誘拐
「だから言ったろ。やさしさの守護なんて、やめたほうがいいって。だいたい、この国の、誰が、やさしいっていうんだい?」
てきぱきと、工具を梱包しながら、ジークが言った。
デジレと別れ、そのまままっすぐに塔の喫茶室へ行く気になれなかった。
デジレと顔を合わせるのは、気恥ずかしい。しかもその上、クロエやカイト、ジュスティビエーヌまで、塔にはいる。
不自然な言動があったら、何を言われるか、わかったものではない。
そのうちに、デジレは帰るだろう。
それまでに時間つぶしにと、庭の隅に立てられたジークの作業所に向かった。
今日の食事会に、ジークは呼ばれていない。だから、ジークのところなら安全だと、サンジュは思ったのだ。
そこでは、エレメントの加工が、終盤を迎えていた。
ジークによると、細かな部品は、ほぼ、作り終えたらしい。
「組み立てるのは、海の近くでやらないと。だって、巨大な乗り物を、ここから海岸まで運ぶのは、並大抵でないからね」
「どういうものを作っているのか、俺には、見当もつかないよ」
「僕は、海洋の守護を目指しているからね」
「船のようなもの?」
「それだけじゃなくてね。海の底に潜ったり、それから……エレメントの効果で、魔物の毒の中を走行できるようにも、なるはずだ」
「魔物の毒って……結界を超える気か?」
サンジュは驚いた。
結界を超えたものは、自身もまた、魔物になってしまう。
そのことを知らない、ジークでもあるまい。
「前に、殺したいやつがいると、言ったよね」
いつものさわやかさには似つかわしくない、ぼそりとした声が、ジークの口から滑り出た。
サンジュは思わず、息を詰めた。
「僕の母は、そいつのせいで、死んだ。……殺された。魔物にやられたんだ。母は、僕らを、かばって、死んだ。僕と、妹と」
音をたてて、息を吸った。
「妹は、そいつの手にある。妹は、完全に自由じゃないんだ。本当に自由になる為には、この国から……この大陸から、出る必要がある。ここにいたら、ダメなんだよ」
サンジュには、よくわからなかった。
ただ、ジークが、聞き手を必要としていることだけは、よくわかった。
だから、サンジュは、何も言わずに、耳を傾けた。
「地球の全てが、魔毒に犯されているなんて、誰にわかる? プレ・ワールドの滅亡から、1000年。どこかに、毒が晴れた大地が、あるかもしれないじゃないか。……君が、なによりの証拠だ。アンタクティカ大陸にはない、肌の色をした君が。サンジュ。君は、どこから来たんだ?」
サンジュには、答えられなかった。
「それがどこであろうと、僕は、そこに、妹を連れて行く。あいつを倒して。……殺して。それが、僕が守護になった、理由だ」
青く澄んだ瞳が、サンジュを、まっすぐに見つめてくる。
不意に、既視感に囚われた。
つい最近、色は違うが、同じ輝きを放つ瞳を、すごく間近で見た覚えがある。
それは、たしか……。
その時、外で、叫び声がした。
高くか細い、少女の声である。
心臓が掴まれたような恐怖を感じた。
あれは、デジレの声だ。
サンジュが、作業所の外へ走り出てみると、 ほうきからぶら下がったデジレが、数人の屈強な男たちに、引きずり降ろされようとしていた。
塔の使用人ではない。
揃いの軍服に身を固めた、見知らぬ男たちだ。
サンジュの鋭い動体視力は、彼らの軍服の胸に、ラウルス皇国・皇帝の紋章を認めた……ような気がした。
「サンジュさん、助けて……」
跳ねあがるほうきの端に、必死でしがみつきながら、デジレが、すがるような目線を送ってきた。
「何をするんだ!」
怒りのあまり、視界が震えた。
「手を放せ!」
男たちに殴りかかろうとしたその時……。
強い衝撃が、背中から全身を走った。
「な……」
渾身の力を込めて振り返ると、すぐ後ろに、ユージンが立っていた。
ばちばちと音を立てる光を発する、なにかを持っている。
作業所から、ゆっくりとジークが出てきた。
ついさっきまで、あれほどまでに熱く語っていたのに、今は、全くの無表情だ。
「デ、ジレ……」
サンジュは、その場に、崩れ落ちた。




