表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
テイルス・オブ・アンタクティカ  作者: せりもも


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

50/57

父と息子

■父と息子


 ジークのバリアが幸いした。

 人々は、次第に意識を取り戻しつつある。


 マリアンヌは、デジレの元へ走っていった。

その手を取り、かいがいしく、世話を始める。


 倒れている人々に、クロエが、応急処置を施していた。

 ジュスティビエーヌとカイトも、言われるままに、水を運んだり、体を保温したり、走り回っている。


 「サンジュ、水っ!」


「こっちはタオルが足りんにゃ」


「え? ああ……」


 サンジュは、ただ、突っ立っていた。

 倒れている人の鼻に、気付けの小瓶を当てていたクロエが、瓶を置き、サンジュに近寄ってきた。


 「しっかりなさい。何をぼんやりしているの?」


「俺が、空へと飛ばさなければ……」


「カイトが魔物を殺したことは、守護として、当然の務めなのよ」


「わかっている」


「ジュスティビエーヌを救ったのよ、あなたは」


「しかし、俺がもう少し思慮深く行動していたら、あの魔物だって、死ぬことはなかったろうに。あいつだって、もっと生きたかったと思う」


 クロエは、サンジュの腕を叩いた。

「コングラの最後の教えは何?」


 ……敵に、必ずとどめを刺せ。魔に属するものを、生かして帰してはならぬ……

老師の声が、サンジュの耳に蘇った。


 もしかしたら、自分はまだ、一人前の守護ではないのかもしれないと、サンジュは心細く思った。


 不意に、悲鳴があがった。


 はっとして、振り返ったサンジュの目に、ジークが、帝に剣の切っ先を突き付けている姿が映った。


「なにをするんだ!」


「来るな」


 駆け寄ろうとするサンジュを、ジークが制した。

 ジークは帝と向かい合って立ち、その剣は、帝の喉を、まっすぐに狙っている。


「さあ、本当のことを言うんだ。わざと結界を弱めたろう」


帝は、寸分の迷いも見せず、ジークの眉間の真ん中をにらみつけた。

 人々は、塑像(そぞう)のように立ち尽くす。


「お前は、サンジュを殺す為に、城に呼んだ。いや、違うんかな? サンジュを見た途端、殺したくなった。いずれにしろ」


ぐいと、剣をつきつける。


「初めから、結界を緩める気だったんだ。臣下たちのことは、どうでもよかったのだろう」


 広間は、静まり返っている。

 まるで誰もその場に存在しないかのように。


「ちょっと待ってくれ」


喉に込み上げるいがいがしたものを飲み下し、ようやく、サンジュは言葉を発した。


「殺す為に、俺を城へ呼んだ? どういうことだ? なぜ帝は、俺を殺さなくちゃならない?」


「それは、君が……」


ジークは言い淀んだ。

 思い切ったように顔を上げ、サンジュを見据えた。


「君が、黄色い肌の男だからだ。すまない、サンジュ。こんな風に言って……」


「いや……。そんなことより、どうして俺の肌が黄色いと、帝は俺を殺したくなるんだ?」


「君が魔物を呼び込んだと言えるからだよ。全てを君のせいにできるからだ」


……いにしえの昔、黄色い肌の民は、結界を超えることを許されなかった。その民族が世界を滅亡に導いたから……。


 クロエが教えてくれた事実が、再び、サンジュの胸をえぐる。


「そんな……」


「この男は、魔物を呼び込み、それを君のせいにしようとした。魔物が現れたのは、自分が、こっそり結界をゆるめたせいなのに」


「結界をこっそりゆるめる? なんてこった。なんで帝は、そんなことを……」


「この男は、時々、楽しみのために、そういうことをする」


ジークは、大きく息を吸った。


「母上を死なせた、あの時のように」


「この者を捉えよ。帝を侮辱した、この者を捉えるのじゃ」


帝が叫んだ。

 だが、衛兵たちは、凍りついたように動かない。


「なにをしておる。こやつを捉えよ。帝の命を聞かぬは、死罪じゃ」


 「ジーク様、もう、参りましょう」


剣を帝に突き付けて立ち尽くすジークの袖を、ユージンが引いた。


「このままでは、衛兵達にまで累が及びます。結界が緩んだのは、事故。いずれにせよ、そう処理されるのです。……十一年前のあの時と同じく」


「それは、故意ではないのか。殺意ではないのか」


ジークは叫んだ。


 そして、はっとして息をのんだ。


「結界を緩め、魔物を呼び、僕を……僕を、殺そうとしたのか」


誰も答えない。


「そんなにも、僕は、憎まれているのか? 実の父親に?」


低い声でジークは笑った。

 今まで聞いたこともない、奇妙な声だった。


「ジーク……」


 そんな笑い方をするジークが、痛ましかった。

 サンジュに声をかけられ、ジークは白い顔を振り向けた。


 その顔にはまだ、帝に向けられていた凄味のある微笑が残っていた。

 サンジュは、出会ったばかりの頃のことを思い出した。

 殺したい人間がいるのかと尋ねた時、ジークは、きっとサンジュをにらみつけた。


 ……いる、と言ったら?


