◆第一話『住み慣れた場所』
シーサーペント討伐から5日後のこと。
早めに狩りを終え、アッシュは仲間とともに中央広場で各々の装備強化をはかることにした。委託販売所で購入品を唸りながら悩み、その後は交換屋と鍛冶屋に寄り――。
全員が満足する形で帰路についた。
中央広場から北東に抜け、ブランの止まり木へと向かう通りを歩く。
「結局、麻痺2つに硬度強化3つにしたんだね」
隣を歩くルナが言った。
彼女の視線は、こちらの腰――ソードブレイカーに向いている。
「最近はあんまり鞭を使う機会もないしな。それなら麻痺をこっちにつけたほうがいいと思ってさ」
「5等級からは耐性つきが多いみたいだけど、雑魚狩りにはまだまだ有用だしね」
「そういうことだ」
聞いた話では、試練の間の主には麻痺がほとんど効かないという。効いても時間が著しく短縮されるそうだ。ほんの一瞬でも硬直というのは、ある意味反則級の効果だ。そういった耐性がつけられるのも無理はないかもしれない。
「そっちはようやくだな。毒弓」
「うん、かなりかかっちゃったけど」
ルナは苦笑しながら弓を軽く持ち上げた。
握り手のそばには紫の宝石が5つはめられている。
毒の強化石は1つ5万ジュリー。すでに2つ所持していたので実際の出費は15万ジュリーだが、それでも10階前後をうろちょろしていた頃は考えられないほどの額だ。
「解除するたびに費用はかかるけど、それでも強化石の現物を買い直すよりは遥かに安いからね。今後も等級が上がるたびに作るつもり」
「早く試したくて仕方ないって顔してるぜ」
「そりゃあね。でも、その気持ちならクララには負けるかな」
言って、ルナが前方に視線を向ける。
促されるがままそちらを見ると、クララが視界に入った。彼女は跳ねるように歩きながら、空にかざした左手を見つめている。
「ふんふんふ~~ん。えへへ~……」
「随分とご機嫌だな」
クララはくるりと振り返ると、弾けるような笑みを浮かべた。
「うんっ。だってようやく欲しい補助魔法が揃ったんだもん。《プロテクション》に《マジックシールド》でしょ。あと《インテュイション》と《アキュレイト》っ!」
クララは委託販売所で《プロテクション》、《インテュイション》、《アキュレイト》の補助魔法3種に加えて4個の指輪を購入していた。指輪はほかとは違って等級による区別はなく、1つしか穴がない。そのため、4種の補助魔法を使いたいなら4個購入する必要があった。ちなみに1つ5千ジュリーだ。
「えいっ」
クララが嬉しそうに補助魔法をかけてきた。
4種の光に体が包み込まれる。
「どう、どう?」
「魔物もいないとこでかけられてもな」
「むぅ、もっとこう感動してくれてもいいのに」
「でもまあ、前にオルヴィにかけてもらったのと同じ感じだ」
リッチキング戦の前、ソレイユのオルヴィにかけてもらった補助魔法とまったく同じ4種だった。《プロテクション》と《マジックシールド》は損傷軽減系なのでいまは体感できないが、直観力上昇の《インテュイション》と攻撃精度上昇の《アキュレイト》に関してはわずかにだが違いが出ている。といっても頭がすっきりする程度だが。
「そうそう。オルヴィさんのを見て、あたしも2人にかけたいなって思ったんだー。えいっ」
クララはルナにも補助魔法4種をかけた。
ルナが光に包まれた自身の体を見下ろしながら頷く。
「うん、いいね。強くなった気がする」
「でしょー! やっぱりルナさんはわかってるー!」
クララが調子よくルナに抱きついた。
なんだか悪者にされたような気分だ。
「でも、魔力量の関係で回復に攻撃、補助と全部こなす魔術師型はほとんどないみたいだね。基本的には回復魔法と、攻撃魔法か補助魔法って感じみたい」
ルナの言うとおりだった。
有名どころでは……。
オルヴィは補助魔法と回復魔法。
ロウは攻撃魔法と回復魔法。
といった構成だった。
「そう考えると3つすべてを使い放題なのはかなりの強みだな」
クララは《精霊の泉》という血統技術のおかげで魔力が尽きることはない。
「でも、あんまり多すぎると重くて身動きとれなくなっちゃうかも……。それにあんまり多いと混乱しちゃうし」
「その辺りは取捨選択して洗練していかないとだな」
ロウに関しては両腕に10本以上の腕輪を身に着けていた。それでも状況によって見事に使いこなしていたのは彼の技量あってのことだ。まだまだ場慣れしていないクララは使う魔法を絞って対応、成長してもらうしかないだろう。
「しっかし、強化はできたけど相応にジュリーも飛んでったなー」
「だね。ボクなんてもう3万しかないよ」
「あたしあと2千……」
クララが青ざめながらぼそりと言った。
最近、アルカナローブを揃えたうえに今回の補助魔法購入だ。仕方ないといえば仕方ない気もする。
「昔を思い出す金欠具合だな」
「う、うぅ……」
「まあ、昔とは違って狩りの収入も増えてるし、またすぐに稼げるよ」
たしかに収入は増えたが、装備を整えるための出費は格段に増えている。欲を言えば、まだまだ強化し足りないのでジュリーはいくらあっても足りないぐらいだ。
大きく変わったのは暮らしの部分だろう。初めは高いと感じた家賃1日100ジュリーもいまではまったく気にならない。むしろ安いと感じるぐらいだ。
話しているうちに《ブランの止まり木》に辿りついた。たたた、と走り出したクララが、いの一番に扉を開ける。
「ブランさん、ただいま~~っ」
彼女に続いてアッシュはルナとともに宿の中に入る。
受付に座っていたブランが、こちらを見るなり「やっと帰ってきたか」とこぼした。本をパタンと閉じて受付から出てくる。
普段なら無言で「ふんっ」と鼻を鳴らすだけだが、いったいどうしたのだろうか。アッシュは思わず仲間とともに身構えてしまう。
「お前たちに言わないといけないことがあってね」
ブランが少しの間だけ目を瞑って息を吐くと、まるで突き放すかのように続きを口にした。
「ここから出ていきな」





