『人間偏差値』
『人間偏差値測定器』
今年発表されたこの機械は、ずいぶんと画期的な発明であるといえる。
仰々しい名前の割には仕組みも至ってシンプルなものだ。
測定器本体の右隣にある大きな四角い枠を、人間が通り過ぎると、本体の左隣りにある画面に『偏差値』と、備考として人工知能による『採点理由』が付けられ、表示される。
形状は、ほかの物で例えるなら、ちょうど空港の金属探知用ゲートに近い形だろうか。
さて、この『測定器』。何が画期的かといえば、『人間的にどの程度か』を偏差値にして、計ってもらえることである。
『偏差値』と聞くと条件反射で『それならT大なんかにいる人達を計れば、すぐさま70付近がたくさん出るに違いない』――そう考える人も居るかもしれないが、これが中々そうともいえない。
『人間偏差値』というものは、単に学力を示すわけではない。『人間そのもの』を数値にして示すのだ。
知力、体力、顔のつくりに身体のつくり、果ては性格まで――全てをあわせて、どこまで完成された『人間』なのか、ちょっと大きな枠の中を通るだけで計ってもらえるのである。
しかし、不思議なことに、この機械は故障しているのか、それとも人類が未熟とでも言いたいのか、いまだに『50』を超えた者が居ない。
ただの『偏差値』ならば、最高点を『75』とするのが普通なのであろうが、この『測定器』は、一向に『50』より上を出そうとしないのだ。
とにかく、実際に測定した結果を見るほうが分かりやすいだろう。
例えば、山田何某という男。
平々凡々な苗字とは裏腹に、小さな頃から学力は常に学校でトップを維持し、運動のほうも全国大会で何位とやら。面倒見の良さにも定評があり、老若男女、誰にでも手を差し伸べるような、好青年であった。
しかし、そんな男に出た偏差値は、『50』
理由は何かと画面を見れば、なるほど、『容姿には全く恵まれず』とのこと。
それでも全く動じなかった彼には、本来『75』が出るべきなのであろうが、『全てを加味した』結果が『人間偏差値』なのである。
次に、勉強一筋に生きてきたT大主席の、田中何某とやらを連れてきて測定すると、機械が示すのは、またも『50』
理由は何かと画面を見れば『その分運動ができない』。人間は、どこかで調整されているものなのかもしれない。
運動ならばどうかと、当時、開催していたオリンピックで優勝したばかりの吉川何某を測定してみると、機械は『35』と表示した。
理由は『倫理観に欠けている』から。
そしてしばらく経った後、大会中のドーピングが発覚した。本来の力で計れば運動能力のおかげで、せめて『45』は超えたであろうに。
政治家を試してはどうかと、首相の前田何某を通してみる。
出た偏差値は『30』であった。
いわく、『人の上に立つ器ではない』。
翌日の国会で裏金事件が議題に上がり、解散総選挙が確定した。この日を境に、政治家たちの間では、『測定器』という認識から、『嘘発見器』へと変わったようだ。
今では、『潔白だというのなら『測定器』を通れ』が、誰かを糾弾する際の合言葉である。
そして誰一人『50』を超えない、つまり『人々に指示ができる器ではない』とされ、人員交代が相次ぐのもまた、当然のことであった。そして現在でも『お祭りごと』の時代が続いている。
さて、何人試そうが、やはり誰も『50』を超えてくれない。
しかし、『50』こそ超えないものの、確かにこの『測定器』は故障などしていないらしい。ある程度妥当な『数字』を示しているように見えるのもまた事実。
ここまでくれば、いくら機械相手とはいえど、『人間の価値』を認めさせてみたくもなるものである。
研究者たちは「例えば、芸術ならどうか。例えば、もっと容姿が優れていれば。あるいは……」と、何人も試したが、一向に『50』を超える者は現れない。
そしてある日――以前、「測定など下らない」と切り捨てながらも『30』だ『40』だと断じられて――悔しがっていた数人の金持ちが、とうとう実力行使に出た。
「とにかく『50』を超えそうな人間を見つけなさい。もし『50』を超す者を発見すれば、見つけた者と超えたものの両方に、賞金を出すことにします」
つまり、金に物をいわせて、でかでかと宣伝したのである。
そして、全国から集まった『人間的に優秀な人間(と、思われる者)』達を、片っ端から一人残らず機械に通した。
しかし、誰一人『50』を超えることはない。
納得のいかないらしい金持ち連中も、画面を見て、黙り込んだ。
『金銭への執着が過ぎる』
考えてみれば、ずいぶんと単純な話であった。
その失敗を糧に、またも金持ちを中心とした『50超えを見たい者達』は考えた。
「ならば、ごく普通に紹介してもらい、賞金も全く出さなければ良い。そうすれば今度こそ『完璧な人間』とされるに違いない」
そして、ひたすら調べ続けた結果、ある日、ついに『完璧な男』を見つけた。
聞くところによれば、どこぞの辺地に住む鈴木何某という人物は、容姿も整い、勉強もでき、運動も素晴らしい。性格も抜群で、裏表もない。住む場所柄なのか、金銭への執着もない。
まさしく『非の打ち所』のない男だ。
さて、そんな男を機械に通すとどうなったのか。
『50』である。
そんなはずはない、と、機械に抗議した研究者は『30――思慮に欠けている』だったが、それは別の話。
周りに居た研究者と金持ちは、こぞって画面を覗き込む。
そして表示されていた理由は――
『欠点がなく、面白味に欠ける』だそうだ。
◇
『なるほど、穴がなければ、それが穴だと。人間とは難しいものですね』
『……ところで、あなたの『偏差値』は幾つでしょうか。明日にでも枠をくぐって、計ってみると良いでしょう。悪ささえしていなければ、あなたもきっと、『50』ですから』
開発者は、鈴木何某の測定結果に対するメディアからの取材に、そう返したという。
真面目(もしかすると結局ギャグなのかもしれない)なやつでも書くか!
というわけで、考えたので適当にやった。えへへ。
真面目……でもないけど、ちょっと疲れたので、後書きは頭のユルい感じで書いてます。
ちなみに、模試における僕のリアル偏差値も50ちょいくらいですた(時制で年齢をごまかすつもり)
読んでくださった方は、ありがとうございます!
読んでくれた貴方は『75』です。感謝。
この短編のテーマは――
と、カッコよく言える作品が作れるといいなぁ……。それでは。