兄妹? 従兄妹なら……
ふと、サンジュは疑問に思った。
「あのさ。カイトとジュスティビエーヌも、知ってたの? ジークが皇子で、デジレが皇女だってこと?」
「知ってた」
「知ってたにゃ」
カイトとジュスティビエーヌが声を合わせた。
「ほら。サンジュの無実がわかってお祝いの日、お菓子を食べながら、クロエが教えてくれたんだよ」
「あのお菓子は、別腹だったにゃ」
「なぜ、俺には教えてくれなかったのさ!」
サンジュはクロエに詰め寄った。
クロエは神経質に、束ねた髪を指で触った。
「デジレ姫から頼まれてたの。サンジュ……さん? ……には内緒にしておいてって。彼女、普通の女の子として、サンジュと一緒にいたかったんだと思う」
普通の、
女の子として。
皇女ではなく、ただの少女、デジレとして。
「それはいったい、どういう……」
「鈍い男だにゃ、おみゃーさんは」
ジュスティビエーヌが肘でつつく。
「でもね。デジレが一番好きなのは、ジークなんだよっ」
むきになって、カイトが叫ぶ。
「第一、皇女とサルじゃ、釣り合わないしぃーーー」
「これ、カイト!」
「こりゃ!」
クロエとジュスティビエーヌが声を合わせ、同時に、カイトの頭を、ぽかんと叩いた。
「ジークは、兄だがや。鬼畜なことを言うでにゃー」
勢いよくジュスティビエーヌは叫んだが、クロエは黙っていた。
「なんでぇ。ほんとのこと言っただけなのにぃ。うえーーーーん」
凄まじい泣き声が響き渡り、車が左右にがくがく揺れた。
「実は……これは、今まで誰にも言わなかったことだけど……」
カイトの泣き声が収まり、皆の鼓膜が正常に戻った頃、ためらいがちに、クロエが切り出した。
「話していいものかどうか……」
「いいにきまってるよ」
「あなたたちを……信用していいのかしら?」
「いいに決まってるがや」
「信用してよ。この澄んだ少年の瞳を見て」カイトが言う。
「……いくら瞳が澄んでいても、心が邪悪じゃあねえ」
クロエがためらっている。
「わしらとおみゃーさんは、同じ釜のメシを食った仲だにぃ」
「私は、生の鹿肉なんか食べてない!」
「俺らは、守護だ」
思い切って、サンジュは言った。
「俺はまだ決めかねているけど、カイトは空、ジュスティビエーヌは愛、そしてクロエは知。一人ひとり、守るべき大事なものを持っている。大切なものを持っている人間は、人を、裏切ったりしないと思うんだ」
「そう……ね」
クロエは、サンジュの目を見た。
「あなたの言うとおりだわ、サンジュ。あなた達を信じる。それに、……私一人の胸にしまっておくには、あまりに重すぎるから」
クロエは思い切ったように、ゆっくりと話し始めた。
「以前、内緒で、帝と二人の子ども……ジークフリード皇子とデジレ姫……の、親子関係を調べたことがあるの。二人が、本当に帝の子かどうかを、プレ・ワールドの技術を使って」
「なんでそんなことを?」
と、カイト。
「帝とジークのあまりの仲の悪さ……それが、気になったの」
「ジークは帝の子ではないと疑ったんだにゃ」
「それもあるけど……」
クロエは微妙に目を伏せた。
カイトとジュスティビエーヌは、訳知り顔に頷いている。
デリケートな問題なので、サンジュは、口を出せない。
ややあってから、すっとんきょうな声で、ジュスティビエーヌが叫んだ。
「馬鹿なことをするにゃあ。ジークもデジレも、帝と同じ血を持つ子に決まってるにゃ」
「……ちがったの」
「ちが……った? え?」
カイトとジュスティビエーヌが、同時に叫んだ。
サンジュも唖然とした。
「どういうこと?」
「待って。今、説明する。プレ・ワールドには、そういう技術があったの。体の細胞……頬の裏を綿棒でこするとか、毛根とか……を比較することによって、親子であるかどうか、わかるのよ。私は、どちらかというと、ジークと帝の関係を知りたかったの。その点からいえば、ジークは間違いなく、帝の血を分けた子だったわ。でも……ついでに調べただけなのに……デジレ姫は違ったの」
大きく息を吸って続けた。
「帝とデジレ姫の間に、親子関係を示す有意な因子は、存在しなかったのよ。それどころか……二人は全くのアカの他人だったの」
