじゃうとかどうかな?」
「それいいね」
クララとルナによる談義はとても弾んでいた。
「て、徹底してるな……」
「これでもまだ足りないぐらいだよっ」
このうえなにをするというのか。
敵とはいえ自分の分身が相手とあって複雑だ。
クララの気持ちが少しわかったような気がした。
「まあいい。そんじゃ俺の分身が足止めくらってる間にルナはクララの分身を。俺がルナの分身を仕留めるってことで。長引くと面倒だから一気に決めるぞ」
「了解。アッシュ、分身だけど……ボクのこと優しくしてね」
「……大人しくしてくれたらな」
◆◆◆◆◆
転移魔法陣を介して試練の間へと入った。
最奥の壁付近にはクララとルナのドッペルゲンガーが立っている。二度目の対峙だが、何度見てもそっくりだ。ルナは飄々と、クララは少し不安げと雰囲気まで似ている。並ばれたらどちらが本物かきっとわからないだろう。
「ってあれ、俺の分身がいないな」
そう口にした途端、右手側から違和感を覚えた。アッシュは右隣に立つクララを押しのけ、即座に違和感のほうへと飛んだ。目の前に飛び込んできたのは自身とまったく同じ姿の敵。どうやら侵入者が来るのを待ち受けていたようだ。
――完全に先手をとられた。
相手から突き出されたスティレット。それをアッシュはソードブレイカーで弾きつつ、こちらもスティレットを突き出した。が、同じようにソードブレイカーで弾かれてしまう。
「ちぃっ」
我ながら面倒くさい相手だ。
「待ち伏せって、アッシュくんそれ反則だよ!」
「俺に言うなっ」
とはいえ、もし自分が主側だったとしたら、おそらく同じようにしていたのは間違いない。思考パターンもやはり似ているようだ。
クララの文句に言い返しながら、アッシュはスティレットを引いた。まずは敵を離すのが先決だ。ただクララ、ルナを背負っているため、後退はできない。
相手を後退させるよう攻撃を繰り出すが、逆に相手は離れまいとぐいぐい肉迫してきた。強引だが、隙がない。これでは打ち合いに応じるしかない。互いの武器が高速でかち合い、そのたびに甲高い音が響く。
「ルナ、クララ! 相手を牽制しつつ俺から離れろ!」
「了解!」
ルナとクララが自分の分身たちと戦闘を始めたようだ。ルナの白の属性石で強化された矢、クララの《フレイムピラー》や《フロストレイ》によっていまだうっすらと暗い試練の間が明るく照らされる。
「アッシュくん、離れたよ!」
クララの合図が聞こえるやいなや、アッシュは眼前の分身へと蹴り上げを放ち、そのまま後方へと宙返り。距離をとった。
分身がすぐに距離を縮めようと向かってくるが、その動きが一気に鈍くなる。クララが《ゴーストハンド》をかけたのだ。相手だけでなく、こちらにも《ゴーストハンド》がかけられる。分身クララによるものだ。
ふいにドスッと音が鳴った。
分身クララの額にルナの矢が突き刺さったのだ。分身クララはそのまま後ろ向きに倒れると、黒い影となって消滅していく。
「ひぃっ、あたしの頭がぁあああっ」
「余所見したらこうなるってことだね」
どうやらルナはずっと隙を狙っていたようだ。ただ、それは敵の分身ルナも同じだった。クララに向かって矢が放たれていた。だが、ルナがクララを抱きかかえる形で前に倒し、それを回避させる。
「自分が相手だとわかりやすいね」
「ルナさん、ありがと!」
すぐさま立ち上がったルナが、自身の分身と矢の打ち合いをはじめる。
その最中、完全にフリーとなったクララが分身アッシュに向かって《ゴーストハンド》を上書き。当初の予定どおり《フレイムピラー》で周りを囲んだ。発動が幾つも重なったことにより、地鳴りのような音が響き渡る。
「アッシュくん!」
