妹を助けて
ジークは止めた方がいいと言ったけど、サンジュは、優しさの守護を名乗るつもりだった。
それなのに今、グスタフは、優しさなんか、気味が悪いと言った。
自分の価値観をきっぱりと否定されて、サンジュは、軽い眩暈を感じた。
かろうじて、彼は言った。
「だが、あんたは、ペネロペには、とても優しかった」
ペネロペの名が出た途端、グスタフの顔に、苦しそうな表情が浮かんだ。
「ペネロペ。そうだ。俺は、あんたに頼みがある。守護サンジュ。お願いだ。ペネロペを、俺の妹を、助けてやってくれ」
「俺に……そんなことができるのか?」
横たわるペネロペの余命が少ないことを、サンジュは、はっきりと感じ取っていた。
「腎臓」が悪いと、グスタフは言った。
それがどこかわからないけど、長くとも、数日のうちに、ペネロペの命が尽きることは、サンジュにも、はっきりわかった。
彼女の体からは、すでに、死の匂いがしている。
「できる。君にしか、ペネロペを救えない」
だが、グスタフは、断言した。
「さっき、王城からの使者が、塔へ入るのを見た。なんとか帝に、腎移植の許可を願い出てくれ」
「腎移植?」
「腎臓を移植するのだ。帝のチームが獲得した知識によれば、ペネロペの細胞を使って、健康な腎臓を培養することも可能なはず。もし、間に合わないというのなら、俺の腎臓を提供してもいい」
「ちょっと待ってくれ。君の腎臓をあの子に提供? そんなことしたら、君はどうなるんだい?」
「大丈夫だ。人間には腎臓は、2つある。そのうちの1つで、ペネロペを救えるなら、安いものだ」
細胞、培養、移植。
サンジュには、わからないことだらけだった。
前に、コングラ師が、生き物の体には、無駄なものなどひとつもないと話していたことを、サンジュは思い出した。
グスタフの言うことはよくわからない。
けれども、そんな大事な自分の体の一部を、あっさり譲り渡してしまえるほど、彼が妹を大事に思っていることだけは、サンジュにもよくわかった。
グスタフは続けた。
「城壁の外で暮らす俺たちの知識には、限界があるんだ。何事も一から考えるのには、限界がある。知識とは、伝承だ。歴史が長いほど、深い知識が蓄積される。人類は一度、滅亡した。俺たちの知識は、その時点でリセットされてしまったものだ。リセット後、自分たちで一から考え、発展させてきたものだ。しかし、帝は違う。プレ・ワールドを継承し、さらに発展させた知識・技術を、彼は持っているのだ」
「それを使えば、ペネロペは助かるというのだな?」
「そうだ」
「じゃあ、自分で帝に頼めばいいじゃないか。優しい国の王だもの、無下に断ったりしないはずだ」
「さっき言ったろう。俺らは城壁の外に住んでいる。……反逆の民なんだよ」
「でも、同じラウルス皇国の人間だ」
「何もわかってないな」
グスタフはため息をついた。
「知識を蓄える者は……たとえそれが、未発達で不完全なものであっても……帝にとっては、脅威なんだ」
では、自分は、帝の敵と向かい合っているのか?
サンジュは、激しく混乱した。
この男は、帝の敵なのか。
「お願いだ、サンジュ。あんたから帝に頼んでくれ。守護のあんたなら、それが可能だ。ペネロペに、どうか、新しい腎臓を移植してくれるよう、あんたから帝に、願い出てくれ」
「『いしょく』すれば、本当に、ペネロペは助かるのか?」
とてもそうとは思えなかった。
サンジュの野生の勘では、ペネロペの寿命は尽きているはずだった。
だが、グスタフは、力強く頷いた。
「そうだ。助かる」
「わかった。王城へ伺候した時、帝にお願いしてみる」
この男がそう信じている以上、自分も信じてみよう、とサンジュは思った。
自分の体を削っても妹を助けたいという、その心に沿ってやりたい。
それに、あんなに若いまま死んでしまうのでは、ペネロペがかわいそうすぎる。
生きられるものなら、もっともっと生きさせてやりたいと思った。