 同じ言葉が、今、サンジュの脳裏に蘇る。

 ジークは、父王を殺す為に、この国で唯一、殺人が許されている守護になったというのか。


 ジークの目線がサンジュのそれと交錯した。

 一瞬、その目にためらいの色が見えた気がした。

 帝の喉に突き付けた剣の切っ先が、細かく震える。


 ジークとサンジュの間に割り込むように、ユージンが進み出た。


「それを知って、何になります? あなたは、廃太子。もはや、ラウルス皇家とは、完全に縁が切れているのです」


ジークは深くうな垂れた。


「あなたには、わたくしがついております。忠実な臣下、ユージン・オマールが。世界は広うございます。この国、このアンタクティカ大陸の他にも、必ずや、生きる場所はございます」


 クロエがユージンに、目で合図を送ったのを、サンジュは見た気がした。

 カイトもジュスティビエーヌも、見て見ぬふりをしているような気がしてならない。


 ユージンは、そっと、ジークの肩を抱いた。

 ジークの剣が、帝の喉を外れた。

 からん、と乾いた音をたてて、大理石の床に転がった。


 不意に、ジークの表情に力が戻った。


「デジレは、連れて行く。薬で自由を奪うような父親の元に、妹を置いていくわけにはいかない」


「それは、無理だ」


帝は立ち上がり、デジレの前に立ちはだかった。


「デジレの飲んでいる薬は、切らすことのできぬ薬。効果が切れれば、命にかかわる。そして、その素となる薬草は、この王宮にしかない。そうであったな、クロエ」


「御意」


「ちょっと、待ってくれ」


 とても自分の出る幕ではないと、サンジュは思った。

 でも、このまま見過ごしにできなかった。


 デジレは、何も聞こえていないし、何も見えていないようだった。

 これがあの、一緒にほうきで空を飛び、湖ではしゃいでいたデジレなのか。

 牢獄で宝石のように輝き、内気そうにタオルを差し出した、あの……。


 「デジレは、もう、元には戻らないのか?」


「大丈夫、今回は薬の量が、多かっただけよ。強い薬だから……」


 ……とても強い薬で、分量を誤ると、大変なことになる……

 赤ちゃんの頃浴びた魔毒のせいで、薬が手放せないようになったと、デジレは言っていた。

 

 なんてことだ。

 皇宮にいながら、デジレは、魔毒にさらされたというのか。


 帝が、顔を歪めた。

 それが、不敵な笑みであることに、サンジュは気がついた、


「結界が張り巡らされた皇宮の奥の奥、そこに魔物が入り込めると、誰が思うか。近くに守護がいなかったのも、当り前。だが、神聖なる後宮に、魔物を呼び込んだものがおるのじゃ」


帝は目を細めた。

 猫なで声で問いかけた。


「のう、守護サンジュ。誰のせいでデジレは、魔毒にさらされたと思うか」


「恐れながら……」


ユージンが進み出たのを、帝は鞘に納められたままの剣で突き払った。

 鞘の先が鳩尾を突き、ユージンは倒れた。


「ユージン!」


ジークが駆け寄ろうとした。


「ジークフリート!」


雷のような激しい声が、辺りの空気を震わせた。

 帝は、烈しくジークを睨みつけている。

 まるで、視線で射殺そうとしているかのように。


「事実は曲げられまい。のう、廃太子。誰のせいで、デジレは魔毒に晒された?」


「答える必要はありません」


腹部を抑え、背を丸めたままの姿勢で、ユージンが、必死でジークににじりよる。


「黙れ、下郎。臣下の分際で朕に逆らうか」


「私の勤めは、ジークフリード様をお守りすること。その為には、たとえ相手が、今上陛下であろうと、一歩も引くつもりはありませぬ」


「おのれ……」


「いいんだ、ユージン」


ジークがユージンの肩に手をかけた。


「全て……」


小さな声が、喉から絞り出される。


「全て……僕の」


「なんじゃ? 聞こえぬぞ」


「全て、僕のせいだ。デジレが魔毒に晒されたのは、僕のせいなんだ」


ジークの声は弱々しかった。

 けれども、聞き間違いようがなかった。


 サンジュは震えた。


 帝の冷徹な声が響く。


「聞いたか、守護サンジュ。デジレは、の、実の兄のせいで魔毒にさらされ、このように薬を切らせぬようになったのじゃ。そして、この薬は、王宮にしかない。この王宮でしか、作らせていないからだ」


帝は、ぐっと、ジークを睨み据えた。


「デジレは、渡さぬ」


 ジークは、わなわなと唇を震わせた。

 長い時間に思われた。

 だが、ほんの一時だったのだろう。

 ユージンを後ろに従え、マントをはためかせて、ジークは、去って行った。

 かつかつという、固い足音が、いつまでも、謁見の間に響いてきた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
cont_access.php?citi_cont_id=231030255&s
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