デジレ
サンジュは、目の前の顔を、しげしげと見つめた。
ぱっちりとした瞳は、月の光を浴びて、つややかに濡れたようだ。頬は、白桃のように瑞々しく、産毛の一本一本までみえそうなほど、滑らかだ。
それに、ぷっくりした、赤く小さな唇。
金色の巻き毛が、お人形のような顔を、豪華に取り巻いている。
なにしろ、至近距離なので、好きなだけ見ていられる。
「あのう。重いようでしたら、下におろしていただいてもかまいませんが」
小さな声が、恥ずかしそうにささやいた。
認識の波が、どっと襲ってきた。
サンジュは、魔女の女の子を、お姫様抱っこしていたのだ。
至近距離なわけだ。
「わっ!」
思わず悲鳴をあげ、腕の中のものを放り出す。
くるりと背を向け、一目散に駆け出そうとする。
理解不能な事態に立ち至った時に、ともかく逃げ出そういう、動物の本能である。
「お待ちください」
一緒に前に出たサンジュの右手右足が、ぴたりと止まった。
待ってくれと言われなくても、このままでは、転ぶに決まっている。
「助けて下さって、ありがとうございました。危うくわたくし、死ぬところでした」
「はあ」
恐る恐る振り返る。
女の子もまた、サンジュに背を向けていた。
ふわふわした髪、ほっそりとした肩、きゅっとくびれたウエスト。
そして、形のいい……。
サンジュは慌てて、顔を元に戻した。
あふれるほどの月の光の下、二人、お互いに背を向けあって立っている。
「わたくしは、デジレと申します」
「俺、いや、僕は、サンジュです」
ちょっと考えて、付け足した。
「この国の守護です」
「守護・サンジュ……。あなたが。お名前は、かねがね」
「えっ?」
「いえ、あの。有名な方ですもの。誰でも存じておりますわ」
そう言われて、サンジュは、有頂天になった。
それで、ちょっと、調子に乗った。
「いったい、どうして、空から落ちてきたんですか?」
「おねえさま方について、塔のクロエさまの御許へ伺う途中だったのです。でも、わたくし、ほうきの運転に慣れてなくて」
「ほうきに乗って、クロエの塔へ……?」
「わたくし、なにをやっても、だめなんです。本当に、いやになってしまう。今夜だって、あなたがいらっしゃらなかったら、どうなっていたことか」
「それにしても、あなたをおいて行ってしまうなんて、ひどいお姉様方ですね」
「いいえ、わたくしが悪いのです。それに、今夜はサバトですもの。遅刻するわけにはまいりません」
「サバト?」
クロエの名前が出てきた辺りから、悪い予感しまくりなのだが、行き先が、自分と同じなのは、いいことだと思った。
だって、いつ竜や魔物が出るかわからない夜の野原に、女の子を、たった一人で放っておくわけにはいくまい?
自分を納得させてから、サンジュは言った。
「おれ……自分も、クロエの塔へ帰る途中なのです。一緒に行きましょう」
「まあ。よろしいのですか?」
本当に嬉しそうに、女の子は言った。




