殺人
■殺人
やわらかく、何かが何かを、しきりに叩く音。
冷静に考えれば、雨が屋根に落ちてくる音だということは、すぐにわかる。
しかし、サンジュには、わからなかった。
こうも眠りに執着していては。
「大変だ! 起きて下さい!」
ゲオルグにたたき起こされた時も、まだ、頭が、ぼう、としていた。
「義兄が! フョードルが、死んでいる!」
そう言われた時も、まだ、状況がのみこめていなかった。
頭が、割れるように痛んだ。
ゲオルグは、サンジュの手を引いて、外へ走り出た。
その部屋は1階にあり、部屋から直接外へ出れたのだ。
家の外の、農道の外れに、フョードルが倒れていた。
裸だった。
それに勝る、違和感。
髪の毛が、一本残らず、きれいに剃られていた。
ふと、目の端に、青い、ふわふわしたものが映った。
ゲオルグが死体に気を取られているすきに、サンジュは、それを拾い上げた。
いっぺんに目が覚めた。
「うーん、死因は、こめかみを、火箸のような、先が鋭い棒で突き刺したことによる失血、および、脳の損傷だな。頭骨を、貫通している」
フョードルの死体は、ゲオルグの家の厩に運び込まれていた。
医者が呼ばれ、簡単な検視が行われている。
おそるおそる、ゲオルグが問いかけた。
「じ、事故ですか……?」
「農道の真ん中に倒れていたんだろう? 周囲には、何もないし、先のとがった棒状のものも発見されていない。事故だとしたら、よほど特殊な状況だろうねえ」
「じゃ、自殺?」
「自分で自分のこめかみを突き刺して死ねるやつは、そうそう、いないと思うよ」
「ということは……」
「殺人!」
狭い厩にぎゅう詰めになって、医師の手元を覗き込んでいた人々は、色めきたった。
医師は、黙って、死体を裏返した。
どす黒い死斑が浮かんだ臀部が露わになる。
医師は、いきなり、その尻に、体温計を突き刺した。
「死後、まだ、それほど時間は経っていないようだ。直腸温度から計算すると、死亡推定時刻は、おおよそ、今から6時間ほど前、昨夜12時前後ということになる」
しんと静まり返った人々の上に、その声は、まるで死刑宣告のように、重々しく響いた。
「そ、その時間、俺らは、まだ、飲んでいたよな」
ゲオルグが、上ずった声で、同意を求めた。
「そうだ。まだ、みんな一緒だった」
「長い時間、席を外したやつもいない」
人々は、口をそろえて、うなずき合った。
「あたしらも、ハンナの家で、お茶してたよ」
後ろの方で、こそこそ話していた女性たちの一人が、黄色い声をあげた。
「この地域の連中は、みな、潔白だ」
「殺すなかれの戒律を犯すようなやつは、ここにはいない!」
「そうだそうだ。みな、アマデウス皇帝の、忠実なしもべだ」
「やさしい国、ラウルス皇国の民は、決して、人を殺したりしない!」
「でも、誰かが、フョードルを殺した。殺すなかれの戒律を犯したやつがいるんだ」
「その時間にアリバイのないやつって、誰だ?」
……アリバイってなんだ?
サンジュにはわからなかった。
ただ、何人かが、こちらに目を向けたように思った。
ゆうべ、12時ころ……飲みなれない酒を飲み、前後不覚に眠っていた時間帯だ。
個室に通され、一人で眠っていたから、サンジュには、無実を証明してくれる人がいない。
おまけに、その部屋は1階で、自由に外へと出入りができる。
「そういえば……」
口ひげを生やした男がつぶやいた。
「フョードルの頭に傘を突きつけて、次は、もっと深く突き刺してやると……。素っ裸にひんむいて、頭もつるつるにすると……前にそう、言ったやつがいる……」
みんなの視線が、一斉に、サンジュに突き刺さった。




