吸血鬼と夜の街にて
クソったれな夜だ。これは死んだな、間違いなく。
夜の街を歩いていた俺は、ゴロツキ共に絡まれた。
この辺りは治安が悪いとホテルの人間に釘をさされていたというのに、全く俺と来たら。
仕方ないので有り金を全て渡すと伝え、コートのポケットに手を突っ込んだのだが――
「金もいただくが、お前もいただく」
下卑た笑いを俺に向けるゴロツキA。
おいおい冗談だろう。コイツらソッチの気があるのかよ。
「金髪、碧眼は高く売れるからなぁ」
ゴロツキBが説明してくれる。
成程、コイツらにソッチの気があるんじゃないのか。ソッチの気がある人間に俺を売ろうって算段か。
どちらにせよ俺の貞操と自由と金は奪われる。
めんどくさい。非常にめんどくさいが抵抗するしか無さそうだ。
相手はゴロツキ三人。
全員筋肉質で、その筋肉を見せびらかすようにタンクトップを着ている。
身長も高い。2メートル以上ありそうだ。180センチしかない俺とはリーチに大きな差がある。
ついでに言うと、ゴロツキAはスキンヘッド、ゴロツキBはモヒカン、ゴロツキCは坊主頭だ。
俺の抵抗は無駄に終わる――もし見ていた人間がいたならそう思うだろう。
その感想は正しい。俺が普通の人間だったなら抵抗は無駄に終わっただろう。
だが俺は普通の人間じゃない。
バケモノ共を駆逐するためだけに造られた存在――世間ではエクソシストだの吸血鬼狩人だの言われているが、名称などない。
バケモノ共を相手にするために鍛えられた俺は、そこいらのゴロツキ共にやられるはずが無い。
気をつけるべきことと言ったらやりすぎないことであろう。俺が殺すべきはバケモノ共であってゴロツキ共じゃない。
ハァ――ため息をつき、俺はポケットから手を抜きゴロツキAの首を狙って手刀を繰り出した。いや、正確には繰り出そうとした。
その瞬間空から降りてきたナニカが、一瞬でゴロツキ達を切り刻んだのだ。
音を出さずに崩れ落ちるゴロツキ共の体。
俺は動作を途中で止めることもできないまま、空を手刀で切り裂いた。
「今夜は良い夜ね。貴方みたいな素敵な人と踊るのにぴったりだわ」
漆黒のドレスからは青褪めた肌が覗いている美しい少女。その少女が鮮血のように真っ赤な瞳を俺に向けて囁く。
ゴロツキ共から噴出した血で周囲は真っ赤だというのに、彼女には一滴の血もかかっていない。
間違いない、この所業はバケモノの仕業だ。目の前のこの少女は正真正銘バケモノだ。
俺の狩人としての本能が言っている――このバケモノには勝てない。
クソったれな夜だ。これは死んだな、間違いなく。
「残念だが俺は年増が好みなんだ。ガキとは踊れねえよ」
努めて声が震えないように言う。
「そう……。残念ね、私は貴方より年上のはずなんだけど……」
「実年齢は問題じゃないさ。男は見た目で女を判断する」
「そっか。それじゃあ仕方ないわね」
少女が言い終わらないうちに俺は愛用の鞭をコートの内側から取り出し、振るった。
音を超える速度で放たれたその鞭を、少女はいとも容易く掴んで見せた。
そのまま少女は俺の目で捉えられないほどの速度で俺に近づき、右手で俺の首を掴む。そしてそのままゆっくりと首の後ろに手を回した。
「まだ話は終わってないわよ」
彼女が耳元で囁く。
不味い、魅了か?
少女の声に、俺の血液が沸き立つ。少女の肌に、俺の心臓が跳ねる。
冷静になれ。
このまま血を吸われれば、俺は吸血鬼の眷属となってしまう。
なんとか彼女から離れなければ。
彼女が首筋に口元を近づける。
よせ、やめろ。
はやくしてくれ。
二つの相反する思考が俺の頭を駆け巡る。
彼女は俺の首筋にキスし、舌をなぞらせる。
その感触に俺は打ち震え、膝を折る。足腰に力が入らず、そのまま倒れてしまう。
「貴方は面白いから血を吸ってアゲナイ」
そう言い残し彼女は去っていった。
去り際の彼女を睨みつけようと視線を上げたとき、彼女のスカートの中が見えた。
お尻の部分に描かれたかわいいクマさんの顔。
「なんだ、やっぱりガキじゃねえか……」
俺は吐き捨てるように呟いた。