約束
おれが倒れてから6日が過ぎた。おれが死ぬまで大体あと一日。それなのになぜか"死”に対する恐怖はさほどない。
おれとキールさんは今屋敷のベランダにいる。山に沈んでいく夕日がとても綺麗だった。別れを切り出すにはうってつけだ。押していた車椅子を止め、タイヤが動かないようにストッパーをかけてから話し始めた。
「キールさん、おれ明日からここに来れない」
「…そうですか」
キールさんはとても冷静だった。おれが心臓病を患っていると知ってから、キールさんはおれにあまり手伝いをさせようとしなかった。キールさんも足を悪くしているとはいえ、おれに無理をさせたくなかったのだろう。
「ごめんね、おれがここに来るって言ったのに」
「いえ、大変助かりました。今日まで、ありがとうございました」
キールさんは丁寧に頭を下げた。その表情は長い前髪に隠れてよく見えなかった。
「ううん、こちらこそ。…楽しかったよ、キールさんと一緒にいるの。本当はもっとずっと一緒にいたかった。でも、それは無理だったんだ…」
おれは車椅子の肘掛に両手を付き、彼に覆い被さるような格好になった。彼の吐息が鼻にかかるほど顔を近づける。キールさんはひどく混乱した様子で、慌てて顔を背けた。
「…な、なんですか、急に…。あ、あまり、その、こっち見ないで…」
「顔背けないで。こっち見て」
彼の声を遮って言う。躊躇いながらもキールさんはおれに顔を向けた。彼の細い顎を手でそっと掬い、上を向かせる。
「あ、あの…、凛さん…?」
「おれ、あなたのこと好き」
そう言っておれは、彼の唇を塞いだ。啄むような軽い口づけだったが、それだけで彼は余計混乱している。
「最期に言えてよかった。今までありがと、キールさん。…じゃあね」
混乱したままでいるキールさんを残して、おれはその場を去ろうとした。だが、キールさんの言葉でおれは引き止められた。
「わっ、わたしも…好きです。わたしも、あなたのこと好きですっ!」
キールさんは凛とした声で言い放った。彼がこんなに大きな声を出すところを初めて見た気がする。
「…キールさん…?」
「あ、あのっ、わたしも、あなたのこと好きです。凛さんのこと、もっと知りたいです。凛さんのいろんなことを知りたいです。だ、だから、また会いましょう…ね?」
キールさんは瞳を潤ませながら言った。相当の勇気を振り絞ったに違いない。おれは意思を固め、キールさんに近づいた。
「ありがと、キールさん。…おれ、改めて言うよ」
「おれ、キールさんのこと好きだった」
おれはキールさんを正面から見据えて、はっきりと言った。
「また、会おうね」
おれは次の日からキールさんの前に姿を現せることはなかった
後味悪い終わり方でしたが、一旦これで最終回となります。
そのうちこのお話を別の視点で書いてみたいと思いますので、よければ読んでみてください。