神隠し3
昔の田舎の風景そのままがそこにあって…ふいに少女に戻ったような感覚に襲われる。
田んぼや畑が広がっていて茶色い道が続いている。
「いくぞ」
「あ…。」
先に歩いていく大股のアイを追いかけながら、周りを観察する。
綺麗な小川には、魚が泳いでいた。
田んぼは田植え直前のように水をたたえおり、太陽が水面に反射して、きらきらとにはいることに少し躊躇した。
「いらっしゃい。天原へ。」
そんな声が聞こえてきた。
不思議な声に…足が、引き寄せられた…。
いている。
「…………。」
水面の青が見えて…思わず、空を見上げた。
広がっているのは青い空。…見慣れた、空だった。
どこか、別の場所にきてしまったということを忘れそうになる。
きょろきょろしながらも、藍色の背中を見逃さないように歩いていく。
少しは気にしてくれたのか、歩幅が少しゆっくりになっている
ちりーん。ちりーんっとどこからか音がした。
鈴虫かと思いながら…草むらの中へ視線を向ける。
こんな、時期に?という疑問はあるけれど…。
「おや、旅の方。」
そうして聞こえてのはそんな言葉。渋い低い声だった。
声に誘われるように視線を向けるとすらりとした男性が立っていた。いつの間にかすぐ前に。
その格好は、お坊さんのものだろうと思う。
和服に袈裟、丸い笠をかぶっていて、下駄をはいている。
手にはカウベルのような鈴を持っていた、先ほどの音はこれだったのだろうと、想像がつく。
「どこへ行かれるのですか。旅のお方。」
笠の下から顔が見えた。
つるりとした、卵のような肌に目鼻が付いている。
アイと同じように、整いすぎている顔だった。
「え…あの…。」
「そやつは鬼ですぞ。一緒にいかぬ方がよろしい。」
アイを指さして、静かにそう言う。
「え……」
「さ、私が手引きをします故、逃げましょう」
そういって、すっと…手を握られる。
「…え…え?…」
「…それにしても、あなたは素敵な女性で…あだっ!」
がんっと、すごい音がしたのと同時に、彼の台詞が止まった
「文。」
ドスの利いた声で、名前を呼ばれる。
「…フミ…?」
「…嫌だなぁ。青鬼サン。軽い挨拶でしょう。」
一変、へらっと軽い感じの声になった。声でずいぶん印象が変わる。
「お嬢ちゃん名前は?」
そういわれると、とたんに嘘くさく感じてしまう。
少なくとも、アイの方が信用できると判断して、咄嗟に、アイの後ろに隠れた。
「あー………。なんでそんなに青鬼サンに懐かれてるんですかね。」
「文が不審すぎるんだ。…名前はミコトだ。」
文と呼ばれた彼にそういって…アイは振り向いた。
「いくぞ」
そう言うとまた大股で歩き出す。
「あ……うん。」
「俺は文ってよんでくれ。ミコちゃん」
「あ……はい…。」
一つ会釈をして、アイを追いかける。
「あれは、狸だ。人を化かすのが趣味のようなやつだ、気をつけろ。」
並んだとところで、アイがそういった。
「狸…」
「まぁ、名前はころころ変わるだろうがな。文と呼んでやれ。」
そういいながら、さらに歩いていく。
向かっていくのは、瓦葺きの屋根の建物だと分かる。
「あそこにいくのよね?」
「あぁ。詳しい説明はコリセイに聞け。」
「コリセイ…って?」
「……俺と違って、まともで面倒見のいい女だ。」
「アイも十分まともじゃないの…?」
「…まぁ、文と比べたらな。」
そんな会話をしながら、歩いていく。
少なくとも、いきなりナンパしてくるような文よりはまともだろうと思う。
「にゃぁ。にゃぁ。にゃぁん。」
「なぁ、なぁあ、なぁーぉ」
そんなことを考えていると、妙に甘ったるい声が聞こえてきた。
きょろきょろと辺りを見回すと水車小屋の前、日の当たる場所で白と茶色がじゃれあっていた。
人型であるが…見間違いでなければ、頭に耳が生えているし、尻尾もある。
「…ネコミミ…」
そう言えば、猫の甘えたような声はなおも続いている。
「あれは猫又だ。あまり見てやるな。あいつらは、まだ若い。猫の本能が抜けてないんだろう。」
「………………。」
そういわれて…少し考えたあと、何を言いたいのかが分かって。ぱっと視線を逸らした。
野良猫が、この時期に発情していたことを思い出した。つまりはそういうことだろう。
気まずくなって、俯いてアイの背中を追った。
なおも甘い声は響いていた…。
遠くに見えていた時は、さほど思わなかったが近づいていくと、大きな家だというのが分かった。
「ここが、家だ。…目的地はこっち。」
そういって、家の横を通り奥まった場所へ歩いていく。
倉のような白い壁の建物へ向かっているようだった。
「コリセイ。適合者だ。」
いとも簡単に、その戸を開けて中へ声をかけて入っていく。
暗い倉の中には入ることに少し躊躇した。
「いらっしゃい。天原へ。」
そんな声が聞こえてきた。
不思議な声に…足が、引き寄せられた…。