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人間ウォッチング

作者: 頭山怚朗

 僕の趣味は人間ウォッチグだ。対象の人間を決めたら観察し、その人間がどんな人間か推定する。生活環境、職業、家族等……。で、その後、対象人間の後をつけて検証する。どの程度、自分の推定が正しかったか?

 観察、推定、検証する。“人間ウォッチング”は知的趣味で、ぼくは“ポアロ”なのだ。

 その日、僕はK珈琲店S店に入ると店内を見回した。

 若いアベックが目に付いた。男は何処かで見たことがあるが、誰か思い出せなかった。何処かの会社の御曹司、また名を“馬鹿息子”だろう。女は美人だ。正直、羨ましい。この二人は、まだ、結婚はしていない。でも、セックスはバンバンしている。今日は土、日と祝日の月曜の三連休の前の金曜の夜。ここで二人は待ち合わせ、高速に乗り月曜の夕方までのドライブに出かける……。と、推定した。ぼくは“ポアロ”だ。

 ふと気づいた。僕以外にも彼等を観察している男がいる。男はアベックからちょっと離れたテーブルに腰掛けていた。四十五歳前後で無職。“職業”といえる仕事には就いていない、せいぜい“こそ泥”だ。


 アベックは肉たっぷりのサンドイッチとコーヒーで夕食を終えると店を出た。男がアベックを追い、続いてぼくも店を出た。アベックの車の後を中年男が追い、その後を追った。アベックの車は予想通り高速のICの中に入ったけれど、男の車はそのまま県道を直進し僕は男の後を追った。ぼくの興味はアベックから中年男に代わっていた。

 男の車はある一軒屋の前に止まった。なかなかの豪邸だった。男の住む家ではない、と判断した。家の窓から明かりが漏れていたが、男は玄関脇の花の鉢を上げその下から鍵を出し玄関戸を開き中に入った。この家はあのアベックの羨ましい男の自宅で、男の車が高速に乗ったのを確認して留守宅を狙ったのだ。この時のために以前からアベックを観察していた。……と、ぼくは推定した。ぼくは“ホームズ”だ。

 三十分くらいで男は何か手にして家から出てきて車を発進させ、ぼくはその後を追った。

 男の車はやがて山道に入った。ぼくもその後を追うと男の車が消えていた。

 何処へ行った? ぼくは車を止めた……。あの男は何処へ行った?

 突然、衝撃を受けた。後から追突されたのだ。

 あの中年男が車のドアを開け、ぼくを運転席から引きずりだした。

「何か、おれに用事か? 」と男が言った。「お前、喫茶店からおれをつけてきた! 」

「べ、別に……。ぼくの行き先とあんたの行き先が、偶然、一緒なだけだ 」やっと、それだけぼくは言った。背中にびっしょり汗をかいていた。

「じゃ、この道はこの先何処へ行く? 」と、男。

 いい質問だった。ぼくは答えられなかった。

「あんた、泥棒だろう! 」と、ぼくは精一杯虚勢を張って言った。「警察に通報してやる」

「泥棒? 」と、男は妙に落ち着いて言った。「それは間違いだ。おれは“強盗”。でも、必要ならこれから“殺し”もする」

 男が冗談を言っているのでないのが分かった。ぼくは殺されるのだ……。


 ぼくは、今、R警察署にいる。でも、幸いなことに遺体安置所ではなく、小さな会議室で刑事さんの説明を聞いている。刑事さんの説明によると(刑事さんもK珈琲店にいた、らしい……)、あのアベックの男は御曹司でも、馬鹿息子でもない。ベンチャー企業の経営者。一月前、テレビで紹介されていた。ぼくはそれを見ていたのだ。で、あの男は若き社長さんを観察し社長さんが恋人と何処かへドライブに出かけた隙に留守宅に泥棒に入る計画を立てた。ここまでなら、よくある話(?)かも知れない。でも、今回はここにぼくが登場して話を複雑にした。優秀な刑事さんはアベックの男がベンチャー企業の若き経営者であること、それを観察している男が犯罪者であること、さらに犯罪者を観察している若者にも気づいた。でも、若者の正体は分からなかった。若者、つまりぼくは自分も観察されていたなんて少しも気づかなかった。

 さすが、本物の刑事さんだ。優秀な刑事さんは、ぼくが殺される直前に救ってくれたのだ……。

 ぼくが趣味の“人間ウォッチング”の話をし終えると、命の恩人の優秀な刑事さんは言った。「あの男は今回こそ留守宅を狙ったが、これまでに強盗を何件もやってきた。死んでも不思議でないくらいの怪我をさせたことも何度もある。あなた、無事でよかった」

 あの男はぼくが人間ウォッチグで推定した“こそ泥”でなく、きわめて凶暴な“強盗”だった。

 そして、ぼくは“ポアロ”でも“お間抜けポアロ”だった……。


ヤフーブログに再投稿予定です。

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