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バカ・ダイアリー・エッセイ  作者: ことのはじめ


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懐かしさとか秘密の森とか

 懐かしく感じる光景はたくさんある。祖母の家の近所とか三時過ぎの公園とか。懐かしいはどこか遠い感じがする。



 懐かしいとか憧れは遠い印象がある。その場にいるのに遠い気がするのはなぜだろうか。なんとなく手が届かない気がするのだ。



 その場にいてもなんだか眩しくて遠いのだ。なんだか日暮れ前の日差しをいつも感じるのだ。思い出す光景が真夏の青空だとしても。



 懐かしいはどこか遠くにも行けるよう感じがする。午後二時くらい、おやつ前に庭を抜け出すと秘密の森につながっているような感覚である。よくその頃ジブリとかのアニメ映画を見ていたからかもしれない。



 あの頃というものは眩しい。懐かしいからだろう。よく見えないわりに感覚は鮮明である。



 手が届かない割りに懐かしいという感覚は身近な感覚である。手にないはずなのに身近に感じるのも不思議なものだ。だがきっとそれがいいのだろう。



 私の懐かしさはどこか不思議な森とつながっている。祖母の家の近所に神社があったからだろう。遊びに行って暇な時はよく神社に散歩に行っていた。



 その頃の懐かしさを思い出すといつも日暮れ前の日差しが出てくる。少し飽きてくるようなしかし夕方には早い時間だった。終わりの気配が近づく静かな時間だった。



 だからかもしれないがいつも懐かしさの隣には甘い退屈さがあった。昼寝をして起きた頃の時間とその頃に出かけて見つける森の風景が思い出される。どこか知らない世界に行けるような気がしたものだ。



 懐かしさとどこか遠い世界は似ている。行けそうにないがいけそうな気がするあたりがそうなのだろう。どこか空想とつながっているからだろうか。



 となると懐かしさは夢想の空間と似ていることになるのだがどうだろう。懐かしさは頭の中にしかないものなのだろうか。今あるものを見ても頭の中のいつかを見ているのだろうか。



 確かに今懐かしいという光景を見ても今その光景というよりはその光景を通してかつて見た光景を思い出すものだ。懐かしさは記憶や思い出の中にしかないものだなのだ、きっと。そうなるとちょっと遠くて手が出せないのも納得がいく。



 手が届かないものほど人間はほしくなるものだ。だが記憶や思い出の中のかつては二度と手に入らない。だから渇望するのだろう。



 そういう希求を欲深いと切り捨ててしまうのも少しためらわれる。懐かしさには邪さはない気がする。純粋に遠くを見たいときは懐かしんでみるといいかもしれない。

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