「任せた!」
アッシュは弾かれるようにして分身ルナのほうへと駆け出した。
2人のルナはいまも互いに矢を射合っている。回避行動もとりながらの正確な射撃はさすがで、まるで曲芸を見ているようだった。
分身ルナがこちらの接近に気づき、矢を向けてくる。が、その引かれた矢が放たれることはなかった。肩に白い光を纏った矢が突き刺さったのだ。ルナの矢だ。
アッシュはその隙に一気に肉迫。スティレットでその胸を一突きした。たとえ分身であっても仲間を刺すのはいい気がしない。唯一の救いは温もりを感じなかったことか。
「うわぁっ」
分身ルナが黒い影となって消えゆく中、クララの驚くような声が聞こえてきた。すぐさま振り向くと、分身アッシュ――敵が《フレイムピラー》の檻から脱出していた。ただ、無理やりだったのか。全身が焼け焦げたように黒ずんでいる。
敵が一直線にクララへと向かって走り出す。ルナが牽制に矢を放ち続けるが、すべてがソードブレイカーによって弾かれてしまう。
「クララ、焦るな! 《ゴーストハンド》かけなおせ! ルナは足を狙え!」
《ゴーストハンド》によって鈍化したのち、ルナが執拗に足を狙い続ける。と、敵はその場に釘付けになった。
2人が敵を足止めしている間にアッシュは距離を縮めていた。敵の背後に回り込み、斬りかかろうとする。接近に気づいた敵がこちらを向く。直後、その後頭部へと矢が向かっていくが、しかしソードブレイカーに弾かれて命中することはなかった。
「なっ」
背後も見ずに弾かれたとあってか、ルナが驚愕の声をあげた。だが、片手を封じてくれただけでも充分だ。
アッシュはスティレットを突き出した。敵もまたスティレットを繰り出して弾いてくるが、こちらにはまだ左手に持ったソードブレイカーが残っている。それをもって敵の横腹を斬り裂いた。
瞬間、敵がぴたりと止まる。麻痺強化石の効果だ。耐性の有無に関しては情報がなかったが、どうやら効いているようだった。
その一瞬を使って先ほど弾かれたスティレットをまた繰り出し、喉へと突き刺した。自分と同じ姿をしているが、仲間の姿をした敵を斬ることに比べればなんの辛さもなかった。
ついにくず折れた分身アッシュは、ほかのドッペルゲンガー同様に黒い影となり、宝石を残して消滅していった。
「自分で言うのもなんだが、鬱陶しい相手だったな」
早速宝石を食べはじめたガマルを見ながら、アッシュは嘆息まじりにこぼした。
「でも、やっぱりアッシュくんとは違うかも」
「ボクもそう思う。このアッシュ、最初から最後までボクたちしか見てなかったからね」
近寄ってきたクララとルナが言った。
たしかに分身アッシュはほかの仲間のことをまるで気にしていなかった。おそらく後衛を守るという意識がなかったのだろう。
「アッシュがいつもボクたちの状況を見ながら戦ってるの、ちゃんとわかってるからね」
たしかに彼女らの様子は頻繁に窺うようにしている。
もちろん厳しいときはあるが。
ただ、感謝するように改まって言われると少し照れくさい。アッシュは髪をかきながら話題を変えることにした。
「にしても、これでようやく全部40階越えたか」
「やっとだね~」
気のない返事をしたクララはすでにガマルと一緒に戦利品漁りに勤しんでいる。相変わらずの姿を目にしながら、アッシュはルナと苦笑しあう。
「このあとどうする? やっぱり予定どおり宿探し?」
「しないとだな。ウルにも話はつけてあるし」
いい条件の宿は果たして見つかるのか。
昨夜、見せてもらった1日1500ジュリーという凄まじく高級な宿は無理にしても、自分たちが納得できる範囲で最高の宿をなんとかして見つけたいところだ。





