勉強すること
昔勉強することは面倒くさかったのだが、やってる最中は案外楽しかったものである。学生の時は勉強をサボりがりであった。だが、大人になってからする勉強というものも楽しいものである。
子供の頃の勉強は何に役立つかわからないことを延々と学んでいたものだ。だが実際は基盤作りに必要なこと全般であり、子供のときは中々そこに気付かなかったものである。大人になってからその大切さに気付くというやつである。
子供の頃の勉強はそれから先の勉強をするために必要な知識や思考方法を学ぶことである。基礎部分である。それを踏まえた上でする大人の勉強とはこれがまた楽しいものである。
大人の勉強とは自分の興味があることをとことん突き詰められるものである。子供の勉強が役に立ち、勉強の仕方や何を勉強すればいいかがわかるものである。好きなことを好きなだけ突き詰められるのは楽しい。
その楽しみを得るために勉強しているといっても過言ではないだろう。やっぱり楽しいことをするために勉強するのだ。勉強とは楽しみをさらに楽しくすることができるものである。
子供の勉強はいわば好きなことへアクセスするたの土台を作っているようなものである。読み書き計算から調べるときの検索方法や手段まで一通り学ぶから大人になったときに好きなことにアクセスしやすくなるのである。そう考えると大分お得なことをしてもらっている気がする。
大人の勉強は多岐に渡る。興味のあることを調べたり好きなことを突き詰めたり、新たな発見をするために勉強をするということもある。何をするかなんて自由である。
自由に選択できる分、やりたいことをやりたいように勉強できるのだ。コーヒーについて延々と調べても勉強だし、小説の書き方を学んで書いてみるのも勉強である。なんだかんだ頭を使うのは楽しいのだ。
頭を使ったり体を使ったりといろいろあるわけだが、基本的には頭を使うことで快楽を得るので頭は使ったもの勝ちである。知識をインプットしたり思考をアウトプットしたりとたくさんやりようはある。そういうことをするのが楽しくて勉強するものなのだ。
大人の勉強なら好きなことや得意なことを突き詰めるといいと思う。計算が得意なら計算を、読み書きが得意なら何かものを書いたり読んだりと好きに使うといい。せっかく自分が好きなことを学べるのだから、思う存分使った方が得というものだ。
子供の勉強は大人の勉強のための基盤である。大人の勉強は自分の好きなことを学べる楽しみである。要は楽しくなるために勉強しているようなものである。




