チャンスとの出会い
恋がしたいと常々考えている。
由衣は女性専用車両に乗り込んで一息ついて考える。どうすれば恋人は出来るのか。まず女性専用車両を選んで乗ってしまっているあたり自ら出会いの種を潰していると言ってもいいだろう。
電車に揺られながらすることもなく景色を眺める。毎日この通勤の時間何をするのかにも悩まされて来た。携帯でメールをしようにもさして相手がいない由衣には無理なことだった。読書も試してはみたものの、本を読まない由衣には苦痛となった。
ただ外を眺めるだけ。最初のうちは新しい発見の日々で中々に楽しめたのだが、二年にもなると退屈でしかなかった。
高校、大学と自転車通学だった由衣は電車通学に憧れ、通勤こそは電車を利用しようと意気込んだのが間違いだったのだ。求人の多くは自転車でいけるところだった。
また読書でも頑張ってみようか、と考えたところで下車駅へと着く。考えを今日の晩御飯へと変えたところで後ろから思いっきりぶつかられた。
誰だ、て振り向けばそこには男がいた。
「す、すみません」
男は本を読みながら歩いていたために由衣にぶつかってしまったらしい。申し訳なさそうに謝る男を見つめる。
慎重は高い。由衣が163cmだが見上げるほどだ。体格もよく、ルックスも申し分ない。
要は由衣の好みだった。
「いえ、大丈夫です。でも、本を読みながら歩くのは危ないかも」
「すみません、つい続きが気になってしまって」
何故今まで彼に気付かなかったのだろう、と胸を踊らしながら由衣はチャンスを逃すまい、と積極的に男に話し掛けた。
「本がお好きなんですか?」
「はい。昔から本は好きで…学校でも常に読んでました」
大事そうに男は手に持っている本を胸に抱く。顔はとても幸せそうだ。
由衣はこれが俗に言う『草食系』かと思った。少し照れたように笑うところなど母性本能が擽られる。
「貴女も、本がお好きなんですか?」
由衣は一瞬言葉に詰まる。ここは正直に言うべきか、仲良くなりたいがために話を合わせるか。ただ由衣は嘘が昔から下手だった。嘘をついて見ては友達に笑われたものだ。
男ともこれまでか、と半分がっかりしながら口を開いた。
「ごめんなさい。私は本はあまり…」
「い、いえ!滅相もない!」
改札を出て男が離れると思いきや、一行に離れていかない。二人して立ち止まる。由衣は男を見上げた。男も由衣を見ていたらしく目が合った。瞬間恥ずかしそうに目を逸らす。
「お茶、でも飲みませんか?」
「は、はい!」
つい大声で返事をしてしまい男が笑う。由衣は恥ずかしくなって俯いた。男の手には本がしっかりと握られていた。あまりにも力強く握っているのか、指の先が白くなってしまっている。
今度は由衣が笑う番だった。
「私、松山由衣っていいます」
「あ、結城孝です」
挨拶を交わして、二人は喫茶店を目指して歩き出した。
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