出会い
初のBL作品です。温かい目で読んでください…
初めて彼に出会った日は、雨が降っていた。
おれの住む街を出て、少し歩くと鬱蒼とした森がある。
おれは、なぜかその森にいた。理由があって行ったわけじゃなのに、なぜかその森の中で迷子になっていた。大して広い森ではなかったが、なぜか中々抜けられなかった。
出口を探して歩き回っていた時、気付くと雨が降っていた。小雨でも大雨でもない中途半端な天気。おれは、雨宿りできそうな建物を探すことにした。
この森には幽霊の出る不気味な洋館があるという噂を聞いたことがあった。お化け屋敷に行くのは気が引けたが、この雨では仕方ないので、とりあえず探してみるしかない。
暫く探し回っていると、ある建物が視界に入った。噂とは異なった、比較的綺麗な洋館だった。人気のない森の中に何故こんな立派な屋敷があるのか、と最初は訝しんだが、まあ雨が凌げるならいいかと割り切って、その館に足を踏み入れた。
「…誰かいますか」
館の中はとても広かった。騎士の甲冑や、高そうな絵画が飾られていて、如何にもそれらしい館だなと俺は感心した。
(誰も居ないのかな)
許可なしに人の家に勝手に忍び込むのはとてもまずい。おれはこの館の主を探そうと、再び声を掛けた。
「誰かいませんか!」
今度は比較的大きな声で叫んだ。この大きさならば誰の耳にも入るだろう。おれは返事を聞こうと耳を澄ませた。これで返事がなかったら、この館には誰もいない、ということになる。暫く耳を欹てていると,
微かに物音が聞こえた。
「誰かいるんですか?」
おれは物音の聞こえる方に足を向けた。すると、暗闇で何かが動いた。
「こ、ここここっちに来ないでください!!あなたは、先程の泥棒でしょう?あなたに渡すものは、あの、これっぽっちもありませんから!」
声の主は明らかに震え切った声で叫んだ。暫くの間、辺りがしんと静まり返ったかと思うと、暗闇から一人の人間が歩み出た。…というのはおかしいか。
彼は車椅子に乗っていた。木製の古そうな車椅子に乗っていたのだ。その車椅子を器用に操って、おれに近づいてきた。
暗闇から現れた人物を見て、おれは目を瞠った。彫刻のような、整った顔。西洋の陶器を思わせる白い艶やかな肌。。肩まで届きそうなサラサラとした銀髪は綺麗に梳かされていて、触ったら嘸かし気持ちいいんだろうな、などと頭の隅で考える。中でも目を惹くのはバランスよく配置された双眸。瑠璃色の瞳が鮮やかに輝いていた。
おれは、彼の端正な顔立ちに目を奪われた。同性の俺でも思わず見とれてしまいそうな、美しい顔。今思えば、そのとき既ににおれはあの人に惚れたのだろう。
「あの、は、はやく出て行ってくださいっ!はやく出ていかないと、け、警察呼びますから!」
彼の震えた声で我に返った。よく目を凝らすと、彼は両手でしっかりとフライパンを握りしめていた。どうみても警戒されている。
「あ、あの、いや、決して怪しいものではありませんから!」
言ってしまって後悔した。怪しい輩は必ずこの台詞を口にする。
「ど、どうみても怪しいじゃないですか!」
「あの、ホントに違うんです…。あの、おれは雨宿りさせて貰おうと…」
「へ?雨宿り?」
彼は間の抜けた声で呟き、窓の外に目を向けた。そして、再び俺の顔を見詰める。おれは少し緊張したが、負けじと見詰め返した…と思ったら、すぐに視線を逸らされてしまった。彼は視線を逸らせたまま、
「も、申し訳ありません…。あの、人違いでした…」
顔を真っ赤にして言った。その姿は、年下のおれが言うのもなんだが、とても可愛かった。彼はフライパンで顔を隠すようにしながら続けた。
「本当に申し訳ありません…。是非、雨宿りして行ってください…」
「あ、ありがとうございます」
「すいませんでした…」
彼は呪文のように謝罪の言葉を繰り返す。おれはなんだか申し訳ない気分になってきた。しばらく気まずい沈黙が流れる。
「あの、お名前、訊いてもいいですか…?」
搾り出すような小さな声に、一瞬独り言かと思う。だが、彼は控えめにこちらの様子をチラチラと探っている。ということはおれに投げかけられた質問なのか。
「あ、名前ですか。おれは篠原凛です」
