電波の塔
サンジュが歩き出すと、呆れたことに、ジュスティビエーヌは、こっくりこっくりと、居眠りを始めた。
やはり、年寄りなのだろうか。いや、竜と戦ったのだから、疲れて、当り前だ。
もう一人の連れ、カイトは、野原のあちこちに入り込んでは、一生懸命穴を掘っている。何をしているのか不明だが、色のついたガラス瓶を持っていた。
子どものすることに、構ってはいられない。サンジュは、構わず先を進む。二人の間が空きすぎると、カイトは慌てたように走ってきて、必ず、サンジュの前に割り込む。
後ろではなく、前、である。
そして、ガラス瓶を振りながら、得意げに、そっくり返って歩く。
どうやら、負けず嫌いな性格らしい。
そんなことより、目下のところ、サンジュが猛烈に気になっているのは、前を歩く、カイトの頭である。
正確には、そこから飛び出ている、角である。
「なあ、カイト。気を悪くしないでくれよ。君は、人間だって言ったよね」
「そうだよ」
「でも、君の、頭の、その……」
「ああ、これ」
カイトは振り返って、頭の上の、小さな、固そうな角を撫でた。
「いつの間にか、生えてきたんだよ」
「やはり、その、プリンセス・イガミの影響か?」
カイトは、自分がいつまでも子どもの姿でいるのも、人間が適応できないような上空を飛べるのも、竜の加護があるからだと言っていた。
「そうかもしれないね。プリンセス・イガミには、生き別れた子どもがいるっていうから、その子どもに、角があったのかもしれない」
そりゃ、竜の子どもだもの、角くらいはあるだろう。
「違うよ。プリンセス・イガミは、人間だよ。それがある時、竜になったんだ」
「?」
サンジュは驚いた。詳しい話を聞きたいと思った。
だが、カイトは、ぷいとよそをむいた。
「ここにいないヒトのことを、あれこれ言うのは、フェアじゃないなあ」
有無を言わさぬ口調だった。
じれったかったが、サンジュとしては、納得するしかない。
「わかった。じゃ、ジュスティビエーヌの話をしよう。さっきのあの変身といい、空を飛んでたことといい、あれは、どういうこと?」
「人前で着替えて、裸を見せつけるのは、ジュスティビエーヌの趣味。本人は、サービスだって言ってるけどね。空中元素固定装置……ま、気にしなくていいよ。空を飛んでたのは、クロエに、特別な靴をもらったんだろう。なにせクロエは、前世界からの技術を、受信できるから」
「前世界? 受信?」
「まあ、ついてきてごらん」
二人は、塔の前に到着していた。
円柱型の、高い塔である。
下の方には、窓は、一切、ない。
近くで見ると、四角く切り出した石を、隙間なくみっしり積み上げていた。どの石も、薄緑色に苔むしている。
カイトについて、塔の周りを一周し、ある地点で止まった。
すると、それまで、窓も扉もなかった壁面が、すうーっと横に動き、開口部が現れた。
「さ、行くよ」
カイトは、さっさと中へ入っていく。サンジュも、慌てて、後に続いた。
暖かかった外と違って、塔の中は、ひっそりと肌寒かった。
急に薄暗い中へ入ったので、目が、ちかちかする。
カイトは、慣れた風にすたすたと歩き、大きな鉄の扉を押しあけた。
その向こうは、石造りの階段だった。
大勢の人が上り下りしたものか、真ん中のすり減った石の階段が、螺旋を描きながら、上へ上へと登っている。
「これを登るのか?」
しかも、ジュスティビエーヌを背負ったまま?
体力自慢のサンジュも、ちょっと、うんざりした。
てっぺんに登りついた頃には、不覚にも、サンジュは、息を切らしていた。
背中の荷物が重かったからだけではない。
石造りの階段は、古くなっていて滑りやすく、その上、ステップが狭かった。
男としては、サンジュは、足は小さな方だけれども、それでも、時として、階段からはみ出しそうになり、ひやりとした。
その上、ジュスティビエーヌが、後生大事に持っているミョルニルが、ひっきりなしに、壁に当たり、変な方向に負荷がかかる。
本当に、冷や汗ものだった。
カイトは、足音だけを残して、飛ぶように階段を駆け上がっていた。
一番上の段に腰かけて、生意気そうな目をして、サンジュを見下ろしていた。
「僕の勝ちだよ」
鼻が、ひくひく蠢いている。
「別に。勝負なんか、してねーし」
つい、サンジュも、言い返してしまった。
「おお、お、着いたかの」
わざとらしく伸びをしつつ、ジュスティビエーヌが、目を覚ました。
本当は、ずっと前に、起きていたのを、サンジュは、知っている。
今まで、寝たふりをしてたのだ。
「サンジュ、ご苦労であったにゃ」
もう、何も言う気がしない。
生き生きとした動きで、ジュスティビエーヌは、塔のてっぺんの小部屋の扉を開けた。
中から、さっと、陽の光がこぼれてきた。




