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女騎士と修練場にて

「情けない。これだけ打ち合って、私から一本も取れないとは」


 木剣を僕の喉元に向け、ため息混じりに呟く。大量の汗で肌に張り付いたタンクトップ、タイトなミニスカートというラフな格好の女性。

 彼女は女性の身でありながら、この国の騎士団に在籍している騎士だ。彼女の卓越した剣技は、騎士団の中でも一、二を争うのではないかとの声もある。

 そんな天才とも呼べる彼女の幼馴染である僕は、いまだに騎士見習いという立場だ。

 僕は生来、身体を動かすことがあまり得意ではない。兵法や各国の旗、政治などには詳しいがそれだけだ。はっきり言って騎士には向いていないのだろう。

 そんな僕を騎士に相応しい男にしようと、彼女は遅くまで剣術の稽古をつけてくれている。

 だが、そういう彼女の優しさが僕には辛かった。

 守るべき女性に稽古をつけられているなど、なけなしのプライドが許せない。僕は彼女に幼い頃から恋をしていた。


「立て、せめて私から一本取って見せろ」


 そんな僕の気持ちを知らない彼女は、容赦なく僕に剣を打ち付ける。

 いくら打ち合っても僕が勝てるはずなどない。彼女は天才とも言われる剣士で現役の騎士だ。見習いの僕が勝てる理由などない。

 それでもなんとか彼女の剣筋に合わせるようにして猛攻を防ぐ。守りに徹していれば痛い思いをしなくて済む――。

 そんな甘い考えを彼女の一閃が切り裂く。彼女の振るった木剣が、僕の左腕を強烈に叩く。激痛に耐えかねて、木剣を落してしまう。


「やる気が――ないのか?」


 ただ守るだけの僕の剣を、彼女が責めている。僕の甘い考えなどお見通しなのだろう、彼女は優れた剣士なのだから。

 惨めで悔しくて、僕は涙を流してしまった。なぜ彼女はこんなにも強く、僕はこんなにも弱いのだろう。

 好きな人の前で泣いてしまうなど情けない。そんなことはわかっている。それでも僕の涙は止まらなかった。


「覚えているか? 昔、家の近くの大樹までかけっこをしたことを。 あの頃はお前の方が、足が速かった」


 彼女は急に何を言い出したのだろう。話の意図が掴めない。


「剣だってそうだ。私はお前に勝てなかった」


 そういう時代もあったかもしれない。でもそれは子供の頃の話だ。成長し大人になるにつれ、僕はかけっこでも、剣術でも勝てなくなった。

 

「お前はいつでも私の前を行き、いつでも私の目標だったんだ。だから……」


 彼女の声が震える。


「だから、そんな顔をしないでくれ……」


 彼女が僕のことをどう思っているか。今まで何度も考えたこと。何度も考えて答えなんて出なかった。

 けど、彼女は僕のことをそんな風に想っていてくれたのか。それなのに勝手に卑屈になり、彼女の顔を曇らせてしまった。

 男として、騎士としてこんなに情けないことがあるだろうか。


 僕は涙を拭き、落ちた剣を拾った。


「もう一度だけ手合わせしてもらえるかな」


 心を決めた。才能の差など、今すぐ越えてみせる。


「手は抜かないぞ」


 僕の顔を見て、嬉しそうに言い放つ彼女。その瞳は、少しだけ涙でにじんでいる。


「望むところだ」




 数合の打ち合いが続く。

 彼女の研ぎ澄まされた剣筋は、僕の隙を容赦なく攻めてくる。だが僕は守りには入らない。彼女に今、勝たなければならない。

 彼女の木剣が幾度となく僕の皮膚を掠める。恐れなければ意外にもあたらないものだな、などと暢気な思考が流れる。

 一方彼女は必死だった。僕を認めているからこそ、本気で僕を叩きのめそうとしている。僕にはそう見えた。


 長く続いている打ち合いは、少しずつ僕が押していた。

 先ほどまでの長い訓練、ずっと受け手に回っていた僕より、ずっと攻め手に回っていた彼女の方が体力を消耗していたのだろう。ここに来て彼女の剣筋は明らかに鈍っていた。


「クッ……」


 彼女が苦悶の声を上げる。こんなに苦しそうな彼女の顔は、騎士団の訓練でも見られない。

 僕は彼女の木剣を打ち上げ、あいた胴を薙いだ。

 彼女は咄嗟に反応し、後ろへステップするが――足を縺れさせて尻餅をついてしまう。

 尻餅をついた彼女の喉元に木剣を突きつける。


「負けたか……」


 負けたのにとても嬉しそうな彼女。

 その彼女の笑顔に見とれることなく、僕はある一点を凝視していた。


 尻餅をついている彼女の太もものその奥、開いたタイトスカートから白いショーツが見えていた。

 大量の汗を掻き、息を乱している彼女。タンクトップは汗で張り付き、彼女の身体のラインを強調していた。今まで必死に剣を振るっていたため気づかなかったが、とても扇情的だ。

 歳の割りに小ぶりな胸の先に小さな突起が見て取れる。彼女は気づいていないのだろうか、恥ずかしがるそぶりなどしていない。


 これ以上はいけない。僕は自制心を総動員させ、目をそらした。

 今、この修練場には僕と彼女しかいない。

 だからこそ、僕は自制心を働かせなければならない。


 彼女に手を差し伸べ、立たせる。


「良い剣筋だった。これなら騎士団に入っても恥ずかしくないだろう」


 彼女の顔を見ていると、先ほどまで情欲を掻き立てていた自分が恥ずかしくなる。


「そういうことに興味があるなら……その……。騎士団に入れたらいくらでも見せてやる。だからもう少しだけ我慢してくれ……な?」


 彼女は何でもお見通しのようだ。つくづく僕は自分が情けなくなった。 

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