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テイルス・オブ・アンタクティカ  作者: せりもも


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イワンの父

 「イワン! イッワーァン!」


荒々しい、男の叫び声がして、がたがたと、鉄の階段が鳴動する。

 続いて、幼い女の子たちが、激しく泣く声が聞こえた。


「こら、お前ら。どこへ行く。うちでおとなしくしてろと、言ったじゃないか」


ぴしゃりと鈍い、肉をたたく音。


「親のいうことをきかない奴らは、こうだ!」




 「大変だ、親父が帰ってきた。サンジュ、アリョーシャを頼む」


短くそういうと、イワンは、赤ん坊をサンジュに押し付けた。


 しっとりと湿った、暖かいものを押し付けられ、サンジュは、戸惑った。

 だから、一瞬、出遅れた。


 外廊下へ飛び出すと、イワンが、太った男に、張り手をされたところだった。

 ぶくぶくと、不健康に太った男だ。


「呼んだらすぐこいと、あれほど言ったろう。親の言うことを聞かないやつは……」


襟首をしっかりとつかまれたまま、何度も頬を張られ、イワンの頭が、ぐらぐら揺れる。

 サンジュは、かっとした。


「おっさん!」


叫ぶなり、一歩踏み出し、赤ん坊を抱いていることを思い出して、戸惑った。


 どこかに置こうときょろきょろしたが、下手なところに寝かせると、誰かが踏みつけてしまいそうだ。

 仕方がないので抱っこしたまま、手近にあった傘を手に取った。


 まことにしまらないが、仕方がない。


「なんだ、お前!」


男の半分眠ったような目が、きっと見開いた。

 腐った果物の匂いが、ぷんとする。

 時々、コングラも、こんな匂いをさせていた。

 酒をのんでいやがるな、と、サンジュは思った。


 「子どもをたたくなんて、最低だ」


左に赤ん坊を、右に傘を手にして、サンジュは、ひょいと飛んだ。

 次の瞬間、傘の石突を、男のこめかみに、垂直に当てていた。


「その子から、手を放すんだ」


「……俺の子だ」


「関係ない」


固い金属の先を、ぐりぐり押し付ける。


「突き刺してやろうか」


「や、やめろ」


男は、イワンの襟首から手を外した。

 はずみで、イワンの体が、ぐらりと前のめった。


 サンジュは、声に力をこめた。


「今度、子どもたちにこんな真似したら、どんな目にあうか……」


ぐりぐりぐり、と、さらに押し付ける。


「わかるな?」


「自分の子に何をしようが、親の勝手だろうが……」


この期に及んで、親の権利と思い込んでいるものを、振りかざそうとする。

 しんから腐った野郎だと、汚らわしくさえ思えた。


「……その時は、もっと深く突き刺してやる」


突き飛ばすように、男の背を、どんと押した。


「それから、素っ裸にひんむいて、頭もつるつるにして、その辺にぶんなげてやる」


 ちなみに、頭がつるつるになることを、死ぬより恐れているのは、サンジュの老師でえある。


 「わ、わかった。しねえよ」


気迫だけは通じたのか、ふてくされたように言う。

 柿の熟したような匂いが、ふわりと漂ってきて、気持ちが悪い。


「覚えてろよ」


ふらふらと、外へ出て行った。


 「つ、つおい……」


妹のどちらかが、つぶやいた。




 建物の入口に、わいわいと人が集まってきた。


 サンジュは慌てて、赤ん坊を、妹の一人に抱かせると、ジャケットを脱いで、頭にひょいと被った。


「騒ぎになるから、俺は行く。イワン、さっきは助けてくれて、ありがとな。今度は、俺の番だ。なんかあったら……あ、そうだ」


急に思い出した。



 今朝、出かける直前に、クロエから、「すまほ」とかいう、カードくらいの大きさの板を渡された。


「使い方はわかるわよね」


と聞かれた。

 もちろん、わからない。どころか、初めて見た。

 しかし、わからないというのもしゃくなので、黙ってうなずいた。


 妙な板だった。ここへ来る途中、何の脈絡もなく光ったり、TPOもわきまえずに音楽を奏でたり、とにかく「すまほ」は、、自由気ままに振る舞っていた。

 クロエによると、これを持っていると、遠く離れていても、連絡ができるということだ。



「これ、渡しとく。使い方は、知ってるよね?」


イワンは、こくんと頷いた。


 すごい。

 ひそかに、サンジュは思った。


 「すまほ」が、どうやって知らせてくるのか不明だったが、とにかくこれで、父親が暴発したとき、イワンにも、連絡手段ができたわけだ。


 「イワーン!」


人波を蹴破って、一人の男が、階段を駆け上がってきた。


「イワン、大丈夫だったか? サーシャとリージャ、アリョーシャも!」


男は、赤ん坊を抱きあげ、イワンの頭を撫でさすり、少女たちに代わる代わる頬ずりした。


「あなたが、子どもたちを……」


いきなり、サンジュの顔を覗き込んだ。

 とっさに隠したが、間に合わなかった。


 男は、息を飲んだ。


「……私は、ゲオルグと申します。姉の子どもたちを守ってくださって、ありがとう。フョードルには、誰もが手を焼いているのです」


 男は、指すような目線で、サンジュの顔を覗き見ている。

 だが、肌の色のことは、一言も口にしなかった。


 サンジュは小さく頷き、ジャケットを、ぴったりと頭部に密着させた。

 顔を隠したまま、かんかんと音をさせて階段を下り、人波を肩で押すようにして、外へ出た。

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