「凛さん、ですか。…あの、よろしく、お願いします…」
彼は耳まで真っ赤に染めて俯いている。
「あの、あなたは?」
「あっ、そうですよね、すみません…。わたしはキールです。キール=ファッシータ、です…」
「そうですか。キールさん、よろしくお願いします」
なにが「よろしく」なのか分からなかったが、とりあえず形だけでもと頭を下げる。
キールさんはまだ顔を真っ赤にして俯いたままだ。中々目を合わせようとしてくれない。さっきのことがあって、気まずいのかと思い、おれはキールさんに言った。
「あの、さっきのことは気にしないでください。おれも勝手に入って来てすみません」
そう謝るとキールさんはビクッと華奢な肩をさらに縮こませる。
「いえっ、あの、いえ、そうではなくて…」
キールさんは上目遣いでチラチラとおれを見上げる。しかも瞳が涙で潤んでいる。その可愛い仕草に、不覚にもおれの鼓動は高鳴る。
キールさんが意を決したように顔を上げ、じっと俺を見つめる。だが、三秒も経たないうちに視線が逸らされる。見ると、彼の顔は今まで以上に真っ赤に染まっている。
「あの、どうかしたんですか」
「い、いえ、あの…。長い間人と接していなかったものですから…。あまり…その、コミュニケーションをとるのが苦手で…」
小さな声で呟くように言うと、彼は目を伏せた。長い睫毛が影を作っている。
「あ、そうなんですか。いえ、別に気にしてませんから…」
「申し訳ありません…。極力頑張ってみます…」
「そ、そうですか」
それからまた沈黙が訪れる。
(気まずい…)
重い沈黙に耐え兼ねたおれは、彼と少し話をしてみることにした。
「あの…ここで何してるんですか?」
無意識に車椅子に目が行ってしまう。
「…変、ですよね。車椅子なのにこんな森の中で一人暮らししてるなんて…」
「い、いえっ、あの、そういう意味で言ったわけじゃ」
「いいんです。気になさらないでください」
キールさんは寂しそうに微笑むと、静かに話してくれた。
「わたしは…美術品蒐集家なんです。ご覧のように美術品以外も多く集めていますが…まあ、骨董品が好きなんです。
数年前事故で足を怪我してしまって、ここに引っ越してきました。ここは元々、集めた骨董品を置いていた倉庫のようなものだったのですが…。あまり他の人に迷惑をかけないようにと思い、一人暮らしを始めました」
「へえ、そうなんですか」
この豪華な屋敷が別荘というのなら、彼の実家はそれはそれは豪華絢爛なのだろう。
「でも、一人じゃ何かと不便なんじゃないですか」
「…ええ、その通りです。車椅子じゃ二階に上がれませんものね」
「じゃあ、おれが来ますよ」
つい言ってしまった自分の言葉に驚く。まだ会ったばかりなのに何言ってんだろう、おれ。だが、よく考えてみるとなかなかいい案かもしれない。
「えっ?」
「週に何回くらいか、おれがここに来ます。あの、おれ料理とか掃除とか、できますし。多少お手伝いするくらい…」
あとから言葉が流れ出していく。止めようと思っても手遅れだった。あとから考えてみれば、おれはここに来る口実を作っているだけだったのかもしれない。もうこのまま会えなくなるのが嫌だっただけなのかもしれない。
「…よ、よければ…よろしく、お願い…します」
彼の言葉に驚く。自分で言ったことなのだが、承諾してくれるとは思わなかった。
「いいんですか?まだ会ってからそんなに経ってないのに」
「ええ。凛さんだからいいんです。…凛さんと話しているとなんだかこのあたりが、ほわーっと暖かくなるんです…」
キールさんはそう言いながら、自分の胸に手を当てる。
「…凛さんはとはあまり緊張せずに話せそうなんです。…多分、凛さんじゃなければ断っていたと思います」
キールさんは恥ずかしそうにおずおずと右手を差し出して、
「よろしく、お願いします」
と言った。先程までとは違い、芯のある凛とした声だった。おれは優しく彼の手を握り返した。
「こちらこそよろしくお願いします」
そのまま跪き、彼の手の甲に軽く口付けた。キールさんは顔を真っ赤に染めて手を引っ込める。
「おれ、頑張りますから!」
気付くと雨は止んでいた。