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バカ・ダイアリー・エッセイ  作者: ことのはじめ


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馴染み深い近所

 近所とはいつも馴染み深いものである。離れていても近所を探してしまうこともある。そして馴染みの深い場所になる。



 実際近所でもない遠い場所を近所と錯覚することもある。道が似ているとか、塀がそっくりだとか、そういうなんてことない理由で近所と思ってしまう。実際はありふれていても自分の中の近所を色んな場所に重ねてしまうものなのだ。



 雰囲気が近所になることはままあるのだ。道の雰囲気、日の差し方、近所っぽいと思うと離れていても謎の親しみが湧くのだ。不思議である。



 なぜこんなにも近所を探してしまうのだろうか。自分の家の近所とはどんなものなのだろうか。だというのに今住んでいる場所に近所は感じない。



 実家の近所が私にとっての近所である。現在は違う場所に住んでいるがでも近所と言えば実家の近所である。道路が広く静かな場所であった。



 なんだか懐かしい場所というニュアンスが近いのかもしれない。小さい頃にそれだけ愛着があったということだろう。中々外に出ない分近所への思いが強くなったのかもしれない。



 近所を感じる瞬間というのはいろいろある。一つは道を歩いてたまたま通りかかった知らない道に感じる既視感。もう一つは夢の中に近所を見つける場合である。



 通りがかった道に安心感を覚えると、なんだか近所に来た感覚がする。私にとっては近所は家の延長上だったのかもしれない。個人的に安心の象徴だったのかもしれない。



 夢での方だが、これは夢に近所によく似た違う場所が出てきたときによく感じるものである。ちょっと離れた場所の道なのにやたら近所の道によく似ている場所を歩いているといった夢の中で近所を感じている。夢なのに不思議なものである。



 だったら家の中とか夢に見ればいいのにと思うが家の中は当時荒れた家族がいたので恐ろしかったのである。鍵の閉まるトイレに籠城して過ごしていたのだからトイレに住んでいたと言っても過言ではない。それにしてもそこにいるだけでぶん殴られる理不尽さは今でもわからないものだ。



 そんなことは置いておき、平和だったころの近所や家は非常に懐かしい。もう戻って来ないからこそ遠く思うのだろう。できればもうちょっと理不尽さからは解放されたかったが。



 懐かしい気持ちというのはいいものである。懐かしいのは失うと得るものなのかもしれない。そういう懐かしさが結構好きなのである。

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