コングラの出番
「ゲオルグの狙いは、遺産でした」
クロエの塔から離れ、広い野原の、道ともいえぬ土の上を歩きながら、デジレが言った。
事件から一週間が経っていた。
デジレは、その後の経過を、サンジュに話してくれた。
ゲオルグには、姉がいた。
その姉が、イワンたちの母であり、殺されたフョードルの妻である。
ゲオルグと姉は、当分に、遺産を受け継いだ。
しかし、計画性のないゲオルグは、自分の分を、すっかり使い果たしてしまった。
一方の姉は、一番下のアリョーシャを産むと、すぐに亡くなった。
この姉は、弟のゲオルグと違って、堅実な性格だったので、遺産はかなりの額、残されていた。
姉の夫、フョードルは、ろくに働かず、帝の慈悲で最低限の生活を保証されることを選んだような男なので、叔父のゲオルグが、子どもたちの後見人となった。
そしてゲオルグは、姉が、子ども達に残された遺産を使い果たしてしまった。
ゲオルグの生活のぜいたくさは、群を抜いていた。
そのぜいたくさのために、子どもたちの取り分まで、使い果たしてしまったのだ。
そこへ、フョードルから、子どもたちの取り分についての請求がきた。
しかし、遺産は、もう、ない。
財産の詐取は、重い罪に処される。
切羽詰まったゲオルグは、フョードル殺害を決意した。
……黄色い肌の男がアルスの町に来た……。
これが、ゲオルグがフョードル殺害を決意したきっかけだったという。
しかも、その男は、守護だという。
……守護なら、罪に問われることがない。
取り調べに対して、そう、語ったのだそうだ。
「やっぱり」
サンジュはつぶやいた。
「そんな気がしていたんだ。ゲオルグは、本当は、いい人なんだ。俺にも優しくしてくれて。そんな彼に、人殺しを決意させてしまったのは、この俺なんだ。俺さえ、アルスの町へ行かなければ……ゲオルグは罪を犯すこともなかったろうし、フョードルだってまだ、生きていた」
「そして、子どもたちは、今でも、虐待を受け続けていたことでしょう」
デジレの言葉に、サンジュははっとした。
「でも、殺されていい人間なんて、この世にいないよ」
道は、塔への方向からそれていた。少し下り坂になって、続いていく。
「俺は……」
何を言いたいのか、自分でもわからなかった。
サンジュは足を早めた。
デジレの隣を歩くことが、息苦しかった。
後ろから、ぱたぱたと、小走りでついてくる足音がする。
サンジュの速度に合わせようと、必死で走っているようだ。
不意に、サンジュは立ち止まった。
「俺は、子どもたちから、父親を奪ってしまった。正直な農民を、犯罪者にしてしまった」
「子どもたちは、今、どこにいると思います?」
デジレは、いたずらっぽい顔をしてた。
サンジュの前に回り込み、背伸びをして、顔を見上げている。
「コングラ師が引き取りました」
「え?」
「死体の頭がつるつるだった元凶、それは、コングラ師だということになりましたの」
「いや、その……」
……素っ裸にひんむいて、頭もつるつるにして、その辺にぶんなげてやる……
子ども達をこれ以上殴らないように、フョードルを脅しつけた時に、サンジュが口にした言葉である。
サンジュに罪を着せる為、ゲオルグは、この言葉通り、フョードルの髪を剃った。もちろん、証拠を洗い流す為という理由もあったのだけれども。
確かに、怒りに駆られてこの言葉を口にした時、サンジュの頭には、コングラ師のことがあった。常に頭が禿ることを恐れている、老師のことが。
デジレが、おかしそうに、頬を緩めている。
「想像してごらんあそばせ。あの頑固なおじいちゃんが、赤ちゃんをおんぶしているところを」
「イワンは、守護に?」
自分も守護になりたいと、小さなイワンは言っていた。
でも……。
魔物と戦うことは、常に危険と隣り合わせだ。
まだ、なにもわからぬ小さな子どもに、守護への道を歩ませていいものか……。
サンジュ自身、赤子の頃から、気がついたら守護になる為の修行を受けていた。
後悔はしていないが、自分の意志というものがなかったサンジュには、イワンに同じ道を歩ませることに、ためらいの気持ちの方が大きい。
自分と違って、イワンは、町の暮らしを知っている。
もっとほかの生き方があるのではないだろうか。
もっと楽な、もっと楽しい……。
自分がアルスを訪れたせいで、父親が殺され、叔父が犯罪者になってしまったのだ。
イワンには、幸せな人生を歩んでもらいたかった。
「イワンが守護になるかどうかは、大きくなってから、本人に決めさせるそうです。それと、適性があるかどうかも、コングラ師に見立ててもらって」
「よかった……」
再び、サンジュは、道を下りだした。
前よりもっと、ゆっくりと。




