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バカ・ダイアリー・エッセイ  作者: ことのはじめ


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怒りの純化

 昔は怒りを原動力にしていた。今は楽しみを原動力にしている。だが怒りが悪いわけでもない気がする。



 怒り自体は発露するような強い感情でなくてもいい。心の底に常にある不満や現状への抵抗を怒りとするならばずっと持っていればいつかいい味を出してくれると思う。そういったものを純化させて旨味を出すほど熟成させるなら怒りも持っていていいものだと思うのだ。



 怒り自体を原動力の主体にしていると、それを発散した後に何もできなくなってしまう。動くための力は理由は複数あった方がいい。怒りはスパイス程度に盛り込むくらいでいいのだ。



 感情主体で動いているとその感情を消費しきったときに燃え尽きてしまう気がする。それでも続けるのであれば別の動力源を探した方がいい。消費してもなくならないわき上がる力を身につけた方がいいのである。



 ずっと怒りが湧いてくるとかそういう特異な体質でないのなら消費すると増えるタイプの動力源を蓄えるといいだろう。楽しみなんかが最たる例である。これをやったら次はあれもやりたいといった期待が期待を呼ぶ形で力をわき上がらせるのである。



 怒りも持ちたい人は、そういった楽しみの底に怒りを敷いておくといいだろう。こうしていると楽しいだろうがだがこういう不都合や不誠実があったらどうすると問いを投げかけてやるといい。ただ、その問いは怒りを純化させて本質的な問いにした方がいいとも思う。



 怒りは圧をかけて熟成させ純化させていくといい。苦悩で締め付けると人が文学を生み出すように自身の怒りを文学にするのである。ただ辛いことを吐露するだけだとお気持ち文と大差ない。



 苦悩の万力というやつを怒りに応用すればいいのである。圧をかけ続け本当に訴えたい事やただの身の上話の殻を破って伝えたい本質がむき出しになるまで吟味するといい。そうすればようやく人に見せても考えてもらえる問いに昇華される。



 ただひどい目に遭ったと訴えたりこんなことがあったと言うくらいなら誰にでもできる。それを踏まえた上で棘のある問いを投げかけることも割と容易い。そこら辺は誰にでもできる復讐である。



 復讐のあれこれは置いておき、怒りから憎しみから自分の理不尽を訴えるのであればそれをもっと身につまされる形に純化させた方がいい。怒りにまかせて物語の人物に理不尽をぶつけるだけだとしたら読んでもすっきりするのは筆者だけになる。どうせ刺すなら本質的な問と身につまされる問題で読者を殴った方が効果的だ。



 別に暴力を肯定しているわけではない。自分にとっての理不尽を訴えるならそのくらい言葉と思想を研いでいけというだけの話である。そうでもないのならカウンセリングやセラピーに行って吐露してすっきりした方が精神衛生上よいはずだ。

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