出逢い
自分だけが幸せになれればいい?・・・自分は不幸でもいいから人に幸せになってほしい?・・・
雨が降っていた。待ち合わせにはもう1時間も遅れている。街には疲れた顔をしているサラリーマンやOLで溢れている。色とりどりの傘達が暗い雰囲気を明るくしているかのようだ。
まずいなぁ・・・思わずでた独り言に苦笑しながら視界の悪い夜道を走る。傘はさしているものの全く役に立っていない。むしろささないほうが速く走れそうだ。
焦っていた。稜治は怒ると手がつけられない。昔から俗にいう「キレやすい」タイプだ。
稜治との関係は友達以上恋人未満。好きかと言われれば好きだ。だけど稜治が私を好きなようには愛せているわけではない。会えない日があっても別に平気だ。しかしいないとやっぱり困る。そんな存在だ。
ふと立ち止まった。仕事場に鍵を忘れていることに気付いたからだ。しまったと思った瞬間後ろから何かがぶつかった。流れの速い人混みで急に立ち止まったせいだろう。女性がすみませんと謝った。
「いや、私のほうこそ・・大丈夫でしたか?」
振り向くと綺麗な女性が立っていた。少し幼さの残る笑顔と上品な雰囲気が女性らしさを感じさせる。
頬に伝う雨が・・涙に見えた。雨か涙か分からない。
「痛かったですか?」
当たり障りのない言葉しかかけられない。私と彼女は他人なのだから。
「いえ・・そんなんじゃ・・ごめんなさい・・」
すぐに走り去ってしまった。後ろ姿をボーっとしながら見ていた。どこかで見たような懐かしいような。考えていた。しかしすぐにハッとして走り出した。どうやら鍵をとりに帰っている暇もなさそうだ。
「春!!」 いきなり名前を呼ばれて立ち止まる。店の屋根の下で横風に吹かれた雨に顔をしかめながら稜治が手招きをしていた。
「お前には時間の観念がいない。」
稜治の家につき、タオルで体を拭きながら稜治の説教が始まった。説教くらいで済んだのだからだいぶましだった。
「本当にごめん。仕事がね、なかなか終わんなかっ・・」
ふと唇に稜治の唇が重なった。普通ならこんな瞬間に人は何を考えるのだろうか。ドキドキしたり、もしくは好きでもない相手ならば嫌悪感を抱くのだろう。私の場合は「無」だ。何も感じない。稜治は私にとってなくてはならない存在であるのは確かなのだが・・。
キスをしながらぶつかった女性の事を考えた。他人に関心のあるタイプではないがあの表情はなぜか脳裏に焼き付いている。
稜治がため息をつきながらソファーにもたれた。
「俺は心配してんだよ。」
ふてくされながらまっすぐ前を向いている。
稜治はいい男だ。顔、身長、何をとってもいい条件が揃っている。
高村良治。この名前を知ったのは高校の時だった。高校の時の私はといえば、女の子らしいタイプではなかった。髪はばっさり切ってショートカット。本当はベリーショートにしたかったが周りに反対されてやめた。今では稜治に言われて肩まで伸ばしているが・・・
部活が終わり、バスケットをしていた私は、大会前ということもありハードな練習でヘトヘトになりながら下駄箱の靴をとった。
「知らないやつとは付き合えない。ごめん。」
下駄箱を挟んだ向こう側から男の声が聞こえてきた。告白を断っている状況がすぐに理解できた私はすぐに立ち去ろうと外に出ようと焦ってしまい、かばんの中身を落としてしまった。男と目があった。女の子の姿はもうすでにない。すぐに目をそらして走って帰った。同じクラスのやけにもてている男だという認識はあったが、私には興味のない話だ。明日から気まずい関係になるなるなと沈む気持ちで眠りについた。
次の日、「小日向春」・・低い声で呼ばれてはっとした。休み時間になっていることさえ気づかず爆睡していた私の前にかがみこんで私を覗き込む稜治がいた。にっこりと微笑む顔に動揺を隠せない。
「・・何?」髪をなおしながらやっとの思いで口を開く。
「初めて話したね。3年間同じクラスだったのにね。」
昨日のことについて何か言われるのかと思っていたが、拍子抜けだ。
「そうだっけ?」
立ち上がりながら気のない返事をする。関わりたくない相手だと思った。みんなの人気者に関わると良いことはない。立ち上がる私を目で追いながら再び稜治が口を開く。
「どこいくの?」
「トイレ。」一言だけ言ってすぐに去った。引き留められない一番逃げられる場所だ。
「春!さっきの・・みぃちゃった。」
一連の流れを見ていた里美が興味深々で聞いてくる。手をひらひらとさせて否定する。
「んなわけないない。」
不思議な顔をして里美は隣の席に座った。
「春さぁ、好きになった人とかいるの?」
こういう質問は苦手だ。男のような性格の私が男を好きになる?笑えてくる。
「さぁ、どうかな。」
帰りの準備をしながら答える。
「春って不思議。顔はまぁまぁなんだから女の子らしくしていれば可愛いのに。肌だって綺麗でまつ毛も長いし・・・・」
永遠に終わりそうのない話の途中で「はいはい、帰るよ。」と話を切った。嫌な奴じゃない。こんな私と仲良くしてくれているのだから。親友なんだと思う。たまに無神経なところがキズだ。いくら褒められたって嬉しくなんかない。自分を好きになれないのに人を好きになんかなれるものか。
家に帰ると母親が慌てた様子で出かける準備をしていた。
「お父さん、容態が急変したって・・・春も来て、その格好でいいから。」
すぐに車に乗って薄暗くなった道を進んでいく。真剣な母親の顔をみていると不安がよぎる。そんなに悪いのだろうか。
父は私が物心ついた時から体の具合が悪かった。お見舞いにいくたびに父は迷惑をかけてすまないと謝るばかりでつまらなかった。幼い私には父を気遣うことなんてできなかったのだ。
しかし父は物知りで、色んな話を聞かせてくれた。星はどれだけ前の光が今ここに届いている・・・まぁあまり覚えていない。話よりもいつも弱気な父が子どものように目を輝かせながら楽しそうにしていることが嬉しくてそんな時は決まって父に甘える自分がいた。
病院につくと父の病室から小走りで医師が出てきた。
「あの、先生電話では命にかかわるほどではない発作だって・・・」
「いや、容体が急に・・・とにかく全力を尽くします。」
ただならぬ気配にすがりつく母親の肩を叩きながら医師が答える。その後父はすぐにオペ室に運ばれた。その間、母はしばらく顔を覆い、泣いていた。そのうち親戚も集まり、大変な事になっているという状況に改めて気づいた。茫然と立ち尽くす私に親戚の人が気遣う声をかけてくれたような気がするが頭に入っていかない。
しばらくして手術中の灯りが消えた。夜中の2時をまわっていた。
「残念ですが・・・」
うなだれる医師を前に母は泣き崩れた。