「帝とデジレ姫が、アカの他人?」
呆然としてカイトが尋ねた。
「そんなこと、この国の人は、誰一人として、疑ったこともないよ」
「帝は、このことを、知ってるのかにゃ?」
「知らない。というか、私は、お伝えしなかった」
せき込んでカイトが尋ねる。
「ジークとデジレは?」
「教えてない。教えられるもんですか」
「よかったね、サンジュ」
いきなりカイトはサンジュを振り返った。
サンジュは戸惑った。
「なんで?」
「もー! だからぁ、ジークもデジレも、自分たちは兄妹だと思い込んでいるんだよ? 本当はアカの他人なのに」
「正確には、従兄妹ね。お母さん同士が姉妹だから」
クロエが訂正する。
サンジュはしばらく考えてから言った。
「教えてあげた方がいいのかな」
「馬鹿、サンジュ!」
ジュスティビエーヌが叫んだ。
「黙っとりゃ、いいにゃ。永遠に、お口にチャァーック!」
「だが……」
サンジュは納得がいかなかった。
「ジークには、話した方がいいんじゃないか? ジークは、いい奴だ。俺らと同じ守護なんだ」
ジュスティビエーヌとカイトが顔を見合わせるのが見えた。
あきれたようにカイトが、肩を竦める。
クロエが何か言いかけ、口を閉じた。
もう一度、思い切ったように口を開く。
「もし、ジークが……帝がデジレの父親でないと知ったら……。彼は、確実に帝を殺すわ。ジークが帝を殺さなかったのは、自分の父親であるからではない。デジレの父親であると信じているからよ」
「……」
サンジュは、石で殴られたような気になった。
さらにデジレが言葉を重ねた。
「このことは、誰も知らない筈。私は今日、初めて話した。……あなた達に」
「わかった。秘密は守る」
深く、サンジュは頷いた。
ジークに親殺しをさせるわけには、絶対に、いかない。
ジュスティビエーヌは、なにやら考え込んでいるようだった。やがて、ぼそりとつぶやいた。
「デジレは帝の血を引いていない。ということは、だにゃ。つまり、イゾルテ妃は、ふりん……」
「駄目。仮にも王妃よ。亡くなった王妃のことを、そんな風に言うものじゃないわ。それに……」
クロエは、大きく頭を振ってから続けた。
「もし、帝がこの事実を知ったら、デジレ姫の安全は、脅かされるわ。デジレには、忠実なメイド、マリアンヌがついている。でも、彼女も、万能ではない……」
「自分と無関係な他人だと知ったら、帝が何をするかわからない、ってこと? 危害を加えることもありうる、と?」
カイトが聞いた。自分で尋ねておいて、大きく頷いた。
「ありうる。おおいにありうる。あの帝、嫉妬深そうだからな。自分の奥さんがジークのせいで死んだって、未だに恨んでるし。その、愛するイゾルテ妃が産んだデジレが、他人の子だった、なんて知ったら……」
なぜかここで、うっとりした目になった。
「帝はきっと、デジレを、八つ裂きにするよ。大きな金の鳥かごに入れて、上から吊るす。そして四方八方から鋭い槍で突き刺す。吹き出すデジレの血は、どんなに美しいだろう」
「駄目だ! そんなこと、口にするのも、俺が許さない!」
「なんでサンジュが?」
カイトはきょとんとして、サンジュを見た。
サンジュは慌てた。
カイトのこの異常気質は、いつものことだ。
今回は、過剰に反応してしまった……。
「いや、その、つまり、カイトは、デジレ姫が殺されてもいいのか?」
「いいわけないよ。ボクは、デジレ姫のファンなんだ」
「だったら、そんなこと、言うな。デジレを槍で……」
言葉が詰まった。
カイトが初めて、しゅんとした顔になった。
「ごめん。人を殺す話になると、殺されるのが誰か、なんてこと、頭から抜け落ちちゃうんだ。デジレは、いい人だもんね。優しいおねえさんだ。ボクが悪かったよ」
ジュスティビエーヌが、ぽん、と手をたたいた。
「わかった。約束は守るにゃ。このことは、誰にも話さない」
ほぼ同時に、カイトとサンジュが続く。
「ボクも」
「俺も。沈黙は守る」
「よかった。これでやっと、心の重荷を分かち合えた気がする。……あなた達が、担ってくれたのね」
心なしか、クロエの頬に、血の気が戻った気がした。




