知の守護、クロエ
明るい筈である。
等のてっぺんの、その部屋は、全面、ガラス張りになっていた。
天井もガラスなら、側面の壁の部分も、透明なガラスである。
斜めに傾いた陽の光が、小さな部屋に、眩しいくらい、強烈に、差し込んでいた。
夕日に照らされた床には、細かな色石で、魔法陣が描かれていた。
その中央に、女性が、立っていた。
女性というものにあまりなじみのないサンジュは、最初、彫像だと思った。
そのくらい、動かなかったのだ。
静かに、目を閉じている。
指の先まで、ぴんと伸びている片手を、高く差し上げている。
もう片方の手は、だらりと下げたままだ。
彫の深い、はっきりとした顔立ちの女性だった。黒い髪は縄のように編んで、頭のまわりに巻きつけていた。
そして、肌の色も、黒かった。
黒、というと語弊がある。あくまで、カイトやジークと比べて、という意味である。この二人と比べれば、サンジュも地黒ではあるが、目の前の女性の肌の色は、それよりさらに濃かった。
きめの細かい、滑らかな肌だ。
さまざまな色が細かく混じった、変わり織りのローブが、よく似合っている。
「前世界の知恵を、受信しているんだ」
不遜にも、その美しい女性を顎で指し示し、カイトがささやいた。
「前世界って……?」
サンジュが前と同じ質問をしようとした時、傍らに立っていたジュスティビエーヌが、素っ頓狂な声を張り上げた。
「いんにゃ。クロエの手を、よく見るがいい。上がっているのは、左の手だ」
「あっ、本当だ。左手を上げてる!」
「クロエのやつ、また、BLを受信しておるんだにゃ!」
当然のことながら、サンジュには、何のことやら、さっぱりわからなかった。
「腐女子めがっ!」
その時、彫像の目が、ぱちりと開いた。
漆黒の、印象的な瞳が現れた。
「腐女子上等! 男好きより、なんぼかマシ!」
「なんだってぇ~」
仲が悪いのは、プリンセス・イガミとジュスティビエーヌだけではなかったようだ。
ジュスティビエーヌとクロエは、喉の奥で低く唸りながら、睨み合っている。
「二人とも、やめなよ。初対面の人の前で、恥ずかしいよ」
おろおろとカイトがとりなそうとすると、二人そろって、こちらを向いた。
そして、息の合った声で叫んだ。
「お黙り、マザコン!」
「ひえーっ」
カイトの怯えた声を、初めて聞いた。
サンジュは、目を白黒させるばかりである。
黒い瞳に、サンジュの姿が映り、クロエは、息を整えた。
「いらっしゃい、コングラの後継、サンジュよ」
「今さら気取ったって、手遅れだがや」
ジュスティビエーヌが毒づくのを、クロエは、無視した。
「私は、クロエ。塔の守り人。また、知の守護」
この人も、守護なのだ、と、サンジュは思った。
「クロエ。教えてほしい。前世界ってなんだ? ここで、あんたは、何を、受信しているんだ?」
「ちょっとちょっと、ボクは、おなかが空いたよ。クロエ、何か、食べさせてよ」
「あっちも!」
カイトとジュスティビエーヌが叫び、つられて、サンジュの腹が、ぐう、と鳴った。
「確かに。先に客人をもてなすのが、礼儀。ジーヴス!」
クロエが両手を高く、打ち鳴らした。
扉が音もなく開き、きちんとした黒服姿の男が現れた。櫛目の通った髪をオールバックに流している。
「執事のジーヴスよ」
そう言うクロエの鼻は、得意げにひくついて見えた。
「美中年ってやつ? まったく、好きだねえ」
ジュスティビエーヌがつぶやいたが、無視された。
「ジーヴス、客人に、食事を」
「帝が民に賜る食事ですか? それとも、もてなしの食事でしょうか?」
ジーヴスは、値踏みするように、サンジュを見ている。
クロエは、にっこり笑った。
「こちらは守護、サンジュ。コングラの弟子です。貴人として、もてなすように」
「承知いたしました」
執事は一礼した。




